--------------------------------------------


11:ミュゲの香り

 目元を赤く染め、くぅくぅと眠るハリエットを自らの手で清め、スコージファイを唱えた服を着せる。抱きかかえながらソファーに腰を下ろしたスネイプは、ハリエットの鎖骨辺りにある黒い丸のようなものに気が付き、そっと指でなぞった。前から知ってはいたが、それがどこか丸い花に見えた気がして、彼女のほくろだろうかと考える。
 不意に昨年の授業でハリエットのボガートがスズランに変化し、黒い炎に包まれたという話を思い出す。確かに、黒いそれはスズランの花にも見える。
 呪いの回数。そんな言葉が頭をよぎり、スネイプはそれに触れていた手を握り締めた。考えが間違えでなければ……これは彼女が呪いを受けた証拠だろう。そして、一度間合いを測りかねた彼女がうっかり何かを漏らした、その一回だ。
 大きく息を吐き、まだ静かに眠っている恋人を見る。これは彼女にとって最大の恐怖のもとだ。眠る彼女の手を取り、滑らかなその甲に誓うように、祈る様に口づける。
 苦手でさけていた……あの者に古い資料がないか、今度尋ねたほうがいい、とスネイプは彼女のためだと言い聞かせて決意する。大体、この地下牢からあそこまで……底辺から天辺への移動はため息が漏れるというものだった。

 もう少ししたら起こさねば、と安心しきった顔で眠っているハリエットの髪をかき上げ、スネイプは今年行われる一大イベントと、それに付随するクリスマスのパーティーのことを考えていた。
 ヘンリーはきっと出ないだろう。時間が時間であることと、彼にとって女性を誘うことはないのだ。だからといってハリエットとして出るわけにもいかないはず。

 彼女に似合うドレスは何だろうか。少女らしく明るい色合いも似合うはずだ。時折大人びた顔をみせることから深い色でもいいかもしれない。きっと似合うだろう。髪を纏めるだろうから髪留めも必要だ。
 百合、と浮かべたスネイプは小さく首を振り、先ほどまで考えていたスズランを浮かべた。確かにこれは彼女の呪いの証でもあるが、そもそも彼女を表すとするのであれば百合ではなく、小さな花の集まりであるスズランのほうが似合う。
 日陰で凛と咲く、白い花。近寄ればほのかに香る清潔感のあるミュゲの香り。

 ただただ甘ったるい香りではなく、どこか透明な……そう、石鹸のような優しい匂いは彼女から香る芳香に似ている。彼女にとって忌まわしき花でなければ……とても似合うはずだ、とスネイプはハリエットを抱き寄せ、黒い髪に口づける。

 そろそろ起こさねば、とハリエットの耳元で名前を囁く。少し唸るような声を上げ……ぼんやりと目を覚ましたハリエットに目が覚めたかね、と軽く口づけた。
 どこかまだ寝ぼけた様な顔をうっとりとさせるハリエットは、いつも以上に甘える様にすり寄って……はっとしたように顔を上げて顔を赤らめる。

「少し無理をさせてしまった。体力回復用の薬を飲むかね?」
 一応、体を綺麗にしたときに薬は塗ったが、と言うスネイプにハリエットは顔を赤くしたまま、魔法薬は大丈夫と首を振る。本来交わるべき場所ではない箇所でのつながりは彼女に負担だろう、と薬を塗っていたスネイプに、ハリエットはありがとうと言うわけにもいかず、もじもじと体を揺らした。


 もうすぐ夕食の時間だと、ハリエットはどこか残念そうに体を起こし、立ち上がろうとして抱きしめたままのスネイプに振り返る。
「今年、クリスマスに……」
 ずっとハリエットを見つめるスネイプは思わずと言った風に口に出し、すぐにしまったと目をそらす。何を言いかけたのかすぐに分かったハリエットは、知っていますと言って少し考える。
 あの時……確かチョウを誘って玉砕して……。大戦後、確か酒場でロンとハーマイオニーが正式に婚約したことの祝いの席で何か言っていた気がする。自分は……チョウに玉砕したあと誰を誘ったのだったか。確か……。
 考えるように動きを止めたハリエットに、“知っている”のか、“聞いた”のか、とスネイプは推測し、ハリエットの答えを待つ。

「夜遅くでしたよね。だから、私は参加しないと思います。ヘンリーとして出るわけにもいかないですし、ハリエットとしても……誰かに誘ってもらわないと出られないですし。それに、先生と出るわけにもいかないですよね」
 だから出るつもりはない、と言うハリエットにスネイプはそうか、とだけ返す。その口調がどこが残念がっているような気がして、ハリエットはくすくす笑うとスネイプを見つめた。

「先生はちゃんとパーティーに備えた服装しますよね。先生、先生なら……私どんなドレスが似合うと思いますか?」
 先生はやっぱり黒い服で……結んだ姿は見たことがないけれども、髪をひとくくりにしてもいいかもしれない。そんなことを考えながら問いかけると、スネイプはふむ、と言ってハリエットを見つめる。

「気を悪くしたらすまないが、スズランは嫌いかね?ボガートで変化したものがそれであったと聞いてはいるのだが……」
 スズランの花は嫌いか、と言うスネイプの唐突な質問に、ハリエットは花の形を浮かべて、嫌いではないと首を振った。

「えっと……。花自体は嫌いじゃないです。どういうわけか、私の呪いの象徴みたいなんですけれども」
 リリー・オブ・ザ・バレー。谷間の百合を意味するスズランはきっと母リリーではない、娘であって、到底かなうはずもないということが起因しているのかもしれない、とハリエットは心の内で考える。
 それ以外に、前回でも全く触れたことのない縁も何もない花が呪いの象徴になるなんて、意味が分からない。でもどうして急にそんなことを、とスネイプを見つめるとそっと髪をかき上げられ、ハリエットは首を傾げた。

「この髪を結い上げるのであれば、白いスズランの花が似合うのではないか、と考えていたのだ。大きな花よりも、小さな花のほうがハリエットを引き立たせるのではないか、と。グリーン系のドレスも似合うだろう。先ほど、起きるまでずっとそんなことを考えていた」
 結い上げなくとも、髪を飾る花はそれが似合うそうだ、と髪を耳にかけ、そのまま首元にするりと指を滑らせるスネイプに、ハリエットは顔を赤らめた。つい先ほど睦あっていたというのに、自然と体がスネイプを求める。

 もうこんな風に触れられる時間はないかもしれない。身体は、彼をこんなにも求めているというのに。

「先生……もしも、もしも私が……。もっと大人に見えることがあったら……。その時こそは。その時には……」
 そう言いかけてハリエットは口をぎゅっと引き結んだ。これ以上はスネイプの負担になる。だめなんだ、と俯きそろそろ部屋戻らなきゃ、と抱きしめるスネイプの胸を押した。
 何を言い淀んだのか。それが分かったスネイプは離れようとするハリエットの意をくんで彼女を解放させた。
 彼女の想いも、飲み込んだことも、左腕の痣の痛みで包み、気が付かなかった振りをして服の皺を整える背中を見る。彼女はこれから先どれだけの苦しみを味わうのか。
 スネイプは暖炉使いますね、と言うハリエットの背中をただ見つめていた。




≪Back Next≫
戻る