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7:ビオラの最後の夏
軽やかな足取りでビオラことハリエットは湖の周辺を歩いていた。今年の三大魔法学校対抗試合を開催するにあたっての最終確認とのことで、城内に不審なものがいないかなど調べられるのだという。
森は広大なために行わないと聞いて、雌鹿になって出かけていたのだ。
普段城の中でじっとしているせいか、どうしようもなく駆け回ってみたい、と言う衝動にかられて崖を駆け上ったりあちらこちら走り回っていた。そろそろ外にいるのも飽きてきたな、と言うところで温室の方向へと向かう。
温室はしまってはいたが、外から見るだけでも十分面白い。そうやって気を散らしていただからか、通り過ぎようとしたところで突然目の前に黒い塊が現れ、驚いたハリエットはそのまま飛び退こうとして失敗し、足がもつれて転がり込んでしまった。
「何をしているのかね、ビオラ」
おどろかせたのか、というスネイプをビオラはべたりと地面に座り込んだままの体勢で見つめ、状況が分かっていないのか緑の目をぱちぱちとしばたたかせた。その様子にふっと口角を僅かにあげたスネイプはビオラの小さな頭を撫でてやり、立つよう促す。
やっと状況を理解したらしいビオラはどこか気まずそうにした後、立ち上がってまるでこんにちは、と挨拶するようにいつもの2回鼻先を付けてからぺろりとスネイプの手を舐める。言葉を話すことのできないビオラにとっての挨拶だと理解しているスネイプは、つややかな毛並みを整える様に首筋を撫でた。
初めてビオラに出会ってからもう5年の月日が経ったのか、と以前よりは成長したもののまだまだ成長途中なビオラを撫でながらスネイプは月日を数えていた。
去年見たときと変わっていない姿から、もう成長が止まったのかもしれないと改めて不思議な小鹿を見つめる。
とっくに大人になってどこかで番を見つけてもいい頃合いだろうが、ビオラはまだどこか幼さを残していて、それが普通の鹿ではないことを物語っていた。だからといってまさか彼女がアニメーガスなわけはないだろう、と愛している少女を思い浮かべる。
彼女が未来を知る能力があり、通常よりも魔法が使えたとして、アニメ―ガスに子供がなれるはずがない。あの忌々しい男たちでさえ数年かかったと聞いているようにとても難しい魔法だ。
それに……彼女を雌鹿に重ねるなど、リリーを未だに愛しているのか、と深層心理に問いたくなるスネイプはばかばかしいと一蹴する。
知識があっても彼女はまだ子供。扱える力の限度がある。こんなに長時間変身し、時には怪我さえもして……それでも揺らいだことすらないというのにありえないと選択肢から除外する。
ふと、ありえもしない妄想が頭をよぎり、ふっと笑いながら手のひらに収まってしまえるほど小さな頭をやさしくなでた。彼女が、リリーが鹿に生まれ変わって傍にいてくれているなどと、ハリエットがアニメ―ガスになるよりもありえない。
撫でられるのが気持ちいいのか、ビオラは眠そうに欠伸をするといけないという風に頭を振って、スネイプの手から抜け出した。すり寄る様にスネイプに頭をこすりつけると、たっと駆け出した。
いつだったかのように離れたところからスネイプを見つめるビオラに、スネイプはあぁそうだったのか、と立ち上がってビオラの美しい緑の瞳を見つめた。
ビオラはまだ迷う風にしながらもその場で落ち着きなく歩き、何かを振り切る様に走り去っていった。動物はあらゆる危険に敏感だ。ビオラは特に賢い分、気が付いてしまったのだろう。この世界に渦巻く闇の気配を。
彼女がどこに住み、本来はどんな姿をしている魔法生物かわからない。それでも、彼女はもうこの地を去ることに決めたのだろう。
木々に隠れて見えなくなった、不思議な雌鹿。5年間、時折顔を見ていた雌鹿はついに去ってしまったのだ。やるせない喪失感に見舞われるスネイプはきっとうまく生きるだろうと背を向けた。
あの小さく柔らかな毛並みの感触は忘れることはないだろうと、手に残った茶色い毛並みを指でつまむ。未練を断ち切る様に手についた毛をはたき、泡沫の夢ということにして、闇色のローブをひるがえし自室へと戻る。
きっと、雌鹿は……ビオラはこの闇が消えた時、ひょっこり顔を覗かせる気がして、一時の別れだ、とそう割り切って。
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