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5:義母の正体
マクゴナガルに声をかけられ、ハリエットは目をしばたたかせた。
「ですから、急ではありますが来週ミスターブラックと会いましょう。彼は未だ逃亡中ではありますが、アルバスが、ダンブルドア校長が場を用意していただいたのです。育ての親とも会いたいとのことでしたので、私も同伴いたします」
来週、とカレンダーを見るハリエットは誕生日前であることを確認し、わかったと頷いた。ふいに思い出すのは、彼が逃亡中にくれた手紙は派手な鳥が配達してきた。
だから、きっと温かい所にいるのだろうと思ったのに、意外や意外。彼はまだ国内にいるらしい。
「シリウス……多分だけど、私がアニメ―ガス習得しているの知っている……はず……」
ぼんやりとそういえば、と思い出すハリエットは母の顔に思わず縮こまり、ごめんなさいと口に出す。ため息を付くマクゴナガルはそっと娘を抱きしめた。
魔法省での顛末はダンブルドアから聞いている。残り8回の呪い。未来を変えるために彼女は7回使ってしまうのは目に見えている。それを引き留めたくとも、彼女は決めたからには絶対やり遂げようとするだろう。
それはかつての彼女である彼を見ていればわかることだ。ハリエットはあくまでも“彼だった記憶を持つ少女”であるはずが、“彼そのもの”に見えると思える時があることからも、心配は尽きない。
「生徒の姿では目立ちますからね。キッチンの場所まで知っていたなんて……あなたが知らない場所はないのかもしれないですわね」
地図の事、リーマスから聞いていますよ、というマクゴナガルに寄りかかるハリエットはこくりと頷き、怖いとこぼす。
「母さんが懸念していると思うけど、私は……どうしても変えたい未来がある。きっと、失敗したら大きな後悔で押しつぶされてしまいそうな……未来の後悔が。そして、私はもう未来に起こるかもしれないことを何一つ母さんたちに伝えることができない。何をどうしても、未来に触れてしまうから」
だからもう、危険かどうかすらも言えないし、答えをはぐらかせる自信がない、とこぼすハリエットにマクゴナガルの抱きしめる力が強まる。うつむいた額に口づけ、こちらからも尋ねるようなことはしません、ときっぱりと言い切った。
通常、未来の事なんてわからないのだ。たまたま知っている子がそばにいるだけで、そんなこと関係ない。
「そうだ、神秘部から私以外に見せてはならないと、そう言われて古い記録を借りてきたんだった。いつ返すとかの話はなかったけれども……。過去にいた同じ境遇の人たちの記録だから、何が違反なのか、はっきりさせるためにもきちんと目を通すね」
不確定要素が多いから、少しでも間違いを起こす可能性を減らす、というハリエットにマクゴナガルは何か言いたげに口元をピクリと動かし、唇を引き締める。
同じ境遇の人々は……その未来が終わった後、幸せになれたのか、そう問いたい気持ちを抑え艶やかな黒髪を撫でつけた。
ダンブルドアとの話し合いの末、かつてマクゴナガルが住んでいた家にシリウスと会うこととなり、ハリエットはどきどきしながら、ホグズミードから少し離れた家に足を踏み入れた。義母マクゴナガルが結婚したあと、数年暮らしたが夫が病気で亡くなった後ホグワーツに引っ越した家。
ただ、その当時の思い出と、生家が兄弟の手に渡っていることから残していたという家は落ち着いた様相の家具が置かれ、魔法使いの家だと言われても一瞬分からないような……不思議と落ち着く家だった。
スネイプの家に向かう前は、この家でマクゴナガルと待ち合わせて、それから移動しようとしていただけに、ここに来た記憶のないハリエットはきょろきょろとあたりを見回した。
「私がホグワーツで教鞭をとっておりましたから、利便性を兼ねてこちらに。荷物などはほとんど処分してしまったり、ホグワーツに持ち込んだため、ここはただ“家の形”が残っているだけの、寂しい空間です」
私自身、久々に入りました、と言うマクゴナガルはどこか寂し気で……ハリエットはそっと寄り添う。
家具にかけられた布を外し、並べていると来客を知らせるベルが鳴り、促されたハリエットが扉を開く。
そこにいたのは見慣れた黒い犬で……中にするりと入り、後ろ足で戸を閉めると、人間に戻ってハリエットを抱きしめた。懐かしいシリウスとの再会に……ハリエットは目じりが熱くなる。
「年頃の娘に挨拶もなしに飛びつくなど、よろしくないのでは?」
杖を振って引き離すマクゴナガルにシリウスは驚き、背に隠されるハリエットと立ちふさがるマクゴナガルを見つめた。学生時代からちっとも変っていない厳格な様子のマクゴナガルに、シリウスはそういう事かと破顔して失礼した、と丁寧に頭を下げる。
「つい、ジェームズによく似た目だったもんだから、あいつに再会した気になってしまって……。改めて。ハリーの後継人である、シリウス=ブラックだ。ハリエットを育てていたのは……」
「えぇ。私が、生まれて間もないこの子を預かり、大切に育てておりますよ」
大人の男として、礼儀を示すシリウスにマクゴナガルはハリエットを抱き寄せ、心底可愛いという風に慈愛のこもった眼差しを娘に向ける。微笑み返すハリエットにシリウスは眩し気に目を細め、ただ黙って見つめた。
ハリエットの隣にマクゴナガルが腰をおろし、屋敷しもべ妖精であるべべが出張してくれたお茶とクッキーを挟んでシリウスが正面に座る。
「二人が生まれた翌日の晩、ジェームズからハリエットの名と境遇を聞き出した。言い渋っていたジェームズを説得し、決して外部に漏らさないことを条件に。だけれども、ジェームズもダンブルドアが誰に頼むかまでは知らないと言っていて……アズカバンでポッター家は一人っ子だという話を聞いて、どこか遠くに行ってしまったのかと、そう思っていた」
むしろ、両親が襲われた時にポッター家の長女は死んだ、なんて言いだす奴もいて、魔法使い界での生存を諦めていたという。力を封じ、マグルとして育てられていたのならば、もう会うことはないだろうと、あの日に喜んでいた本当の理由を語る。
ブラック家と言う環境で育った彼にとって魔法の使えない魔法使いは死んだも同然、と言われた気がして、ハリエットは思わず視線を逸らす。
別段彼が悪いわけではないのだ。
かつてロン達がスクイブだという人を少し笑っていたように、魔法使いの世界では仕方のないことだ。
そんなハリエットに気が付いたのか、マクゴナガルはわかりますという風に娘の手を握る。マクゴナガルから、親族の話は聞いている。兄弟の中にはあまり魔法が得意ではないものもいるという話だった。だから、それに対する魔法界の当たりなどに心当たりがあるのだろう。
「森で、不思議な鹿を見た時……なぜかジェームズの匂いがした気がして……驚いて向かったら音に気が付いたその子が急に振り向いて……」
「あれはびっくりした。鼻と鼻が触れるなんて、全く考えてなかったから」
出会いがしらの事故に、お互いビックリした、と笑う二人はファーストコンタクトを思い出す。
「あの時はアニメ―ガスだ、と気が付くと同時に瞳の色に気が動転して、思わず追いすがってしまった。怖い思いをさせてすまない」
あの日以来、鹿がチキンを持ってくるたびに隠れていた、というシリウスにハリエットはそうだと思ったと笑う。娘が森に、というところで眉を吊り上げるマクゴナガルだが、隠れ場所としてはそれ以外ないという事もわかり、しょうがないと目をつぶる。
「ところで、あの時も魔法で吹っ飛ばされたけど……いつも鹿である君からはなんというか……魔法薬の匂いと言うべきか……あいつの臭いと言うべきか……。そんな臭いがしていたけれども、どういうことだ?」
お茶を口に含むハリエットは少し睨む様なシリウスの言葉に思わず咽て、匂い、と顔を真っ赤に染めた。それを言うのであれば今現在もきっと匂いがするはずだ。
どうにも落ち着かなかったからいつもの薬草を栽培しているところに行って、偶然やってきたスネイプと会って……思う存分撫でてもらった。
そのあと、薬草を収穫するスネイプの足にずっとまとわりついていた……だから絶対に移っているはず、とハリエットは顔を赤くして……何を思ったのか自分のワンピースの襟をつかんで確かめる。
思わず目元を抑え、ため息を飲み込んだマクゴナガルはどこまで手を出したのかしら、と静かな怒りを滾らせた。シリウスに至っては石化すらしている。
「その……ほっほら、私は学校に通う時魔法薬で姿を変えているから……。その時に移ったんじゃないかなぁ……」
自分じゃわからない、と困るハリエットの必死な言い訳に、マクゴナガルは静かに首を振った。どれだけあなたは嘘が下手なのですか、と言う言葉を紅茶とともに飲み込む。
じっと見つめるシリウスにハリエットは顔を赤らめたまま、自分が好きになったのだとぼそぼそと答えた。
「わ、私が先生を好きなの!去年やっと想いを伝えて……」
私が彼を好きなんだ、と必死に弁明するハリエットにマクゴナガルは思わず笑いだした。ずっと見守っていたことから、彼女が彼を本当に愛しているという事に偽りがないことはわかっている。人間関係が不器用な彼がどれだけ娘を大事に思っているかも、断片的にしか見ていないシリウスには理解できないだろうという事にも気がつく。
「シリウス達との関係もちゃんと知った上だから、絶対文句言わせない」
全部知っている、と言うハリエットにシリウスは気を静める様にため息を付く。何か言いたいことを飲み込んだシリウスは少しハリエットと二人きりで話したい、とマクゴナガルに席を外してくれないかと、尋ねた。
顔を見合わせる二人は視線で会話する。すぐに答えは出たようで、では一時間後迎えにきます、とマクゴナガルが席を立ち暖炉から自室へと移動した。
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