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8:水面下の

 先生の前でビオラになることはこれが最後、と決めたハリエットは計画帳を手にため息を付いた。本当に覚えている限り書きなぐっていてよかった、と終わった項目にチェックを入れて残ったものに目を通す。
 そうすることで記憶がよみがえり、より詳細なことを思い出してメモを取る。

 4学年、と手を止めるハリエットは覚えている限り書いたスネイプにまつわる項目をなぞる。かつてのスネイプへの感情や、対立した記憶が大きく損なわれてしまうほどに、スネイプへの想いや記憶が心に占める割合が大きいのは少し困ったものだった。
 だから、スネイプの記憶もわかる範囲全部メモしてある。
 カルカロフの事もあり、闇の陣営としての彼の記憶ばかりが思い出される。クリスマスのパーティー中の事、魔法薬学の教室でのこと。日にちはあいまいだが、なんとなくいつ頃だったかを記録していた。ぱたんと計画帳を閉じ、今年一年のことを考える。

 ここにクラウチ.Jrが来る。そして来年はアンブリッジが。6学年は世間が闇に包まれ始める……だからもういろいろ削っていかなければならない。特に来年のことを考えると、夏からはもうここに住むことはできないだろう、とハリエットはシロフクロウのぬいぐるみを抱き寄せた。
 もう本当に未来のことをうかつに話すわけにいかない。この4学年目の最後に……ヴォルデモートが蘇るのだから。
それにしてもやだな、とハリエットはため息を付いた。スネイプに会いに行きたいのに、ムーディの魔法の眼が怖い。

 あの男は決して馬鹿でもなければ愚か者でもない。むしろ、ポリジュース薬を準備し、ムーディに成りすまし……本来であれば揃っている足が片方義足だというのに、違和感なく使いこなしている演技力。
 彼ほどの演技力があれば……例えばスネイプの代わりに、人形とかそういったものでごまかすことができたのならば……そう考えてヴォルデモートが騙されるはずがないと自分で苦笑し、身代わり、と呟く。
 スネイプがヴォルデモートに殺される事象。死んでしまう事実を生きていたという事実に置き換えるにはどうすればいいのか。
 いくらなんでも自分ではありえない。いくら愛していても口調や仕草、気配までもを誤魔化すほどに演技することなんてできない。ましてや相手はヴォルデモート。ケガをしたスネイプを助ける方がまだ現実的な対処方法だ。
 それに、この方法では……。


「母さん、少しいい?」
 数日後、日刊予言者新聞を読んでいたマクゴナガルにハリエットは声をかける。顔を上げたマクゴナガルは思いつめた様子のハリエットに気が付き、姿勢を正して杖でカップを呼び出す。
 トラ猫柄のマグカップと、雌雄の鹿のマグカップが机に並び、コーヒーが注がれる。

「母さん、多分今年からはもうこの部屋に戻ってこられないと思う。新しく来る闇の魔術に対する防衛術の先生が……勘のいい人だからこの部屋に出入りしていると怪しまれるかもしれない。来年も再来年も……。私がここに来たら……母さんに迷惑がかかるから」
 今年でこの安心できる、リラックスできるここにはいられない、と言うハリエットはぎゅっとカップを握る。夏休みさえもダメなのだ、と暗に匂わすハリエットにマクゴナガルは眉を寄せ、ハリエットの手に手を重ねた。

「ハリエット、私があなたにそんなこと思うはずがないでしょう。大丈夫です。万が一怪しまれても私が必ずあなたを守ります。だから、安心してください。何があっても、ここは貴方の実家でもあるのです。遠慮はいりません」
 そんなこと誰が思うのです、とハリエットの手を握る。握り返すハリエットの細い指が少し震えているのに気が付き、両手で優しく包み込む。
 ヴォルデモートの配下であるピーターが姿を消したことが……それほど大きな闇を引き寄せる要因になるのか。そしてそれを彼女が見逃したという事は、これから先にどれほどのことが起きるというのか。
 席を立ち、机を回り込んだマクゴナガルはぎゅっと娘を抱きしめる。
 
 大丈夫、と抱きしめる手にハリエットはごめんなさい、と涙を流した。
 これから先見逃す命がある。現にバーサの命を見逃した。自分ができることはなんでもやるから、だから……許してほしい、とハリエットは心の中で呟いた。


 夜、ハリエットが眠ったことを見届けたマクゴナガルはそっと部屋を出ると、地下の……彼女の想い人のいる同僚の部屋に向かう。
 まだ起きているだろう、と向かえば案の定、ほんのりと扉の輪郭を浮き上がらせるかのように光が漏れていた。夜分に申し訳ない、とノックをすれば中から応答があり、ほどなくして扉が開く。

「何か急ぎでしょうか」
 いつもの黒衣に身を包んだスネイプはまだ寝る準備をしていないようで、マクゴナガルは今の時間しかないので、と断りを入れる。それで察したのか、中に通すとローテーブルに置いてあった羊皮紙を纏め、何か飲みますかな?と問いかけた。夜なので結構、と言いあの子の事ですと切り出す。

「先ほど、ハリエットがこの先自室には戻れないと、私に迷惑がかかるからとそう言っていました。そして、未来にかかわること全てをどのような内容であれ言うことができないと……。推測ではありますが、今後ホグワーツに置いてももはや完全に安全であり平穏な時間はない、と考えております。幸い、貴方は彼女の寮監です。少しでも彼女が無理をしていないか……彼女を、ヘンリーを見ていただけないでしょうか」

 いったい何が起きるのか。推測するしかないマクゴナガルの言葉に、スネイプは考える様に腕を組み……この先何が起きるのかとこぶしを握る。マクゴナガルには報告したが、彼女は誰がこの先命を落とすのか……それらをすべて知っている可能性がある。
 その中で彼女が誰を助けるのか。誰を見逃すのか。彼女が助けると思われる人の候補は現時点でも数人いる。

 ダンブルドア、ミネルバ、そして自分の中にいるのはあの時の涙から確定的と考えていいだろう。ルーピン……ブラック。この二人もまた確定していいとスネイプは考えていた。これで3人。
 他に彼女が関わっているのは……ドラコ、クラッブ、ゴイル、グレンジャー……ウィーズリーはヘンリーとともにいる姿を見たことが無いから除外していいだろう。そして双子の片割れであるポッター。この中に彼女が守りたい相手がいるのか。

「彼女のことは魔法薬の副作用のこともあり、定期的に呼び出すつもりです。たとえ魔法省が関与してくるとしても、薬に関することでの呼び出しとあれば怪しまれることはないでしょう」
 少しずつ、彼女の日常が壊れていくような気がして、スネイプは守らねばと決意を固くする。そんなスネイプの返答にマクゴナガルは安心したかのようにほほ笑んで、少し悲し気に口元を震わせた。

「彼女には大丈夫だとそう言いましたものの、私では彼女の不安をすべて払拭することはできません。本来ならば様々な面からも、私は何か言わねばならないのかもしれませんが、私からはこれが精いっぱいです。私の見えないところでの彼女を、お願いいたします」
 ホグワーツの副校長としてマクゴナガルはこれから先忙しくなるのだろう。そうなればどれだけ気を付けていても、普段地下にいるスリザリン生である愛娘の動向まで見ることはできないのだろう。
 厳格なマクゴナガルの事だ、生徒と教員との関係に物言いがあるのだろうが、とスネイプは考え、了承の旨を伝えた。彼女との交際を正式に認めた訳ではないが、彼女のことを思えばと呑み込んだのだろう。
 彼女を愛している者同士、彼女の日常を守りたいと互いに何を言うでもなく頷きあった。






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