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6:彼が知っている彼女の事

 暖炉、繋がっていたんだ、と思わず見つめるハリエットは何か考える風のシリウスに視線を移す。何か言葉を探す様なシリウスは意を決したようにハリエットを見つめ返した。

「ジェームズから君が予見者だと聞いて……。聞き覚えのない言葉にいてもたってもいられなくて。ブラック家の資料などを調べてみたんだ。そこで……古い文献に予見者の本当の呼び名を見つけてしまった」
 どう切り出せばいいのか、と言うシリウスにハリエットは思わず息をのむ。予見者と言うのはあくまでも存在を隠すための偽りの名。本当は転生者と言う名が正しいことを彼は知ったというのだ。

「ポッター家も古い家だから、ジェームズは知っていたらしい。リリーがマグルの本でそんな物語があると聞いて、それで思い出したって……。だからハリエットがそれであると聞いた時、二人ともすぐに気がついたって。もちろん、誰かなんて話はしていないし、外野がそれを指摘してはならない、とリリーが……マグルの物語とはいえ、それを聞き知ったものが書いた可能性もある。だから、調べられる範囲で調べて……未来を教え、変えることが命を削る行為であることも把握している。君が歳相応ではないことは……いくら義母がマクゴナガル教授だとしても、君の年齢でアニメーガスになるなんて無謀過ぎることからもわかることだ」

 マグルの本を信じるわけではないけれども、と言うシリウスにハリエットはぎゅっと胸元に手を押し当てた。記憶の消去をしても夢で見たという風になど残る人がわずかにいるらしい、と昔聞いた。
 だからそういった人のアイディアから物語を書く人もいただろう。

「あの日……私……いや、誰かを見て、その未来を考えたんだろう。もちろんくわしいことはきかないし、このことを肯定することも否定することも、しないでくれ。それは未来を知るという行為になりかねない。だから言えることはただ……。私に何があろうとも、決して未来を変えないでほしい。君の命を削ってまで、定められた運命に逆らう気はない。可能であれば自分の力でそんなもの、捻じ曲げて見せる。だから、君は自分のことを第一にして、命を削ってまで未来を変えようとはしないでほしい。そのことをハリエット、君にお願いしたかったんだ」

 絶対に、と念を押すシリウスにハリエットは何も言わず、両手で顔を覆う。肯定も否定も何もできないから言葉を返すわけにいかない。だから、嫌だという声を必死に唇の奥に押し込めしかハリエットにはできなかった。
 ずっと、泣いてばかりだ、とそのことでも心に傷を負うハリエットをシリウスが抱きしめる。

「ハリエット、君は……かつての記憶を持った、ただそれだけの少女だ。昔は泣かなかったのに、とかそういうのは関係ない。記憶や力はかつてのものかもしれないけれども、心と体は今の君なんだ」
 だからそう自分を責めないでくれ、と言うシリウスにハリエットは意味が分からず困惑し、涙にぬれたままの瞳で名付け親を見る。
 自分は、ハリー=ポッターなのに何を言っているのか、と分からないハリエットはわずかに首を傾げた。

「今はただ、ハリエットとしての感情を……以前はなかった感覚を否定せず、受けとめてほしい」
 シリウスがどれほど知っているのか、わからないものの何処か前世に該当する人物を思い浮かべているのかそんなことを言う。ますます意味が分からないハリエットに、シリウスは黙って髪を撫でつけた。


「それにしても……学校では髪を赤くしているんだろう?あいつと会う時も髪は赤いままなのか?」
 もうじきにマクゴナガルが迎えに来るという頃になると、落ち着いたハリエットを前にシリウスが訪ねる。前に森から出る後姿を見た、というシリウスにハリエットはヘンリーだとは知らないのか、と考えて言わなくてもいいかなと判断する。きっとヘンリーで会うことはないだろう。

「一応薬の改良の都合で元に戻っているときもあるよ。顔とかも少し違うし……。寮だってスリザリンだから、正体がばれる心配はないと思う」
 シリウスに安心してほしくてそう伝えると、スリザリンと聞いたシリウスは眉を顰める。そういえばスリザリン大嫌いなんだっけ、と考えるもハリエットは関係ないと小さく首を振った。

「いや、それを聞きたかったわけじゃないんだが……そうか、スリザリン……。何か嫌な目に会ってないだろうな」
 間違えではないんだけど、そういう事じゃなくて、とどこか歯切れの悪いシリウスは首をかしげるハリエットを見る。嫌なこと、と考えるも特に思いつくことはない。

「みんな同寮生には優しいよ。私が痩せているからって、ソーセージとかパンとか気が付くとお皿に盛られていたり……クリスマスは大き目の服とか送ってくれたし……。あ、そういえばクリスマスとかバレンタインによく食べ物をもらうんだけど、先生が全部処分してる……かな」

 結構食べてるつもりなんだけどさ、というハリエットになんだそれ、と笑いかけるシリウスは何かに気が付いたのか、顔を険しくする。そんなことに気がつかないハリエットは去年のことを思い出す。

 去年のバレンタインの時、おいしそうなのに勿体なーとついぼやいて……2つのクッキーを前に差し出された。クリスマスの時に仕掛けられた媚薬を警戒して……何も入っていないと半分食べたそれを疑いなく食べた。そう、食べた。そのあとのことは正直おぼえていない。
 起きたら青色の小花の髪留めをシャワー後にくれた。何かモチーフの花があるのだろうかと思ったが、ハリエットはまるで分からない。薔薇だけはかつてジニーにプレゼントしようとして、ハーマイオニーに本数や色に注意しなさいと言われた覚えがうっすらあるくらいだ。
 ふと、そこまで思い出したハリエットはあの大戦に関連すること以外の記憶がだいぶあいまいになったな、とため息を吐いた。本当に些細な日常はもう遠いい記憶で、想いも感情も……消えかけている。

 まだ忘れるわけにいかないのに、と出そうになったため息をのむハリエットはシリウスの顔にようやく気が付き、どうしたのと首を傾げた。
「女子生徒に対してそれは……。」
「あー……いつもはダンブルドア先生がスネイプ先生に頼んで開発してもらった薬を飲んで男子学生になっているから、ただ単に小さいから食べろってことだと思う」
 苦々しく呟くシリウスに、ハリエットは慌てて男子学生だという。目を見開くシリウスに、スネイプもドラコもどこか呆れた風だったけど、何かあるのかなとハリエットは首を傾げた。
 マクゴナガルにも常々言われてはいるが、男子同士の交流としての感覚しかなく、まったくわからずにいた。

 意味が分かっていない風のハリエットに、深々とため息を付くシリウスは思い当たる彼女の前世候補を思い浮かべて……いや憎しみ合っていると聞いている以上それ以外だろうか、と唸る。
 思い浮かべた最初の人物であれば、女の子の自覚が薄いのかと思えるが、そもそもスリザリンなんて入りたくはないだろう。いったん彼女の正体に関する考察を振り出しに戻し、シリウスは名付け子であるハリーの片割れをみつめた。
 ぽんぽんと頭を撫でるとすっかり時間をオーバーしつつも場を設けたマクゴナガルが暖炉から現れる。それをみて、シリウスはそろそろ行くよ、と立ち上がった。

「シリウス、あの……」
 4年生の夏何かあったはずだ、とハリエットは犬の姿になったシリウスを呼び止めた。なんだったけ、と必死に考えるハリエットははっと思い出し、ご飯、と声を上げる。

「ハリーがいとこのえぇっと……そう、ダドリーのダイエットに付き合わされて痩せているだろうから、日持ちのするなにか食べ物を送ってあげて!」
 忘れかけていた従兄弟を思い出すハリエットの言葉に、シリウスはわかったと一声吠え、ぱっと外へと駆け出して行った。

「確かに、あの家の子供は甘やかされてばかりでしたわね。ではこちらも城に戻りましょう」
 赤ん坊のころから予測できることが現実になっただけでしょう、と言うマクゴナガルにハリエットは笑う。
 きっと会うことはないだろうダーズリー家を思い浮かべ……そういえば伯母さんは私のこと知っているのかな、とハリエットは考えて、私はイレギュラーだからどっちでもいいか、と小さく首を振った。きっと伯母は私のことは知らないだろうし、これからも知る必要はないだろう。
 マクゴナガルに促され、暖炉から安心できる唯一の場所にハリエットは戻っていった。






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