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14:不吉な影

 いやな夢にハッと起き上がった少年はとっさに今どこにいるかを確認して……変わり映えのない伯母の家の2階の自室であることに息を吐いた。ずきずきと痛む額に夢のことを思い出す。姿が見えなかったが、聞き取りづらい男の声が聞こえて、傅くピーターがいた。いや、聞こえたのではない。ハリーの口から出ているようだった。
 だが、ピーターがわが君と呼んでいたことからきっとヴォルデモートの目線だ。何か自分に関することを言っていた。あと数か月だとか、自分なしでは計画は進められないだとか。ただ、ひどく頭が痛くて内容は途切れ途切れでわからない。
 ただ、一つ気になる名前が聞こえた。そうハリエットだ。自分の代わりにハリエットをというピーターにヴォルデモートは懐疑的で、より確実な方を選ぶと。だが、能力は興味があると言っていた。
 そこに老人が現れたことで視点が変わり、ひどく低い位置から椅子に座る何かを見た。だがそれが何かわかる前に痛みが限界を迎えて目を覚ましたのだ。

「ハリエットが危ない……」
 いろいろ考えねばならないが、一番は大事な片割れの安全だ。彼女には何も言っていなかったのに、野菜不足でしょうと送られてきたピクルス。それとなんだかやたらすべすべした緑の布。なんの役に立つかわからないが、大切にたたんでトランクにしまってある。
 そんな彼女をヴォルデモートが狙っていることにどうしようと焦る。一応彼女はホグワーツで暮らしているだろうから大丈夫だろうが、彼女の……彼女とよく会っているだろうあの陰険教師と、彼女……いや彼と友人であるマルフォイと……彼女の周辺には闇寄りの人が多い。
 本当に大丈夫だろうか。それに、なぜ死んだはずのヴォルデモートが出てくるのかが理解できない。だがどういう手を使ったのかわからないものの、ヴォルデモートが存在していることは確実だと、傷の痛みと生々しい夢に確信を得ている。
 傷が痛んだからと言ってダンブルドアに相談……なんて書けばいいんだ、と首を振りマクゴナガルに、と思うがもしもこれが本当に夢だったのならば、それでハリエットの自由が制限されてしまうのは嫌だった。
 スネイプは論外だ。
 
 そうだ、と顔を上げたハリーは名付け親に書いていた手紙にこのことを付け足す。ネズミを捕りにいっているヘドウィグが帰ってきたらすぐ届けてもらおう、と準備している間に徐々に傷の痛みはおさまり、ハリーはほっと息を吐いた。ふと、あれは魔法ではないから大丈夫だろう、と古い羊皮紙を取り出し、杖をあてる。

「われ、ここに誓う。われ、よからぬことを企む者なり 。えーっと、純白の花、香りを示せ」
 ふわりと線が現れ、遠く離れたホグワーツの地図が現れる。教員の名前がちらちらと動くのを見て、ハリーはマクゴナガルの部屋に目を向けた。さすがに寝ているのか、隠されている部屋にいるはずのユリの花はない。
 念のため、とスネイプの部屋があるだろうところに目を向けるも、スネイプの名しか表示されていない。ほっとしたような何とも言えないままにもう一度マクゴナガルの部屋を見ると、先ほどはなかったユリの花が記されていた。
 少し部屋の中を移動しているのをみると、彼女もまた眠れないらしく、部屋の外へと出ていく。箒に乗っているのか、廊下から飛び出したユリは城外をスーッと動くと、天文台の上にピタリと止まる。まだ暗い中、彼女は一人塔の上に座り込んでいる。

 彼女は自由に箒だって乗れる。だけど、同世代の人ともやり取りはできず、ほとんどを変化のない日々を送っている。ハリーはダドリーらがいない扱いをしているとはいえ、常に様々な情報が視界に入る。つけっぱなしのテレビからは興味のない分野の話が聞こえてきたりもするが、ハリエットにはそれすらもない。
 どうやって日々を過ごしているのだろう、と動かないユリの絵をみてハリーはため息をついた。彼女は未来を知っているという。だがそれをむやみに話してはいけないとも。きっと、この夢に関しても彼女に聞けば答えを知っているだろう。けれども、それを聞くには彼女に何かしらのペナルティーが生じ、苦しめることにもなってしまう。
 知っているのに言えない。自分だったら我慢できるかな、とハリーは地図から顔を上げ、窓を見上げる。明るさを取り戻す空に、彼女もまたこの空を見ているのだろうか、とハリーは起き上がって朝食を取りに行こうと着替える。
 その前に地図、と手に取ればハリエットも動き出したらしく、また城外に飛び出し、自室へと戻っていくのが見えた。
 遠く離れ離れになっていても、僕はここにいるからね、とハリーは地図を消した。




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