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15:特別な買い物

 いつものようにマクゴナガルとともにハリエットの姿でしか買えないものをするため、ダイアゴン横丁にやってきた。来て早々、向こうから走ってきた黒い犬にマクゴナガルが警戒し……パッドフット、と呼びかけるハリエットを見る。来る前にダンブルドアから一人護衛したいと希望する者がいたため、快諾したと聞いてはいたが、元気そうな姿にハリエットはほっとしてその犬を抱きしめた。
 ぶんぶんと音がしそうなほど尾を振る大きな黒い犬に、マクゴナガルは口角を上げると頼もしい護衛がきたこと、と笑う。犬の姿であろうと、きちんとした振る舞いをするのですよ、と釘を指すマクゴナガルに一声上げ、ハリエットの足に寄り添いながらマダム・マルキンの洋装店に入る。
 大きな犬が入ってきたことにマルキンは顔をしかめたが、いかにもお利口な犬なんです、という風におとなしく座るパッドフットにため息をついてみなかったふりをする。
ハリエットは着なくなった服を渡すといくつか新しい服を買い……ついでに下着も恥ずかしさを抱えながら選ぶ。さすがにパッドフットもその時ばかりは顔の上に前足を置いてみないように心がけていた。
 ひとしきり買い終わると、さてと声を上げたマクゴナガルにハリエットは首を傾げ、こちらにと案内されるがままに奥に進む。


「今年はクリスマスにダンスパーティーがあると伺っております。こんなのはどうでしょう」
 ずらっと並んだドレスにハリエットは目をしばたたかせてなぜにドレス?と思考を止める。

「今年、クリスマスにダンスパーティーがあるのは知っているでしょう。ですからあなたのドレスをと。そうですわね、淡い緑なんてどうでしょう」
 どれがいいかしら、というマクゴナガルにハリエットは我に返り、で、出られないよという。大体女の子用のドレスを持っていても参加するなんてできるわけがないと首を振るハリエットに、マクゴナガルはわかっていますともと笑う。

「でも万が一ということがあります。それに、大広間に行けなくとも、見せたくはないのですか?」
 みんなが楽しみにしているだろう催しに彼女が参加できないことは、マクゴナガルも重々わかっている。それでも、彼女には何かしてあげたいと、その日ばかりは目をつぶるという。
 ハリエットの耳元でこっそりと告げるマクゴナガルだが、パッドフットにはしっかり届いていたらしく、何か言いたげに前足で床をたたく。だが、あなたも見たいでしょう、という視線にブスッとしてうなずいた。
 誰に、と言われなくともわかっているハリエットは顔を赤らめ、もし先生に会うならとドレスを手に取った。どんなデザインがいいでしょう、というマルキンに顔を赤らめたハリエットはぼそぼそと要望を伝える。
 あまりにも小さな声だったためか、どこか怒った風の犬以外には聞こえなかったようで、聞き直すマルキンにマクゴナガルが言い直す。

「いつも黒い服ばかりを着ている、年上の恋人がいるのです。何かいいものはありますか?」
 淡い色のものは少し幼く見えるだろうか、と考えるマクゴナガルにマルキンはでしたら、と深いグリーンのドレスを持ってきた。肩の中ほどからぐるりと囲う襟は淡いグリーンだが、それ以外は深いグリーンで統一されており、大人びたデザインのドレスだ。スカート部分にきらりとした石が散りばめられていて、緑色の光を放つ。

「スプルースにリーフグリーンのシフォンの襟をつけたローブデコルテ調のドレスよ。スカートの部分にはダイオプサイトを散りばめた薄いチュールレースを」
「え、スプル……?えっとしふぉん?」

 口早に説明されたハリエットは何?と全然聞き取れずに思わず聞き返す。リーフグリーンはかろうじて聞き取れたため、スプルースというのが深い緑の色の名前だと分かったが、それ以外が全く分からない。
 マクゴナガルはなるほど、とうなずいていて、世の女性はこれぐらい常識なのだろうか、と焦る。いまだにそこらへんは明るくない。困ってパッドフットに視線を向ければどこか思案顔で、そういえば一応貴族出身だった、と幼いころからパーティーに連れていかれている姿を思い浮かべ、味方がいないとハリエットはため息をついた。

「着てみてはどうでしょう」
 さぁ、と促されマルキンとともに試着室に入る娘をマクゴナガルはパッドフットと見送る。


「魔法省に出向いた際、一部の記者が彼女の写真を撮りました。誰であるか、何者であるか裏付けがまだでしょうが、時間の問題でしょう。彼女を護衛してくれた闇払いの女性が気付いたのですが、捕らえ損ねたと。昨夜、どこの記者か突き止めたと連絡がありました」
 囁くようにマクゴナガルが告げると、緊張した様子でパッドフットが顔を向ける。彼女が魔法省に行くといった時から覚悟していたとはいえ、それが現実となると怖くて仕方がない。
 彼女のことを思えば、彼女に害をなすであろう闇の陣営だけでなく、ほかの人間も知っていた方が周囲の目もあり、守りやすい。ハリーのように有名であれば誰かしらの目が必ず向いているおかげで、本人は不服だろうが、安全性も上がっているのだ。
 逃げたピーターが彼女のことを誰かに話していたのならば……闇の陣営に彼女の現在の容姿と、“ポッター家の長女”が存在することが広まっているはずだ。

「ホグワーツ内ではセブルスが見ていますが、今年は……」
 人の出入りが多くなる。いくら隠そうとしても、変装している姿がばれなくても、彼女がここにいることが知られてしまう。何か思い当たることがあるのか、パッドフットは尾を動かすのをやめ、じっとハリエットの消えたカーテンを見つめた。
 さぁ、どうぞ、といってカーテンがひかれると、マクゴナガルは思わずため息をこぼす。

「ど、どうかな」
 結んだ髪を前に垂らし、鎖骨近くの呪いの印を隠したハリエットが合わせて用意されたドレスよりも深いグリーンのパンプスを履き、マクゴナガルらを見つめる。踏まないようにと少し上げていた裾をおろせばパンプスは隠れ、ところどころに緑色の光がしゃらりと輝く。
 すっきりとしたウェストラインは細くて華奢なハリエットの体をどこか艶めかしく、美しく見せる。白い肌を肩から鎖骨にかけてみせる姿に、マクゴナガルは頷ききれいですよ、とハリエットの頬に手を添えた。
 あなたもそう思いますよね、と振り返るマクゴナガルにつられてパッドフットを見れば、そこに犬のはく製なんてあったかと思うほど動きがない。

「セブルスには悪いことをしましたわね。彼に見せる前にパッドフットが見てしまったのですから」
 ふふ、と笑うマクゴナガルにハッとしたパッドフットはぶんぶんと尾を振って、満足げに頷く。恥ずかしいな、というハリエットは鏡に映る姿にどきどきとする胸を抑える。胸元にきらめくのはスネイプからもらったグリーンダイアモンドのペンダント。
「とてもきれいですよ。これなら今年着ることがなくとも、次の機会に着ることもできるでしょう」
 きらびやかなドレスにまだ戸惑う様子のハリエットにマクゴナガルは慈愛のこもった眼を向け、これほどすっきりとしたデザインならもう少し歳を重ねても問題はないという。顔を赤らめるハリエットにマルキンもどこか満足気で、持ってくればいつでも調整致しますとにこやかに告げた。

「シリウス、私……少しは大人っぽく見えたかな」
 着替えて会計を待つ間、小さな声で問いかけると、パッドフットはあたりをきょろきょろと確認し、陰になっているところを見つけるとぐいぐいとハリエットを引っ張る。おとなしくついていくと、物陰でパッドフットはシリウスに戻り、ハリエットを抱きしめた。
 
「とてもきれいで素敵なレディーだった。スニベルスなんかに見せなくていい。あいつにはもったいないほどだ。大体、ジェームズが見たら絶対どこにも嫁に出さないと騒いだだろう」
 ついてきてよかったと笑うシリウスにハリエットは笑い返し、すぐに犬になったパッドフットとともにマクゴナガルのもとへと向かった。
 ますますシリウスを死なせまい、とハリエットは決心を胸に路地に消えるパッドフットを見送る。マクゴナガルとともに自室に戻るとまずは今年、と手帳を開いた。




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