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4:四方からくる心配事

 くたりと意識を飛ばしたハリエットを、杖を持ったまま抱きしめるスネイプはぎゅっと強く抱きしめた。彼女はいったいどれほど先を見ているのか。取り乱し、混乱している様は痛々しいほどだ。
 ただ、それも仕方あるまい、と気絶したハリエットの目元や額に口づけながら心の内で考える。もし自分が……未来を知っていて、助けられるもの、助けられないものが分かっていて……命をどれだけ削るのかわからないが、多くは望めないはず。
 そしてその中にむごい死に方をする人がいたとして、行動一つで助けられるのに助けてはならない、未来にかかわるキーパーソンだったのならば。見えてしまった未来のこととはいえ黙って見殺しにすることに罪はないのだろうか。
 すくなくとも、彼女にとっては罪なのだろう。

 彼女は……図太い神経の片割れとは違う。あの図太さも時折見せるが、彼女の女性らしい一面はとても繊細で、ガラス細工の様にも見える時がある。どんどんと進むくせに、ある時ふとした瞬間、自分がいかに薄い板の上を歩いているか気が付いたように足をすくませる。
 そして、時が来ると腹をくくったようにまた歩き出すのだ。

 ふぅ、とため息をつき苦く笑う。こんな彼女に自分の独占欲や肉欲を抱いた、十分程前の自分を八つ裂きにしてやりたい。彼女を愛しているし、彼女をいつでも欲してはいる。だが、彼女はそういったものでは誤魔化せないほどの重責を、その細い肩に背負い続けている。
 ここに長く滞在させても問題だろう、とスネイプはハリエットを抱きかかえると、その場で姿くらましをした。


 向かった先はホグズミードの外れだ。少し荒れた庭がある家はずいぶんと人が住んでいないのか、家からも活力と思えるものを感じられない。預かっていた鍵で中に入れば埃こそないものの、布をかぶせられた家財道具に誰も住んでいないことが分かる。
 ハリエットがはじめ行こうとしていた家であり、かつてマクゴナガルが夫と暮らした家だと聞いていた。結婚後たったの数年暮らしただけの家ですが、と鍵を受け取る際どこか懐かしむ様に言っていたのだ。
 ただ、その後日々が忙しかったことと、短かったながらに数々の思い出があったらしく今日まで残していたらしい。

 ダンブルドアの計らいで、この家とマクゴナガルの部屋の暖炉は繋がったままだということから、ここから自室に戻る予定だったのだ。ホグワーツには声などならなんとかなるが、外部から直接、煙突飛行できるようにはなっていない。
 ダンブルドアが特別に繋いでいるいくつかの経路以外からの侵入は不可能だった。

 何とも言えない居心地の悪さを覚え、スネイプは暖炉にフルーパウダーを入れた。

 マクゴナガルの部屋に入ったところで、スネイプははたと気が付く。ハリエットの部屋の場所を知らないのだ。どこかの壁がフェイクであることはわかるのだが、勝手にべたべたと探す気にはなれない。
 仕方あるまい、とスネイプはもう一度フルーパウダーを入れて、自室へと向かった。

 ようやく落ち着ける場所についたスネイプはハリエットを寝台の横たえ、そっと髪をはらう。寝室をあとにすると、ダンブルドアとマクゴナガルが戻り次第、情緒不安定になったハリエットを自室で寝かせていると、呼び出したしもべ妖精に伝言を頼んだ。
 ハリエットの乳母であるべべは今年入った新しいしもべ妖精の教育で忙しいらしく、ハリエットを知る別のしもべ妖精が承りました、と言ってあっという間に消えた。
 作業台を前にし、改良した薬を作るスネイプは撹拌時間、と正解無比な品質を作るために、机に置いた時計を手に取った。

 
 ムーンフェイズが付いた時計は現在の時刻を刻むほかに、20秒なら20秒と命じるだけでタイマー機能が動き出す。言葉に出さずとも杖で叩くだけでもいいのだが、できる限り叩くというような行為はしたくない。
 去年のクリスマス……ハロウィンの副作用のこともあって、彼女の持っている一式がそもそも古いのでは、と思い製薬に必要な一式をプレゼントした。嬉しそうに笑っていたハリエットが自身の誕生日の際、この時計をプレゼントしてくれたのだ。
 先生は実用品以外、興味ないでしょう、とプレゼントを渡しながら彼女はいつもの笑顔で言っていた。得体のしれない茶葉などではなく、こうして使えるものをくれる彼女の気遣いが好ましくて、愛おしさが増した。

 時計は静かな音で、正確に時を刻む。元々置いてあった時計は片付け、今この部屋には黙っていればその音だけがわずかに響くのみだ。規則正しい時の音は聞いていても心地よい。
 そうして思考の波に身を任せ、撹拌時間をどれほどにするか、長すぎた場合に想定しうることと、短すぎた際に生じることをぐるぐると頭の中でイメージする。その中で最適だと思う時間を選び取り、彼女の体に負担のない、ヘンリーになるための薬を思案する。

 今までのと違い、薬の効力の間に飲むことで延長できるよう、考え方を変えた。それと同時に、魔法薬の効力をすべて無力化する解除薬を作る。ピーターが逃げた今、彼女の容姿も名前も存在も……ノクターン横丁にいるような輩だけは知っているという状態ができたと考えていいだろう。
 もしかしたら……周囲が彼女を保護できるよう表舞台に出る必要があるかもしれない。その時にヘンリーと同一と言う情報だけは隠さなければならない。ヘンリーにはすぐ変わることができるが、その反対ができないのでは万が一が起きた場合が恐ろしい。

 ひとまず、彼女の腕前は去年のこともありようやく把握できた。彼女の魔法薬に対する腕前は片割れよりはできるというレベルで、スネイプが必要とするレベルには達していない。
 それでもだいぶ上達したが、端々にでる大雑把さがうっかりミスなどを引き起こしている。呪文関連に関しては他を追従しないが、それも彼女の境遇を考えれば他の生徒よりも練度に差が付くのは当然だろう。

 魔法薬の個人レッスンで底上げされてはいるが、もうしばらくは自分が作ったものを携帯させた方がいいだろう、と瓶を用意する。とりあえず、ワールドカップに行くのであれば長時間変われるようにしなくてはならない。
 ワールドカップ、と思い浮かべるスネイプはハリエットの薬を作りながら眉を顰めた。妙に距離の近いドラコに対し、ハリエットことヘンリーは非常に無防備に接している。
 貴族としての教育を受けている以上、彼は同性であるヘンリーと親友以外にはならないだろう。それでも、気が付けば常に隣いて……魔法薬学の授業だけでなく他の授業でも隣の席に座っているのを闇の魔術に対する防衛術の授業を代理で受けた際に知った。
 イライラする心を持て余しながら、完璧に作りあげた薬を瓶に移す。杖で後片付けを済ませると、寝室の扉に目を向けた。

「あ、あの……ごめんなさい。気持ちがいっぱいいっぱいになったみたいで……」
 魔法で気絶させられたとは思っていないのか、どこか気恥ずかしそうなハリエットを手招きする。軽やかな足音で近づく彼女を抱きしめ、口づけるとほんのり顔を赤らめて嬉しそうにハリエットは笑った。
 やはり、彼女は片割れとは違う、と黙ったまま至近距離で見つめ……もう一度口づける。
 
 もしも彼女がハリーと全く同じであったのならば……きっと自分はこんなにも彼女を愛さなかっただろう。
 自分は、ハリー=ポッターを愛することは決してないのだから、とスフェンの瞳を瞼の裏に隠したハリエットをスネイプは強く抱きしめた。






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