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46:少女の決意

 ハリエットがマクゴナガルとダンブルドア、それにスネイプにどうしても話したいことがあると言い、明日には列車に乗るというタイミングで4人は再び応接間に集まった。
 今度はスネイプとマクゴナガルに挟まれる形で四角いテーブルを囲い、ハリエットはまっすぐダンブルドアを見つめる。夏休み中はダンブルドアは三大魔法学校対抗試合のために忙しい。
 だから、このタイミングになったのだがむしろ好都合だとヘンリーはハリエットに戻った状態で何度も計画帳を見て、今後の流れを確認したうえで決めたことを伝えねばと身を固くする。

「どうしても伝えなければならないことが。ポッター家の長女、生き残った男の子の片割れが生きていたことを、予見者が私であることを神秘部に報告したいと思います。もう、闇の勢力が目を覚まします。私の存在も、闇側にはすぐに知れ渡るでしょう」
 神秘部への報告……つまりは魔法省に出向くということだ。当然、出向くとなればハリエットの存在は露呈してしまうということだった。
 心配げにハリエットの手を取るマクゴナガルは、不安で小さく震える娘を抱きしめる。ずっと、ずっと恐れていた闇が広がってきたのだと、口には出さなくともある程度覚悟していたものがついに来たことを知ったのだ。

「神秘部に登録したところで、ハリエットの魔法は制限されることはない。“予見者”であるものの特権じゃ」
 わかった、と頷くダンブルドアは、未成年とはいえ魔法の使用は今後も制限はないというと、スネイプは内心で眉を顰めた。

「はい。それと同時に一つ、未来のことをしたためた手紙を神秘部に預かってもらおうと思います。必要な時に必要な相手に渡すために。これは……未来を変えるというものではないので安心して、母さん。ただ、一つ我慢できないことがあったから、それを変えたい……それだけ」
 呪いには触れない、と言うハリエットにマクゴナガルは頷き、無理はしないようにと言う。こくりと頷くハリエットは本当は少し怖い、と呟く。
 通常の守りレベルでしか守られていないハリエットは隠れることで身を守っていた。だが、もう隠れることはできない。一つ、彼女を守るものがなくなってしまうことを彼女はよくわかっていた。

「ハリエット。君はピーター=ペディグリーを逃すという未来を変えることなく、よくぞ踏みとどまった。彼の罪を知っていてなお、未来を変えずにいたのは……きっと正しい判断じゃろう。大河の流れを、運命という大きなうねりそのものを変えることはできないじゃろう。溢れて、より厄介なものになるのが見えておる」
 ダンブルドアの言葉にハリエットは目を伏せ、ぐっと拳を握り締める。ダンブルドアの言い分を理解できるスネイプはその大河に翻弄されている双子に唇を引き締めた。

 通常の人には見えないその大河が見えるというのであれば、流れを変えないために彼女はいくつの悲劇を見守らなければならないのか。そう思うと、スネイプはハリエットの手を握った。
 彼女を信じる、と約束した手前、もし流れを変えるために嘘をついたらと思うと不安で仕方がない。どこまで彼女を信じればいいのか。それが彼女に伝わったのか、ハリエットは何も言わずスネイプの手を握り返す。

「そうじゃ、夏休み中にシリウスが是非君と話したいが事があると、そう言っておった。これはこちらで日時などを決めても問題はないじゃろうか」
 できれば二人きりがいいが、もし可能ならば育ててくれた育て親にも会いたいと。そう言っておった、というダンブルドアにハリエットは目をぱちぱちとしばたたかせた、何の用事だろうと首を傾げつつ、頷いた。

「では私が同席しましょう。彼を疑い続けていたことについても謝罪したいところですし」
驚くでしょうかね、とほほ笑むマクゴナガルにハリエットは笑ってあ、と声を上げた。
「今度のクィディッチワールドカップの決勝戦の日、ドラコの……というよりもルシウス……さんの招待で見に行くことになってるからその日以外で、とシリウスに……えっと……その、伝え忘れていました……」
 予定があるというハリエットに3人の視線が、主にマクゴナガルからの視線が鋭い。あれ、言ってなかったっけ、と考えるハリエットはだっダメかな、と恐る恐る母の顔色を窺う。

「ハリエット、そういうことは前もってきちんと話してもらわないと。他に、何か報告しなければならないことはありませんか?たとえばハリーについての事や……」
 ほかに何か話していないことでもあるのでは?と言うマクゴナガルに、ハリエットはあ、と声を上げる。ハリーがしでかしたことなどがあったがために話せなかったことではあるが、その経緯を伏せれば大丈夫だったはずで……。なんで言わなかったんだっけ、と頬を掻くハリエットはみるみる小さくなっていく。

「あ、えーっと……父さんたちが昔作ったあるグッズのおかげで、ハリーにヘンリーだということを……知られて……」
「そんな大事なこと、なんで黙っていたのです!」
 完全に叱られる子と、怒る親の構図で、ひゃ、と身を小さくするハリエットは居住まいを正し、反省したようにうなだれる。
 今年は部屋にあまり行かなかったこともあり、マクゴナガルの心配はもっともだった。本当に心配ばかりかけて、と怒りながらもそっと髪を撫でるマクゴナガルにハリエットはごめんなさい、とその手を握った。

 それにしても、とやはりハリーとハリエットは似ている、とスネイプはじっとやりとりを見つめていた。1学年のころからずっと疑問の筆跡についてもまだ解明していない。
 双子だから、と言うのだけでない不思議な共通点や類似した個所など……彼女が予見者であることと何か関わり合いがあるのか。

「ワールドカップについては楽しんでくるといいじゃろう。せっかくの誘いじゃ」
 間違ってもマルフォイ家の客人に手を上げるものもおらんじゃろうし、とヘンリーの安全を考えるダンブルドアにハリエットは確かにと小さく笑う。
 その当日、用事があるマクゴナガルは行けず、代わりにマルフォイ家の屋敷までスネイプが送るという。帰りは終わったらシークを飛ばし、迎えに来てもらう事となった。
 何時ごろ終わったかなんて覚えていないハリエットは帰る前に一度ハリー達と合流してもいいかなと考える。


「神秘部には……」
 いついくのか……それを言いかけたハリエットはワールドカップ当日に起きたことを思い出し、あれを阻止しても運命には関係ないよね、と口の中で舌を転がす。
 何かを言いかけ口をつぐんだハリエットがどこか遠くを見るようにして考えているのを、ダンブルドアら3人が見守る。

「神秘部には早めにいってもいいでしょうか。ちょっと、問題が起きそうなので」
 ワールドカップの夜の騒動。打ち上げられた闇の印。9月から始める三大魔法学校対抗の準備。行方不明のバーサー。この夏、まるで今まで流れる先を知らず渦巻いていた水が一気に流れるように、鎖から解き放たれた鼠がせき止めていた板を破壊したように……一気に加速しだす。
 もう、安全で楽しい夏は……。

「ハリエット」
 呼びかけられ、顔を上げたハリエットは目の前のダンブルドアがひどくぼやけていることに驚き、ひきつったように喉を震わせた。
 もう、こんな風に穏やかな時間は来ない。あと二年もすれば……ダンブルドアは……。それに、スネイプも。来年の夏はもう臨戦態勢だ。その次はすでに戦いが始まって……。
 今年は、今年はセドリックを。そうすればハリーは、ハリーの心は。うまくいくだろうか。彼を助けることはできるのか。

 ダンブルドアが杖を振ると、悲しみで喉を塞がれた、そんな風なハリエットが気絶するように目を閉じる。
 とっさに抱き留めたスネイプの袖を握り締めるハリエットに、スネイプとマクゴナガルは顔を見合わせて、深々と息を吐くダンブルドアを見る。
 閉じていた目を開くダンブルドアはじっと捉えどころのない目で眠らせた少女を見る。少女は両目からあふれる涙が眠った後も流れ、体を震わせながら浅い呼吸を繰り返す。

「どうやら、一度消えていた闇が……思惑通り蘇ってきたようじゃな。ミネルバ、セブルス。ハリエットの呪いが起きていないか。何か彼女がその身を犠牲にしようとしていないか。よく目を凝らす様に」
 ハリエットの心は自分の選んだ選択で常に傷を負っている、というダンブルドアにマクゴナガルはもちろんですとも、と娘を見る。
 スネイプはダンブルドアの視線から、本来の役割を全うすること共に愛しい彼女を守ることを誓う。

「彼女の乳母であるベベにダミーの荷造りはしてもらいましょう。いつも通り本来の荷物は明日の朝、自室に届くように手配します」
 この様子では荷造りはできていないでしょう、とほほ笑むマクゴナガルはダンブルドアとともに立ち上がる。ハリエットを抱き留めていたスネイプにあとはお願いします、と二人は応接間から出て行った。

 ハリエットのまま外に出るわけにもいかず、ため息を吐くスネイプはハリエットを抱えなおし、深々と椅子に腰を下ろした。
 いつもあんなに皿に盛られて、必死に食べているというのに一向に彼女の体重は増えない。体つきは……すっかり女性らしいものにはなっている、と支えている指先から、抱きかかえた胸元からひしひしと感じている。
 それにしてもルーピンの時と同じだ、とスネイプは縋りつく少女を見下ろした。あの3人の中で誰かが……そういうことだろうか。
 あの時魘されながら言ったのは……。いったい彼女はいくつの悲劇を予見しているのか。
ハリエットとハリーは芯の部分がよく似ている。
 ただ、ベクトルが違うだけで。支えてくれる仲間とともに自ら決めたことを突き進むハリーと、誰の手も借りられないことを知りながら自ら決めたことを突き進むハリエット。
 頼りたくとも頼れない、孤独をゆく彼女に歯がゆさと、意味もなく湧き上がる苛立ちに首を振り、まだ滲んでいた涙をぬぐう。
 長い髪を一房とるとそこに口づけ、白い額にも口づけを落とす。このどろどろとした感情が……この想いがまっとうなものになるよう、ハリエットを抱きしめた。






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