--------------------------------------------


44:ルーピンの約束

 シリウスを巡って一晩の大冒険が終わったハリー達は翌日の昼、ハグリッドから朝にルーピンが狼人間であるということを……ヘンリーがスネイプに問いかけ、ルーピン本人が認めた話を聞いた。
 驚いて顔を見合わせるハリーとハーマイオニーはヘンリーがなぜそんなことをしたのかと、互いに目で問いかける。
 ハーマイオニーの所有していた逆転時計により、シリウスとバックビークを助けた二人だったが、その道中でハリエットのことを聞いていた。
 いつ彼女のことを知ったのか、ハーマイオニーは自ら正体を明かしたハリエットに、もう隠さなくていいのだというのと共にハリーが地図で知ったということを情報交換していた。

「彼女がヘンリーであることはハリーも知ったのね。例の地図で」
「やっぱりハーマイオニーは鋭いや。そっか……ポリジュース薬の事すっかり忘れていたよ」
 盲点だった、と言うハリーにハーマイオニーは笑って、ふと笑みを引っ込める。

「ハリエットは優しいわ。優しくて……時々不安になるの。彼女が見た未来で自分が犠牲になれば解決するっていうのが見えたら、彼女は間違いなくその未来を選ぶ気がして」
 結局占い学では彼女のことはわからなかった、と言うハーマイオニーに、ハリーは予見者ってなんだろうとつぶやく。
 予言者は……あの試験の日、トランス状態と言えばいいのか。トレローニー先生が見せたものを示すのだろう。だが、予見者と言うのを聞いたことがない。予知者とかそういうものではないのだろうか。

「私も今度きちんと調べてみるわ。何か、何か彼女の力になれるかもしれない」
 ハーマイオニーも聞きなれない言葉だったと言うと、持ち前の探求心も相まって一人決意する。そして二人は……ハリエット本人が言わない限りヘンリーの正体をロンに話すことはやめようと決めたのだ。
 というのも、どうにもロンはヘンリーが嫌いらしく、あまりいい印象を抱いていない。それに良くも悪くも彼は態度に出やすくて、マルフォイと一緒にいるところを見たらうっかり顔に出してしまう……そんな気がして。

 そんな彼が、味方であるはずのルーピンの秘密を公然の場で言うだなんて信じられなかった。ふと、シリウスを助けた時の言葉を思い出す。
『いいかハリー。詳しい話をすることはできないが、これだけは覚えておいてほしい。ハリエットを責めたりはしないでくれ。それでなくとも彼女の背にはとんでもない重責がのしかかっているんだ』
 バックビークで飛び立つ際、彼はそう言い残した。その時は深く考えなかったが一連のことを考えるとなんだかおかしい。
 とにかく今はルーピンに会わねば、とハリーは一人先生のもとへと向かった。


 なにやら机をのぞき込むルーピンは広げていた地図を見せて笑う。
「ハリー、君にこれを返してあげたいんだけども、夏休み中預かっていてもいいかい?」
 見ていたよ、というルーピンは笑うと片付けを再開する。いかないでほしいというハリーに首を振って、くるりと振り向いた。
「ハリー。君ももうヘンリーが誰か……知っているだろう。いいかいハリー。決して、決して彼女を責めないでくれ。問い詰めないでくれ。彼女はただでさえ難しい状況なんだ」
 そう切り出すルーピンにハリーは先生も同じことを言うんですね、と俯く。なんだか、彼女と自分の違いを見せつけられている、そんな気がして心がもやもやする。

「ダンブルドア先生から話を聞いたよ。とても強い守護霊を出せたと。その形が牡鹿だったと聞いて……思わずじゃあハリエットは雌鹿かなと呟いたんだ。そしたらセブルスに言われたよ。彼女は守護霊を呼び出すことができないのだと。彼女には君と違って両親の守護は一切ない。そう聞いたんだ」
 彼女は身を守るすべが一つ欠けてしまっている。そう言われてハリーははっと顔を上げた。
 彼女は……彼女を守るのはいったい誰がするのか。ハリエットは母リリーが残した魔法によって守られている自分が人を殺めるのを止めるため、自らその役目をかぶった。
 ディメンターというものがいる中、彼女は対抗するすべがないのだと。

「今彼女はセブルスが見ている。ハリー、未来が見えるからといって彼女は万能ではない。それどころか、闇に対する絶対的に強いはずの守護霊を呼び出せない分、彼女の守りはこの城を出たら彼女自身の力しかないんだ。それに、未来が見えるということは……一つ選択肢を変えることで未来が悪い方向に転がるというのであれば、目の前の悲劇を止めることもできず見ていることしかできない。そう思えるんだ」

 だから責めないでほしい、というルーピンにやっとハリーも違和感に気が付いた。彼女が未来を見ることができるのであれば、ピーターが逃げることもシリウスの無実が晴らせないことも知っていたはずだ。
 なのに彼女は一切手を出さなかった。いや、出せなかった。なぜなら、彼女が見える未来では“逃げたピーター”が必要で……。
 両親の仇でもある裏切り者を見過ごすことがどれだけ彼女の負担になったのか。シリウスの言葉の意味がやっと分かって、ハリーはこくりと頷いた。
 それに彼女がかつて語った……ペナルティも気になる。

「多分今朝は……セブルスが暴露し広める役だった、のかもしれない。だけれども、彼は口をつぐんだ。その途端ヘンリーは酷く取り乱した風に声を上げたんだ。おそらく、私が来学期ここにいてはならないことであり、なおかつ私が狼人間であることが知れ渡らないといけなかったのかもしれない。きっと、彼女は未来が変わることを恐れて……」
 なぜスネイプが躊躇したのかは、暴れ柳から飛び出してきたスネイプに誰もが驚いたが、すべてを聞いていたのであれば。
 最初、ハーマイオニーとともに話していたのはハリエットに成りすましたスネイプだったのではという話もあったが、遅れて彼女が出てくるのを目撃しているためにそれはないということはわかっている。

「今はセブルスが彼女を支えて守るだろうけども、彼女自身は……。彼女を信じろと強制することはない。ただ、責めないでほしい。どうしても憤ったら……彼女を抱きしめてみて」
 君の大切な家族なんだから、と言うルーピンにハリーは頷き、ルーピンの仕度を手伝う。やがてやって来たダンブルドアとも話すと、ハリーはトレローニーの予言を考える。
 それと同時に、シリウスと一緒に住めるかもしれないと思った喜びが、ハリエット共に住めるかもしれないと、そう感じた喜びが……消えてしまったことが悲しい。






≪Back Next≫
戻る