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19:ドレスローブ

 ひとしきり体を動かしたヘンリーとドラコは箒を下り、かつてヘンリーが見せたシーカーの技について話し合う。
 本当はもっと速度をつけなければならないことや、筋力に物を言わせて離脱しなければならないことなど、技術的なことを伝えると、ヘンリーの細腕じゃだめだな、とドラコは細いヘンリーの腕をつかんだ。
 自分もそう筋肉があるわけではないが、ヘンリーはさらに細く見え、本当に夏食べていたのか?と問いかける。

「そんなに細い?先生からも食べろ食べろ言われるけど……。これでも少しは成長した……はずなんだけどな」
 うーんと考えるヘンリーはドラコの腕をつかんで、ドラコだって細いじゃないかと口をとがらせた。背は夏季休暇前からヘンリーを抜いただろう、というドラコにヘンリーはむっとして、現れた屋敷しもべ妖精に目を向ける。
 旦那様がお呼びです、という言葉に、ドラコは親しげな表情から支配する側の顔になり、分かったと冷たく言い放ち、ヘンリーに行こうと笑いかける。ぱっと消えた屋敷しもべ妖精にこれがマルフォイ家か、とドビーを思い出すヘンリーは促されるままにドラコとともに邸内へと戻っていった。

 屋敷しもべ妖精らがぱちんと指を鳴らすと、風でしわが寄っていた服がしゃんとなり、乱れていた髪までもが整えられる。お呼びでしょうか、と応接室に入るといかにもその手の人、という風な仕立屋の女性が、ドレスローブがご入用と聞きましてと深々と頭を下げた。

「あぁ、そうだ。ヘンリー、どうせ自分は夜出られるわけがないとドレスローブを買っていないだろう?父上、彼に会うドレスローブを彼にプレゼントしてもいいでしょうか」
 入っていいのかな、と考えるヘンリーをドラコが振り向き、にやりと笑う。買ってないけど、というヘンリーだが、慌ててそんないいよと首を振った。
 でも先月誕生日だったんだろ、というドラコにルシウスがそのつもりで呼んだのだ、と言い……ヘンリーは押し切られる形で奥の部屋へと連れていかれる。
 奥では寸法を測るためか、テーラーの女性の手腕であっというまにインナーだけになり、ヘンリーはあたふたと顔を赤らめた。前回も例のフォーマルな服を作るのに先輩に教えてもらったところに行き……テーラーとはいえ女性に杖一つで、ズボンとインナーにされたこと思い出していた。
 あの時だって恥ずかしかったのに、今回もまた心構えができる前で、どうしたらいいのかわからない。あっというまにドラコとともに測られ、どんな服がいいかとトランクを開ける。
 飛び出てきたハンガーラックからドラコはこれをとどこか牧師のような黒いドレスローブ試着してサイズを整える。

「あなたはどんなのがいいかしら」
 ドラコの服に針を刺すのを助手に頼み、ヘンリーのそばにやってきた女性にヘンリーはどうこたえていいかわからない。高価そうなドレスローブはどれも上品で、助けを求めるようにドラコを見る。

「ヘンリーの赤い髪に合うよう……そこのドレスローブはどうだろうか」
 針を使う作業にじっとするドラコが奥の奴だ、というとテーラーはあぁと声を上げ、暗い赤系統のジャケットと黒いパンツを持ってきて、戸惑うヘンリーをよそに着せていく。

「オックスブラッド色のドレスローブです。白いパンツと迷ったのですが……。それにしても細い腰!」
 テーラーというものはこういうものなのかな、と相変わらず全く聞き取れなかったヘンリーは、姿見をじっとみつめた。マグルの燕尾服に似たジャケットの裾は脛ぐらいまであるだろうか。
 腰元で背中から絞られたデザインのおかげで少しくびれた細い腰がより目立ち、肩から胸元まで続く銀の装飾用ボタンがきらりと光る。内側の生地は黒く、黒で統一されたシャツとパンツがそれに溶け込む。
 あれよあれよと黒いリボンで束ねられた赤い髪が前に垂らされ、ヘンリーは一瞬ビルを思い出した。自分の顔が整っているとは思ってもいないが、きっちりとしたドレスローブはなんだか背筋が伸びる思いだ。

「僕が見込んだとおりだ。ヘンリーにはその色が似あう」
「え、でも本当に悪いよ……」
 僕の慧眼に狂いはない、というドラコにヘンリーは慌てるも、テーラーはさぁ動かないで、と遠慮なしに針を入れていく。刺されたら大変と慌てて動きを止めるヘンリーに先に調整を終えたドラコがドレスローブ姿のまま待ち、あっという間にヘンリーの体格に合わせられたドレスローブを満足げにみる。


 いつの間にかナルシッサも来たのか、声が聞こえ、テーラーがこれでどうでしょうか、とヘンリーとドラコを応接室へと追い立てた。

「ドラコ、なんて素敵な。あなたを誇らしく思いますよ」
 まぁ、と喜ぶナルシッサは息子の立派な姿に胸を抑え、夫に寄り添う。ルシウスもまた満足げに微笑み、息子を抱き寄せた。
 おずおずと出てきたヘンリーは固まったスネイプに気がつき、変かなぁと目を泳がせる。ひとしきり息子を褒めたルシウスらも目を移し、これはこれはと声を上げた。

「自分で選ぶのが苦手だったようなので、僕が選びました。ヘンリーの髪には黒よりもオックスブラッドの色が似あうと思いまして」
 すらすらと出てくる色の名前に、え、シリウスといい貴族では色の名前を知っていることは常識なの?とヘンリーは驚く。スネイプは職業柄魔法薬の色の変化などのおかげで知ってはいそうだが、じっと見る目にヘンリーはきょとんと目を丸くして……せっかくですのでとテーラーが持ってきたカメラに慌てる。
 いいじゃないか、とドラコと二人並んだ写真と、どういう集まり?とヘンリーが疑問に思うスネイプと自分と、マルフォイ家という組み合わせの写真を撮った。ドラコにぐいぐいと勧められてスネイプとの初のツーショットまで取ることとなり、ヘンリーはどうしたらいいのかと戸惑うしかない。

 あの大戦後、いろいろ知ったことではあるが、マルフォイ家はブラック家などとは違い、半純血にも大っぴらではなくとも寛容で、逆にあれほど崇拝するサラザール=スリザリンの子孫である、ゴーント家と違い近縁での婚姻を避けていたという。
 ナルシッサの息子を愛する気持ちと、様々な悪事を働きつつも最後は息子を探していたルシウス。その姿になんだか親子の愛を感じて切なくなったのを覚えている。
 きっとこの先奴が復活なんてしなければ、この親子はマグル生まれを忌み嫌いつつ、マグルをさげすみつつ、家族を愛していたのだろう。

「似合っている」
 写真を撮り終え、スネイプから離れよとしたときにふいに声を掛けられ、ヘンリーは何食わぬ顔で離れるスネイプを仰ぎ見た。最後の仕上げを終えたのち、写真とともにお送りいたします、とテーラーは二人に着替えるよう促し、ドラコの服とヘンリーの服に似合う装飾を追加してよりよいものをと言って姿くらましをした。
 
 
 そろそろ私は失礼しよう、というスネイプはちらりとヘンリーを見る。大丈夫、とヘンリーはそういって特殊な魔法道具を入れるための袋を見せた。
 ここに来る前、帰りについての話で先に出かけていたマクゴナガルには申し訳ないと思いつつ、帰るためのポートキーをもらったとそういってスネイプにこの袋を見せた。袋にはポートキーが入っていて、中から出して握ると発動するといい、実際の物は見せず、袋ごしに触ってもらって確かめてもらっている。
 中にはハリーからもらったユリのバレットが入っていた。もちろん、ちゃんとポートキー化させるための魔法もかけてある。だが、行先はホグワーツでもホグズミードでもない。あの管理人がいた小屋だ。あそこならば試合が終わった直後では誰もいないし、中に失礼してハリエットの服装に着替えてもいい。

 ハリエットの姿でハリーに会いに行こうというのと、もう一つこの夜に起きる騒動について思うことがあり、マルフォイ家と別れた後ポートキーを発動させ、そして敷地内に戻るのだ。
 何時になるかわからないから、と言って迎えをお願いするのは難しいことと、ポートキーがあるということで安心させたのだから何かあったら双方共からきつく怒られることは十分わかっている。それでも、我慢できないことはできないのだ。

 ハリーからのプレゼントは身に着けないとは思ったが、ほかにいいものがなかったというのも事実。ならばと開き直って……スネイプが直接見ないようにと発動条件を触れたらにし、専用の袋に入れた。
 この手の袋ならばホグワーツ内にあることを知っていたため、こっそり拝借してきたのだ。

「ヘンリー、薬の飲み忘れにだけは気を付けるように。万が一に不調を感じたならば一緒に渡した、魔法薬を完全に解除させる解除薬を飲むようにするのだぞ」
 寮生を気遣う寮監という顔で告げるスネイプに、ヘンリーはわかりましたと素直に頷く。またいつでも来てくださいね、というナルシッサと、意味深に視線で何かを伝えるルシウス。
 それでは、と言って姿くらましをするスネイプにヘンリーは平静を装いながら内心、マルフォイ家に一人いることに不安を覚える。
 なにせ、ドビーを失った関連のことが起きた因縁の場所。今までスネイプがいたから気にしていなかったが、これからは一人でどうにか切り抜けなければならない。

「さて、私はこれから会場に向かう前に何点か責務をこなしてこなければ。夕方になる頃合いに会場に向かうため、そのつもりで。あぁ、その前にミスターマクゴナガル。一度軽食を取るとしよう。何時に終わるのかまるで見当もつかないのでね」
 これから書斎で羊皮紙を確認せねば、というルシウスはヘンリーを見てそう告げる。ナルシッサもそうですね、とヘンリーを見て頷いた。何が何だかわからない様子のヘンリーらを置いて夫婦が立ち去り……ドラコを振り向く。

「ヘンリー、やっぱりさっきのドレスローブを見ておもったけど、君は本当に細いな」
 父上と母上が心配するわけだ、というドラコにヘンリーはそんなに細いかな?と首を傾げた。なにせ、ハリー=ポッターであったときとそう変わらないためにいまいち実感がない。
 さぁ、次はギャラリーを案内しよう、というドラコに腕をひかれ、ヘンリーは再びマルフォイ邸の探索を開始する。




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