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42:穴をあけたネズミ
突然現れた少女に驚いたのはロンで、親友と同じ顔の少女と親友を交互に見つめていた。ネズミも嘘のようにぴたりと動きを止め、黒い目が飛び出さんばかりに突然現れた少女を見つめる。
「ハリエット、あぁ……やはり君だったのか。生きて……よく生きていてくれた……」
名前を呼びそうになったハリーだが、その前に震えるような声が聞こえて思わずシリウス=ブラックを見つめる。彼はあぁよかった、と両手で顔を隠し、本当によかった、と涙交じりにつぶやく。
「チキンばっかりでごめんね、シリウス。ハリーに会うのにひどい格好だとかっこ悪いと思って。やっぱり私のこと、父さんから聞いていたんだね」
杖を突きだしながらほほえむハリエットにシリウスは不満なんてない助かった、と首を振る。新聞に載っていたような落ち窪んだ瞳でも、骸骨のような風貌でもないことにハリエットは満足だった。
「君が……」
驚くルーピンは地図で見ていた“彼の異なる名前”である少女を信じられない物を見るようにつぶやく。それに対し、ハリエットは人差し指を唇に当てて一つうなずく。
それで通じるルーピンは重々しく頷き、ピーターに目を向けた。
「ハリエット、どうしてここに……」
「どうしてって……このことは見えていたから。どうしてもピーターに話があって。はじめまして、ロン。私はハリーの双子の片割れ、ハリエット=ポッター。未来を見ることができる、予見者」
ルーピンの言葉にハリエットは静かに首を振り、鼠を見つめる。にこりと笑いかけるハリエットにロンは驚いたまま、まじまじと見つめるしかできない。
「お願い、スキャバーズを貸して。ただのネズミではないから、これ以上かばっているとただあなたが後悔するだけ。できれば、彼の親友だった二人にこれ以上親友を失望させたくない」
だから、というハリエットにロンははっとしてダメだ、と首を振る。助けを求めるようにロンはハリーたち親友を見るが、その顔はどちらも困惑している風で恐ろしいものを見るようにこわばっている。
ハリエットが杖をふると逃げようともがいていたスキャバーズがロンの腕から飛び出し、一目散に扉を抜けようとして、苦痛に体をよじる。ロンの手をはじいたハリエットはそのもがくネズミをひたと見つめていた。
「ピーター、ワームテール。今すぐ人の姿に戻って。もしいやだというのならそれでもいい。ただ、私はアニメーガスを強制的に戻すすべを知っている。あなたがポッター家に予見者が生まれたと、そう言いふらさなければ私はもう少し自由に、そう、自由に過ごせていた。だけど、あなたが言ったおかげで黒髪に緑の瞳を持った少女が予見者だと広まってしまった」
そのことを許すことはできない、というハリエットはもう一度磔の呪いが欲しい?と暗く微笑む。ぞっとするルーピンだが、スキャバーズの体が膨れるのに目を移した。
現れた、見慣れた姿よりずいぶんと老け込んだ……元親友を見つめる。
「わっ私は、そんな情報」
「あなた以外いないの。あの日、私たちが生まれた日あなたは屋根裏にいた。違う?それをヴォルデモートに伝えたかったけれど、あなたほどの下っ端が容易に会うことはできない。だから、噂として流した。あなたの思惑通り、黒い髪を持った少女が攫われたり、緑の瞳を持った幼女がさらわれたり、危険にさらされた」
私だけでなく、たくさんの人を、幼い命を危険にさらした。そう言い切るハリエットにハリーは驚き、怒りのこもった目でピーターに目を向けた。
自分のペットが人間で、こんな男だったということにショックを受けるロンもまた睨むように男を見る。
いったい何の話だ、と驚くスネイプはみたことのある……あの腰巾着のようだった、背の小さな男、ピーターの老いた姿を見つめた。ハリエットの、“ポッター家の長女”の噂のことを考えると、ハリエットを保護した時期と少し食い違いが生まれる。
彼女を保護した理由は彼女が予見者であるということだ。そしてその時、ハリー=ポッターが狙われる可能性があると、そういった理由で城に連れてこられた。その時点で彼女が予見者であるという情報は極端に狭められていた。
ハリエットの言う通り、彼女の存在が知られるのには、保護されるまでのわずかな時間しかないのだ。そして、彼女が薬を飲まなくてはならなくなったのはおそらく、彼女が、“ポッター家の長女が予見者である”という容姿に関する情報が洩れていることを知った時だろう。
今でこそかなり急ピッチで改良をしているが、赴任して5,6年ごろに頼まれた魔法薬は、5年以内に作ってほしいということと、まだ慣れない教員生活になじむために並行していたこともあり5年の歳月がかかった。
それから短い間で何度も改良し……その結果副作用のことがおざなりになってしまったのは否定できない。
それでも、彼女がそうまでしなくてはならなくなった原因を作った、というピーターに怒りがこみ上げる。彼女だって、好きで男装しているわけではないはずなのだ。
ピーターとハリエットのやり取りはシリウスの怒鳴り声で中断され、ルーピンと共に昔の親友を詰め寄るとハリエットは静かに壁際まで下がった。
まるでそのまま気配を殺すように息をひそめるのを、ハリーは不安げに見つめ父親の親友であった3人の不穏な空気に視線を送る。
ロンの杖を手にしたシリウスがルーピンと共に杖を構え……悲しげなハリエットの顔が頭をよぎるハリーはだめだと声を上げた。
父の親友である二人に、殺人をさせられないというハリーは両親を裏切った事と、双子の片割れが不自由な生活を送ることになった原因を作ったことに怒りを滲ませ、彼にはきちんと裁きを受けてもらうべきだ、と主張する。
「確かに……。それに、私たちが強制的に親友を元に戻し、攻めたてるのを君が防いでくれたのに、台無しにするところだった」
そう謝るルーピンにハリエットは顔を上げ、あいまいに笑って見せる。杖を振ってピーターを縛ったシリウスは改めてハリー、ハリエット、と声をかけた。
どこか不安げで落ち着かないハリエットに寄り添っていたハリーは振り向き、じっと2対の緑の瞳でシリウスを見る。
「シリウス……」
必死に閉心術を使おうとしているように見えるハリエットに、シリウスは大きくなったと微笑みかけた。
「君たちが生まれた日……。急にいかなければ、とそう感じて夜中だったけど家に向かったんだ。泣き伏しているジェームズとリリーを見たとき、何かあったんじゃないかって思って……。その時、ベビーベッドで手をつないで眠る君たちを見たんだ」
学生時代からつるんでいた二人のきずなの強さと、何があっても守るという言葉に二人は絶対に他言してはならないと、そういって二人の名前と、数奇な運命の話を聞いた。
そう話すシリウスに限界だ、とばかりにハリエットが静かに涙をこぼした。はっとするルーピンとシリウスは目くばせをして、シリウスが細い少女を抱きしめる。
「いろいろ話したいことがある。とにかく、さっさとこいつを引き渡してしまおう」
さぁ行こうというルーピンに足の応急処置をしてもらったロンは一緒にピーターを運ぶのに手を上げる。俺らも行こう、というシリウスにハリエットは小さく首を振った。
「ハリー、透明マントを借りていいかな。ほら、私みんなといるところを見られるわけにいかないからさ。みんなが出た後マントをかぶって戻るから安心して」
大丈夫だから、というハリエットにハリーは考える。彼女が手にしているのは置いて行ったマントだ。そして、彼女だってポッター家の一員であるし、何より自分の片割れだ。
薬を飲んで戻りたいのだと理解したハリーはわかったと頷いて、きっと地図で見たであろうルーピンに目を向ける。
みんなが立ち去ると、ハリエットは力が抜けた、といった風にその場にしゃがみこみ、杖を振る。
ひどく疲れた様子のハリエットの肩を抱くスネイプは聞きたいことが山ほどある、といった風に膝をついて、少女の顔を覗き込んだ。
「先生、今日は満月です」
疲れ切ったように、そうつぶやくハリエットは行ってください、と座り込んだまま扉を示す。そこで彼が、ルーピンが薬を飲んでいないことを思い出すスネイプは立ち上がって、扉に向かいべきか迷うそぶりを見せる。
「私は大丈夫です。自力で戻りますから、ハリーをお願いします」
行ってください、というハリエットにスネイプは頷いて、急ぎ城に戻る道を走り去っていく。その足音が遠ざかると、ハリエットは顔を覆い、ごめんなさいと何度も何度もつぶやいた。
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