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13:金平糖
夕食をとった二人のもとに屋敷しもべ妖精であり、ハリエットの乳母でもあるべべが小ぶりなケーキを渡してくれ、主にハリエットがそのケーキを堪能していた。あまり甘いものを取らないというスネイプは付き合う程度に小さく分けられたケーキを口に運び……甘さに眉間にしわを寄せる。
ふと、ハリエットの口元についたクリームに気が付くと、そっと微笑み指先でそっと拭い……ぺろりと舐めた。自分の口元を拭われたハリエットは先ほどまで自分についていたクリームがそんな風に舐めとられたことに、顔を真っ赤にして慌ててケーキに集中する。
甘いものは食べなれないというのに、ハリエットの口についたクリームは不快とは思えず、スネイプはその一挙一動をじっくりと眺めた。
部屋に送ろう、と言うスネイプだったが、ハリエットはその腕を抱きしめ、顔を赤くしたまま首を振る。ミネルバに怒られるのは私なのだが、と口角を上げたスネイプはこれでいいかね、と彼女のためのガウンを引き出し、それを渡す。
顔を赤くするハリエットに一晩泊って行きたまえ、と耳元で囁き……バスルームに消えた恋人にスネイプは満足げに笑う。
順番を待っている間何か本でも、と立ち上がったスネイプだが、バスルームの扉が細く開き、そこからハリエットが顔を出す。顔を赤くして、何か言おうと口を動かし……何も言わずに顔を引っ込めた。
意図が分かったスネイプは今更か、と丁度手に取っていた本を机に置き、彼女の消えたバスルームへと入っていく。お湯を張った湯船の中、耳の先まで真っ赤になったハリエットがわざわざ開けていた背中側から滑り込み、後ろから彼女を抱きしめる。
左腕に巻いた布で最近痛みを発し始めた印を隠したスネイプはハリエットの首筋に口づけ……赤くなった耳を食む。両手で抱きしめてもまだ余る細い体を抱き寄せ、頬に口づけると少し強張っていた身体から力が抜け、スネイプに身を寄せる。
ジニーといた時はこんなこと絶対していなかった。けれども、触れ合うことでほっとする今、ここまでしなくとも、もっとスキンシップをしたほうがよかったのではないか。どこか後ろめたくて、どこか幸せが怖くて。そしてやっと決心した矢先、あの最後の件だ。
もしも早くにけじめをつけていたのであれば……あの瞬間、ほんの一瞬の油断が生まれなかったはずだ。ハリエットはそんなことを考えながらうれしくて……洗ってもらった髪を流しているなかに一つしずくを落とした。
きっとこの先こんな幸せな誕生日を迎えることは二度とないだろう、と突き刺すような胸の痛みをハリエットは無視することにした。
スネイプの腕の中、まどろむハリエットはこの先このぬくもりと別れなければならないことに自分は大丈夫だろうか、と考えていた。少なくとも6学年の終わりにはスネイプは一度ここを去る。
7学年の時は決してこんな時間を過ごすことはできない。
いまだけ、いまだけは、とスネイプの懐にすり寄る。もうすぐ腹をくくるときがくる。せめてその時まではスネイプと共に過ごし、少しでも安らいでくれれば……それだけでハリエットは満足だ。
隣のぬくもりがないことに目を覚ましたハリエットは体を起こし、ガウンを着ていることに思わず笑う。すっかり清められている体も慣れたもので、内またに残る、熱いものを挟んでいたような感覚だけが昨夜のことを思い出させる。
顔を赤くし、そっと素足で歩くと扉を開ける前に扉が開き、スネイプが入ってきた。
「すぐわきに履物は置いておいたはずだが……抱き上げられたいのかね?」
ハリエットが反応するよりも先にすっと抱き上げるスネイプは目を細め、ハリエットの反応を見つめる。決してハリーだったときから軽いわけではない、とことあるごとに抱き上げられるハリエットは顔を赤くし、落ちないよう反射的にスネイプの首に腕をまわす。
ただ、先生に会いたくて……でも起きたのを足跡でばれないようにと足を忍ばせただけで……。
「そうじゃないですけど……。あの……私重くなってきたと思うから……その……」
どこか無理をさせていないか、魔法で軽くしているのか。あまりにも軽々持ち上げられるとなんだか恥ずかしくて、ハリエットは顔を赤くする。
「一学年の頃よりは確かに成長したが、いくら何でも軽すぎる。もっとしっかり3食食べたまえ。こんなに軽いと心配になる」
まだまだ軽い、というスネイプにハリエットは顔を赤く染め、食べています、と小さく返すしかできない。胸だって……ワンサイズは上がった。それに、身長も……一学年の頃よりは伸びた。
軽いといわれるとなんだかむずむずして、ハリエットは寝台に寝かされ、置いたままの体勢でじっと見降ろすスネイプを見つめる。
「ハリエット、君が小食なのはわかってはいるが、もう少し体重があってもいいはずだ。こんな体でクィディッチをやっていたのかと思うと、強風の吹く日でなくて本当によかったとしか言えない」
もっとも、とかがんでほとんど覆いかぶさった状態のスネイプはハリエットの耳元に口を寄せる。低い耳に残る声に息をのむハリエットの反応を満足げに笑い、ガウンをはだけて両手でハリエットの体をなぞる。
「体つきはすっかり女性らしく、とても魅了的な……思わず抱きしめたくなる、そんな身体になった」
寝る前まで高めていた熱を思い出させるような、性的な手つきにハリエットの体は容易に熱を取り戻す。喘ぎ声を噛み殺しながら熱を逃がそうと体を跳ね、悪戯な手から逃れようとわずかにもがくさまが、ただの悪戯で終わらせようとしたスネイプの本能を刺激する。
彼女を愛しすぎている。そう自覚し、自制しようとはするのだが、ハリエットのような純粋でまっすぐな好意に耐性のない体はあっけなく陰険な教師という外殻から抜け出し、飢えた獣のように、緑の瞳に、弧を描く唇に、やさしく抱きしめ返す白い腕に、甘やかな声を上げ震える喉に、余すところなく食らいつき、彼女が向けてくれる好意を震える手をごまかしながら受け取ってしまう。
彼女が目を向けてくれるのは自分だけ。そのことがうれしく、余計に彼女を渇望してしまう。
まるで、依存性の高い魔法薬のようだ、と指を絡め取り寝台に縫い付けながら揺さぶるその刺激に喉をそらし、喘ぐ彼女ののど元に印をつける。彼女の義母に咎められないために、後で消さなくてはならないものだが、それでも、一瞬でも印をつけたい、とスネイプは柔らかなハリエットの体に次々と花を咲かせた。
もうすぐマクゴナガルが帰宅する、と慌ててハリエットに回復薬を飲ませ、体中につけた印を消す。ハリエットは喘ぎすぎてかすれた声が魔法薬で治ったことを確認し、さっと着替えて自室に向かって駆け出した。
少しぎこちなく見えるのは本来交わるべき場所ではない箇所での性交のせいだ。
いつか……この渇きは満足し、満たされるのだろうか、とスネイプは小さくため息をつく。こんなに幸せな時が永遠には続かないだろうということは左腕の痛みから理解している。
だから、今だけは、せめて今だけは彼女に残酷な未来のことなど忘れられる時間を作ってあげたい、と彼女に飲ませる魔法薬の改良を進めていく。
それと、今度彼女が義母と買い物に出かける時を見計らい、専門職である彼の者のもとに行かねばらない。昨年のクリスマスに顔をのぞかせたその人はシェリー酒を飲んでいた。
普段会わないがために、突然の申し出を断られるわけにはいかないことからもそれを手土産にするのもいいだろう、と小さく息を吐いた。
部屋に戻ったハリエットはそこに戻ってきたシークを見つけ、お疲れさまと声をかける。驚いたことにシークは箱を二つ持っていた。帰ってくるまでにどこか寄ったのだろう。
忠実な梟の突然の行動に戸惑いながら受け取れば片方はハーマイオニーからの物だった。梟小屋でシークを見つけ、誕生日の日にプレゼントを受け取りに来てほしい、とそう頼んだのだと手紙には書いてあった。
「さっすがハーマイオニー。シークのことはあの夏に紹介しただけなのに……。シーク、ありがとう」
さすが私の自慢の梟、と撫でるハリエットに、シークは嬉しそうに羽を広げて見せた。プレゼントは星の形をした小さなお菓子がぎっしりと詰まった、きれいな瓶だった。
「東洋のお菓子で砂糖のお菓子……。へぇ〜ハーマイオニーどこでそういうお店見つけてくるんだろう。僕はあまりロンドンとか人が多いところはいかなかったから……マグルのお店なんてほんと馴染みなかったからなぁ」
マグルのお菓子だけど、瓶と中に入った金平糖というお菓子がかわいくて、というハーマイオニーの手紙にくすっと笑って一つ星を取り出し、口の中に放りこむ。
思い切って噛んでみれば甘い味が口に広がり、勉強しながら食べるのにもよさそう、とふたを閉めた。
6面の瓶は少し中ほどが膨らんでいて掴みやすく、うっすら色がついている。ハリエットは大切にしよう、と割れないように保護魔法をかけた。
「もう一つは……シリウスだ!リーマスも一緒にいたんだ」
女の子にあげるもの、ということで散々迷ったと手紙に書いてあり、ハリエットは思わず笑みをこぼす。ハリーには少し手を加えてハリエットの名前が表示されないようにした地図をプレゼントした、と書いてあり、ハリエットはほっと息を吐いた。
この先何が起きるかわからない以上、いっそのこと名前そのものが出なければいいのだ。ヘンリーの名前で出ていても万が一をk考えると危険だから、と書いてありハリエットの名前は、追加で純白の花、香りを示せ、と唱えれば名前ではなくユリの花が表示されるようになるのだという。
またユリ、と胸に何かが痛みを発するが仕方がないことだ。自分はリリーの娘であり、息子なのだから。母であるリリーの名でもあるリリーを象徴とするには当然の流れだ。だから、とハリエットは気が付かないふりをする。
プレゼントは持った人の感情に反応して種類を変える花の入ったハーバリウムだった。両手で包み込むように手に取ればオレンジ色の……ポピーだろうか。
それと桃色の可憐な花の2種類が泡がはじけるように現れ、ふわふわと丸い瓶の中を揺蕩う。手を放してもしばらくは残るのか、花はほのかに光りながら生き生きとしている。
ハリエットは前回も今もあまり花は詳しくはない。だから花の意味も名前もわからなかったが、きっとこれは私の中の今の思いを反映させているのだろう、とハリエットは考え……。ふとスネイプを思いながら手に取ったら違う花が咲くのかな、ともう一度手に取る。
真っ赤なカーネーションが咲き、続いて白いものも咲き始める。さらに手に持っているとオレンジの大きなデイジーのような花が咲き、先ほどの桃色の花が咲いて赤と黄色のチューリップが咲き、最後は真っ赤なバラと白いバラが瓶の中に残る。あっという間の出来事に驚いていたハリエットはバラ、と考えて顔を赤くする。
スネイプを思うだけでこんなにも口に出せない思いがあるのか、と恥ずかしくなりバラのハーバリウムと化した瓶を置いた。バラだけはさすがに知っている。
愛しているという意味が込められたその花だけは、バレンタインの時にスネイプに渡したことだってあるのだから。
「素敵なプレゼントをありがとう、シリウス、リーマス」
瓶に向かってつぶやくハリエットは昨日に続けての幸せをかみしめるようにベッドに背を預ける。かつてマクゴナガルに買ってもらったフクロウのぬいぐるみを抱き寄せ……今が幸せであるほどに怖いと顔を伏せた。
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