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12:手遅れ

 ハリーの誕生日、役に立つから、というメッセージとともに鮮やかなグリーンのポケットスクエアとピクルスの瓶を送ったハリエットは見覚えのある白いフクロウに思わず笑う。
 ハリーもハリーでいろいろ考えたのだろう。宛先はマクゴナガルとなっているが、外装となっている袋の中にはマクゴナガル先生宛の手紙とともに、ハリエットへと箱が入っていた。

「ヘドウィグにも許可出してあげたいけど……ごめんね、ヘドウィグ」
 どうしてもハリエットに送りたいんですという手紙にマクゴナガルは微笑み、ちょっとヘタなラッピングの箱を娘に渡す。何だろうと開ければ百合のバレッタで、ハリエットは小さく息を吐いた。
 片割れからのプレゼントはうれしいし、彼にとって百合はお互いの母リリーの象徴だ。家族であることに嬉しいのではあるのだが、これを付けることはないだろうとハリエットは添えられた手紙に目を通す。

 百合は、人を殺し人を見殺しにした自分が侵してはならない、スネイプの聖域だ。スネイプを愛してしまったあの時から、母リリーという唯一無二の花を超えることはできないという事は痛いほど理解している。
 彼の聖域を、彼の誓いを、自分なんかが身に着けて穢してはならないのだ。
 マクゴナガルからは羽ペンセットを、ダンブルドアからは幸運のおまじないじゃ、というメッセージとともにミサンガをもらった。

「今日はハリエット共に過ごしたいのですが……」
 他校との例のイベントの件について国外で話し合いがあるというマクゴナガルはため息をつき、ちらりとハリエットを見つめる。母さんと過ごせないのが残念と言うハリエットはその視線の意図が分からず、首を傾げた。

「帰りは明日の昼になりますが、夜はきちんと部屋に戻るように」
 そう続けるマクゴナガルに首を傾げ……コンコンとやってきた森フクロウに目を向ける。ピンクと赤の3本の薔薇が包まれている花束と、プレゼントは手渡しで、というメッセージ。
 薔薇の花と言うところで顔を赤らめるハリエットは、思わず笑うマクゴナガルを見つめた。

「いえ、普段の彼からは想像もできないほど、貴女のことを熱い想いを込めて見ているのだと、あらためて認識したのです。あとで薔薇を長持ちさせる魔法を教えてあげましょう」
 せっかくなのだから、部屋に飾るといいでしょう、と花瓶を作り出しこれをお使いなさいと促す。ありがたく貰ったハリエットは薔薇を挿し、自室のサイドテーブルに飾った。
 昼過ぎに戻ると、いつものスケジュール表に書いてあったため、部屋で課題を片すハリエットはマクゴナガルが出かけたのを見ると、そっと部屋を出て行った。


 少しでも大人びて見えるよう、ひざ丈のスカートの上にブラウスを合わせたハリエットは、城内でも目立たぬよう目くらましをかけたローブを頭からかぶり、足音に気を付けながら地下牢へと向かう。
 少し早かったかな、と心配になりつつ、通いなれた扉をノックして……反応がないことに小さく息を吐いた。ちょっと浮かれすぎて早かったかもしれない。
 ふぅ、とため息を付いてとりあえずどこかで時間をつぶそうと踵を返し……ぼすんと黒い布に顔をぶつける。そのまま抱き締められる手に、驚いて一瞬身をこわばらせたハリエットは嬉しくなって大好きな闇色の衣を抱き返した。

「丁度今帰ってきたところだ」
 タイミングが良くてよかった、というスネイプにハリエットは笑い、スネイプの私室へと入っていく。ローブを脱いだハリエットは、ダイアゴン横丁に行って材料を見てきたと荷物を広げるスネイプの傍によりそう。
 珍しい材料は直接見なければ良し悪しを見極められない、と分類わけするスネイプの材料を見る真剣な顔をハリエットはじっと見つめていた。
 
 そのまま手元に視線を動かし、細かいチェックをしていく指先をじっと観察する。
 この手がいつも抱きしめてくれる、と考えるハリエットはその手が止まったことで首を傾げ、再びスネイプの顔に視線を向け……ぱちりと合う眼に顔を赤く染めた。

 そのまま引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ね合わせる。互いに口だけを触れさせる口づけで、スネイプの舌に促されて口を開けるハリエットは絡められた舌に小さく声を漏らした。
 なぜだか縋りついてはいけない気がして、机に手を置き必死に体を支える。そんな恋人の姿に、スネイプは小さく口角を上げた。
 きっと彼女が目を開けじっとスネイプを見ていたのならば彼の眼に宿る意地悪気な熱い炎に気が付いただろうが、生憎ハリエットは目を閉じて誘っては躱してしまうスネイプを必死に追いかけて気が付く様子はない。
 十分知り尽くしているハリエットの弱い部分を舌先でなぞり、音を立てて小さな舌を吸い出して甘噛みをする。
 カクンと膝から力が抜けたハリエットを下から支え、負けてしまった少女を勝った褒美にと味わい尽くし、そっと濡れた唇を解放させた。

「あんな目で見つめられては……」
 仕分けの終わった材料を杖で片付け、力の抜けた少女を抱き上げてそのままソファーへと腰を下ろす。

 手を離せば彼女がどこかに行ってしまいそうな、そんな気がしてスネイプはハリエットを抱き締めてしまう。まだ若く20も年の離れた少女に口づけ、時に性的なスキンシップをする、なんて……それこそ彼女の片割れの名付け親である男などが聞いたら激怒するだろう。
 スネイプとて彼女を……ヘンリーの姿であるときでも手を出すつもりはなかったうえ、こんな関係になるなんて願ってもなかった。だが、彼を、彼女を見ているうちに彼女のことを独占したいと、そう願う様になり……気が付けば彼女をキス一つで陥落させられるほどにさせてしまった。
 こんな、心の内がどす黒い闇でしかない自分から彼女を放さねばと思うのに、いつも身体は彼女を抱きしめて離さない。無垢な体に快楽を教え、縛り付けるなど……どこまで行っても自分はやはり闇でしかないのだ、とスネイプは少女の柔らかな体を抱き寄せた。
 せめて、彼女の純潔だけは、と思うのとともに、もしも、もしも彼女が自分から離れ……別の男のものになってしまったらば……そう思うと心がかき乱されるなんて生易しいものでは言い表すことができない。
 ハリエットの心は自分に向いている。だから、この無垢な体も心も……自分のものだ、とそう考えてしまう自分にあきれるしかなく、そんな醜い心を見透かされないよう、見上げてくるハリエットの白い傷一つない額に口づけを落とした。
 スネイプは自分自身が一番わかっている、とハリエットの緑の瞳をじっと見つめる。もしも彼女がこの手からいなくなるなんてことが想像できないほど、心に芽吹いた彼女への想いは大きく成長していることを。


「バレンタインの時に時計をもらってから……ハリエットの誕生日にはこれを贈ろうと考えていたのだが、完成するまでに時間がかかり、やっと今日出来上がったのだ」
 受け取って欲しい、と小箱を彼女の細く小さな手に乗せる。わくわくした面持ちでリボンをほどき、箱を空ける。中から出てきたムーンフェイズのついた腕時計に嬉しそうに笑い、さっそく腕につけるのをじっと観察し続けた。
 黒く華奢な時計は女性らしいほっそりとしたハリエットの手に嵌められ、ハリエットはその音を聞くように耳元に腕を当てた。

「嬉しい……。前にあげた時計とデザイン似ているおかげか、まるで同じ時を刻んでいるみたいです」
 はにかむ様に笑うハリエットにスネイプは満足げに口角を上げ、愛しくてたまらないというふうに抱えたままのハリエットを抱きしめる。

彼女の時計は、彼女がくれたスネイプの時計に連動している。仕掛けのある時計であったことからダイアゴン横丁で探し……まさか見つからないと思ってはいなかったスネイプは魔法道具を売る店で所在を聞いて、ロンドンの路地の奥で店を見つけた。
 少し寂れた様な、古い店でなぜ彼女がこんなところを知っていたのかと言うのと、いつ購入したのか……不思議に思いながら中へ入り、この時計と連動した女性向けの腕時計が欲しいと注文した。
 店主はスネイプの持つ時計にすぐ気が付いたのか破顔し、彼女なら覚えているとそう言って引き受けてくれた。

『この時計の……あぁ、まだその時ではなかったか。腕時計には何かメッセージを入れるかい?』
 年老いた店主は手元に時計がなくとも作れると言って、スネイプに時計を返し……そんなことを言っていた。いや、いらないと即座に断り……見えないところに刻むことは可能かと問いかけた。もちろんだという店主に羊皮紙の切れ端にさっと言葉を書いて、7月の末までにできればと頼み店をあとにしたのだった。
 ハリエットの時計はこの手元の時計が止まらない限り狂いもなく、全く同じ時を刻んでいく。だがそれは彼女への思いが強すぎるのではないか、とそのことは告げられず似たデザインのものを選んだのだ、と誤魔化した。

「時々時間わからなくなるから……。これならヘンリーが持っていても、武骨なのが似合わなかったからって言って着けていられますね」
 ふふ、とほほ笑むハリエットは調節用のねじがないことに気が付き、螺旋回しとかいらないのかなと首をかしげる。

「これはマグルのものと違って魔法がかけられている。ハリエットから貰った時計も同様で、よほどのことがない限り止まることも、狂うこともないだろう」
 すくなくともハリエットのものは大丈夫だ、と内心で付け足し不思議そうに腕時計を見つめるハリエットの横顔を見る。裏蓋の内側に刻印されているはずのメッセージを彼女が知ることはない。
 まさか同じ店で作ったとは言えないスネイプは、あの店主が誤魔化した言葉を思い出す。きっと、あの時計にもなにかメッセージが刻印されているのだろう。いつか、いつか彼女に聞いてみよう、と二人っきりの誕生日を堪能すべく腕の中の少女をぎゅっと抱きしめた。






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