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40:決勝戦
毎日出される課題に生徒たちが悲鳴を上げるころ、クィディッチ選手たちは更に重責をその身に受けていた。クィディッチの優勝杯を手にすることができるか否か、それが決まる大事な一戦だ。
それもグリフィンドールが勝つというだけでなく、二勝一敗同士になるためにリードしている点数が勝敗を分けるポイントであり……。ハリーは50点以上が入ってなればスニッチを取る意味がなくなってしまうという、戦局も見つつのプレイになる。
学校中が応援するグリフィンドールと違って、寮が一体となって応援しているスリザリンの結束は強い。そんな中、ヘンリーは青白い顔で緊張しているドラコの隣に座ると、大丈夫かとのぞき込んだ。
「あぁ、もちろん。少し夢見が悪かっただけだ」
そう言っているものの、初めてこれ程までの重責を担い、マルフォイは緊張しているようだった。その様子が、かつてダンブルドアを殺すよう命を受けたあの日に重なって見え……ヘンリーは放って置くことができない。
「そんなに心配してくれるなら……ちょっとの間だけ抱き締めてもいいか?」
のぞき込むヘンリーをちらりと見るマルフォイは少し目を彷徨わせた後、ヘーゼルの瞳を見る。きょとんとするヘンリーにすぐに忘れてくれ、と撤回するがこれでいいのかい?という声とともにぎゅっと抱きしめられ、マルフォイのほうが思わず固まった。
「そういえばこうして誰かを抱きしめるってないかも」
先生以外で、と心の中で付け足すヘンリーに、彼の背中に常に見える気がする寮監の姿を思い浮かべるマルフォイは友人枠で初めてということに青白かった頬を色づけた。
その光景に胃がよじれそうだったハリーは思わず固まり、君ってやつは本当に、とわなわなと震える。それと同時に、意外そうな顔で見ていたマクゴナガルはちらりと同僚の、娘の彼氏を盗み見る。
驚くほど無表情で、特に動じてない風だが、逆に嵐の前の静寂な気がして、マクゴナガルは大きくため息を吐いた。もっと彼女には異性との……少なくとも身体の構造上の異性との交流について、しっかりと学び直させなくてはならない、と今年の夏を思い浮かべる。
今年のクィディッチワールドカップの日はどうしても外せない仕事が入ってしまったせいで見に行けず……その分娘を自由に飛ばさせてあげようか、とマクゴナガルは同僚の静かな怒りから目をそらした。
観客席に着こうとして、後ろから来たスネイプに肩を掴まれそのまま連れていかれる。最前列に着くと、スネイプが杖を振りスリザリン生全員の服を緑へと変えた。
ヘンリーとスネイプも例外ではなく、ただ二人のローブは少し暗めの緑と、おそろいのデザインのローブを着ている。
決勝戦に意気込む生徒達は誰も気が付いていないが、唯一その様子をピッチに出てきたハリーとマルフォイがそれぞれ見つけ……やる気と殺る気で闘志を燃え上がらせた。
試合結果を知っているヘンリーだが、二人の視線に気が付きどちらに振っているのかわからない風に頑張れと手を小さく振る。無言で自らのローブを広げ、ヘンリーを取り込むスネイプにシーカーはイラっとしてその怒りを相手に向けた。
奮闘むなしく、ハリエットの記憶通りに不正までしたマルフォイはあと一歩のところでハリーに負けた。落胆するスリザリンの中、少し残念そうな顔のヘンリーをスネイプが横眼で見る。
表情では同じ風に装って入るが、目だけはらんらんと輝き、懐かしい記憶を見ているような、そんな印象を抱く。ふと、視線を感じていったい何だ、と観客席を見回し……黒い犬を見つけた。
どこかの寮生が振り回した寮旗が翻ったと同時にその姿は消えたが、それが妙に引っかかって考える。
「先生?」
全く別の方向を見ているスネイプに気が付いたヘンリーが、スネイプのローブを引いて問いかける。すぐに視線を戻したスネイプは落胆するスリザリン生に向かって杖を振り、全員の服装を元に戻した。
「仕方あるまい。ヘンリー、後で私の部屋に来るように」
「え?何時ごろ……」
解散する一団とともに、スリザリン生は優勝杯の授与を見ることなくぞろぞろと競技場をあとにしていく。髪をくしゃりと撫でられたヘンリーは髪を整えながらスネイプに聞き返すが、落ち込んだ寮生らの背を支え去っていくスネイプからの返答はない。
少し考えて、勝手知ったる様子でスリザリンの更衣室へと向かう。
ぐったりとした様子で疲れたという風な選手が出てきて……ヘンリーを見つけるとあいつを励ましてやってくれ、とフリントに示される。マルフォイのことだと分かり、中を覗けばひどく落ち込んだ様子のマルフォイがまだユニフォームのまま座り込んでいた。
黙ったまま中に入り、座っているベンチの隣に腰を下ろす。
「お疲れ様」
何を言うでもなく、そう声をかけるヘンリーだがかつてハッフルパフ戦でひどく落ち込んだことを思い出しなんと声をかければいいか考える。
グリフィンドールに負けたのはこれが初めてではない。初めての対決でも負けてしまったのだから。だが、今回はあと少しで優勝杯だった。それをシーカーである自分のせいで負けたとなれば悔しさと悲しさで胸がいっぱいなのかもしれない。
そう思って寄り添うヘンリーは何も言わないマルフォイを見て、どうにか元気を出して欲しいんだけどな、と考えて……ぐっと頭を抱き込む様に自分の方に顔を埋めさせるように抱き寄せる。
ほどなくして悔し涙を流す様な声を聞き、ぽんぽんと背中を叩くようにして何も言わずマルフォイの気が済むまで待った。
マルフォイは……以前はそうは思っていなかったが、6学年のことなどを思い返すと、意外に繊細なのだと、かつて感じたことがある。ずるをしたのはよくわかっているのだろう。
それで勝てていればまだよかったのかもしれない。だが、彼は負けた。それも50点以上点数を入れられる前にスニッチを追いかけられれば、まだよかったかもしれないのに。
やがて、体を起こそうとする気配を感じてヘンリーはそっと手を離した。そっぽを向いて離れたマルフォイは何も言わず立ち上がり、シャワーを浴びに行く。
彼の涙の痕を魔法で消したヘンリーが待っていると、さっぱりした顔のマルフォイが戻ってきて無言で着替える。
「ありがとう」
ぼそりと、シャツに頭を通すマルフォイがつぶやき、ヘンリーは何も言わずにこりと笑う。着替え終わったマルフォイとともに競技場をあとにして……あ、とヘンリーが声を上げた。
「さっき先生が部屋に来るようにって言っていたんだ。なんか少し怒っていたような……。やっぱり早く行った方がいいのかな」
彼の言う“後で”が“いつの後で”なのか。うーんと悩むヘンリーにマルフォイは呆れてため息を零す。ほんと、嫉妬深いと考えるマルフォイは悩むヘンリーを見て、少し悪戯心が芽生える。
「後でと言うからには……もう少し僕のことを慰めてもらってからでもいいということだろう」
大丈夫大丈夫、と自信ありげに答えるとヘンリーは夕食後に行ってみるよ、と笑う。そして、夕食をいつものように隣同士に座り、クィディッチの決勝戦があったという雰囲気を出さないヘンリーのこの後の試験の話にスリザリン生は乗り……教員席に近い生徒が足早に寮に戻っていく。
たっぷりとヘンリーのやさしさに触れたマルフォイは満足げに、連行されていくヘンリーを見送る。彼もいい加減学習すればいいのにと思う反面、そのままの彼でいてほしい、といつもの二人とともに寮へと帰っていった。
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