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43:変えてはならない流れ

 ピーターを逃がさなければ、もしかしたらすべて解決するかもしれない。だが、そうなれば間違いなく、自分は今まで以上のペナルティを受けるだろう。それこそ、マグルのスポーツ、サッカーのようなレッドカードだ。この世界から、まだ消えるわけにはいかない。
 二度目の人生において、自分の命が惜しいなんて、そんなことは考えていない。恐ろしいのは、変えたことで未来が自分の知らない展開に……それこそ最悪の展開になることだ。
 ピーターを逃すことで生まれる“死と破壊”の責任を担うことが苦しくて仕方がない。ここで大河をせき止めてしまえれば全ての憂いが解かれるというのであれば、喜んでせき止めるのに……流れを変えた大河がどう暴れるのか……それが分からないのが怖い。
 きっと、あの奇跡はいくつも再現されないだろう。ハリーが死ぬかもしれない。スネイプが生きていたとしても、ヴォルデモートが生きていてはダメなのだ。ハーマイオニーやロン、それにジニーが……。

 離れたところで狼の遠吠えが聞こえて……ハリエットはゆっくり立ち上がった。いかなくてはならない。今頃、シリウスとルーピンは共に森に入ったはず。ハリエットは透明マントを着ると静かに暴れ柳を抜け、ロン達を置いて城へと戻った。
 薬を飲み、ヘンリーになると寮の近くにまで行き……迷った挙句スネイプの部屋に足を向けた。今はとにかく誰かに抱きしめてほしかった。

 ふと、苦しむ自分に対し何ができることはないか、そう尋ねていたスネイプに一つだけお願いがあった、と勝手に鍵を開け、ソファーに倒れ込む。
 どれほど経ったのか。安心できる匂いで眠りに落ちていたヘンリーをスネイプは抱き上げ、寝室へと連れて行く。
 涙の痕が残る頬を拭い、そっと口づけると起こさないよう気を付けながら彼女を守る様に抱きしめた。


 朝、目が覚めたハリエットはかけられたタオルケットを抱きしめて、それから慣れた様子で身支度を整える。制服にスコージファイを唱えると先に大広間に行ってしまったスネイプを追いかけるように部屋をあとにした。
 一度部屋に戻って来たらしいスネイプだが、シリウスとバックビークの逃走の対処のために出かけているようで、まだ大広間にはいない。
 身支度とともに薬を飲んでいたヘンリーはいつものようにマルフォイの隣に腰をおろし……ちらりと、まだハリー達がいないことを確認する。
 ここでスネイプが確か狼人間だという話を暴露して、ルーピンはここを出ていくことになったはず。リーマス=ルーピンは狼人間であるという事実が広まるのは翌日だった。そうメモには書いてあった。
 遅れてきたスネイプはヘンリーを見つけると、教員席に向かう前にスリザリン寮のテーブルへと足を向けてきた。
「何かあったんでしょうか、スネイプ教授」
 少し城内の雰囲気が変わったことに気が付いたマルフォイが訪ねると、バックビークとシリウス=ブラックが共に消えたことを伝える。
 それと、と言いかけるスネイプはじっと見つめるヘンリーに気が付き、言うべきか迷う様に目を震わせ……詳しくは校長が話すだろうといって立ち去ろうと離れた。

 その様子に驚いたのはヘンリーでこめかみに血潮の音を聞く。ここで暴露されなければどうなるのかわからない。もし、来年奴が来なくなってしまったら……。

「スネイプ先生。昨晩、医務室から帰る途中で狼の遠吠えが聞こえたのですが、満月の日に具合が悪くなるルーピン先生と何か関係があるのでしょうか。最近、ウルフベーンの注文を多くしているようですが……」
 未来が、未来が変わるのが怖い、とヘンリーは少し大きな声で、離れたスネイプに問いかける。はっとするスネイプが振り向くと、確かにおかしい気がしたんだ、と言うスリザリン生の声が上がり、マルフォイもまたそれに乗る。
 それが大広間全体に行きわたるのもわずかな間で、満月の日に体調が悪くなり、毎日薬を飲み……そして誰かがそういえば昨日聞いた、と地上に寮を持つ生徒が声を上げ……。
 その眼がダンブルドアへと、ルーピンへと向けられる。静かに、とマクゴナガルが制するも、騒ぎはやがて疑いから確信を持ったものに代わり……敵意のこもった目が、ルーピンへと向けられた。
 それに対し、ルーピンはダンブルドアに目配せをすると、立ち上がりみんなの懸念する通りだ、と自ら狼人間であることを伝えた。

 フクロウ小屋へと殺到する生徒の中、スネイプはどこかに消えようとしていたヘンリーの腕をつかみ、連れて行く。人気のない所に連れて行くと、今にも崩れそうな不安定な様子のヘンリーを抱きしめた。

「落ち着くのだ。誰も、たとえルーピン本人でもヘンリーのことを恨むことはないだろう」
「未来が、未来が変わると思ったら……怖くて……でっでもリーマスに、リーマスにとんでもないこと」
 震えるヘンリーの髪を撫でながら大丈夫だ、と声をかけるも、彼は自責の念と未来が変わることを防いだ無意識の自分の行動への恐怖と……変わってしまうかもしれなかった未来に震えている。大丈夫だ、と言ってもその震えは止まらない。

「奴が……奴が狼人間であることは我輩が言うべきものだったのだな」
 本来の役目として、自分がその話を流してそして彼らからの怒りをかうことになったのだろう。なぜかそんな気がして、スネイプは口をつぐんでしまったことを悔やんだ。
 
 もしも、ハリエットがいなければあの屋敷で……どうなっていたか。確実に揉めただろう。そして……あの結末になるためには縛られるか、気絶させられるか。あと一歩でシリウスを逃したとなれば怒り狂い、ルーピンへ腹いせにばらしていたかもしれない。
 悔やまれるのは、それを彼女が代わりに行ったことだ。どういう意図までかはわからない。だが、彼女は自らルーピンを追放する道を選んだ、そのことが彼女の優しい心を引き裂いた気がして……双子の片割れともめる気配がして、スネイプは彼女を抱きしめ続けた。

「先生、お願いがあるんです……。私は、私は未来を、この大河のような運命そのものを変えることはできません。この選択で多くの人が苦しむのが分かっているのに、それを変えたら、奇跡は起きなくなってしまう。それが怖くて……でも、それで沢山の人が」
 まだ少し混乱の見えるヘンリーをスネイプは落ち着かせるように口づける。甘く優しい口づけに少しずつ落ち着いてきたヘンリーは涙をこぼしながらお願いですという。

「何があっても、何が起きても、私のせいで陥った私の境地は助けないで下さい。ただ、ただ……私が何をしても、僕が何を選んでも…‥‥信じてください。それだけでいいんです。ただ、信じてください」
 お願いします、と繰り返すヘンリーにスネイプは目を伏せ、考える。信じるというのはとても厄介な、そんな感情だ。
 信じる材料はハリエットの身一つしかない。どんな未来が見えているのか。どんな結末になるのか。こちらからは一切見えない取引だ。
 それにかけろと言うハリエットにスネイプは自分に置かれている立場などを踏まえ吟味して……わかった、と抱きしめた。

「わかった。君を……私は信じよう。ただ、自分を犠牲にすることだけは私は見逃すことができない。それを助けるなと言われても、看過できないことだけは許してほしい」
 それだけはわかって欲しい、と言うスネイプに、ヘンリーは頷きスネイプにしがみつく。その腕の強さに、彼女がやっと自分を頼ってくれた。
 そのことにスネイプは昨晩彼女が部屋に逃げ込んできてくれた、頼ってくれたことを重ねる。彼女は……彼女ができる範囲で救いを求めに来てくれた。それが嬉しくてしょうがなかった。






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