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39:とばっちり
ホグズミードにいつもの4人で向かったヘンリーは途中で足を止めた。魔法薬の材料などの購入に使う用紙を切らしていることに気が付いたのだ。
「ドラコ、ちょっと用事思い出したから……」
「あぁ、わかった。行くぞ、クラッブ、ゴイル」
わるい、というヘンリーにマルフォイは頷き、3人で歩いていく。ヘンリーの傍にいる時はあまりいい顔をしないこともあり、ヒッポグリフの裁判の話などはしない。
何かしら動きがあったので3人で歩きながら会話……もといマルフォイの持論を聞いているのだろう。
雑貨店の前でふと足をとめ、カップを手に取る。トラ猫の絵がマクゴナガルのアニメ―ガスの姿のようで思わず手に取ってしまった。
そういえばレパロで直るとはいえ、繰り返していたせいでそろそろ新しいものを買おうかと、冬休みの時に言っていたことを思い出す。
誕生日は過ぎてしまったが、花など以外でのプレゼントはほとんどしていなかったことを思い浮かべ、少し早い母の日としてあげようかな、と悩む。
ふと、親友が今置かれている状況を思い浮かべてため息をついた。今彼女はいっぱいいっぱいで……そろそろ解消されるにせよテストが山のような彼女に何かプレゼントをしようかな、と思いついた。
ふと、トラ猫のカップの奥に赤毛の猫の絵を見つけて手に取る。
「クルックシャンクスそっくり!え、持っているかな。多分大丈夫だと思うけど……。え、すっごくあげたい気分!お小遣い妖しいけど……」
うわー、と思わず声に出すヘンリーは目を輝かせ2つのカップを手に城へと戻っていった。
途中、ハニーデュークスに向かって走るハリーにぶつかりそうになりながらそれを見送り……怒った様子のマルフォイらが泥を落としながら走って行く。
そういえばこんなことあったっけ、と考えるもきっと些細なことだったのだろう。気にせず城に戻ると、玄関に入ったところで地下牢に消えていくスネイプとハリーを見つけた。連行されている、と考え……荷物の気配を察したのかシークが肩にとまる。
「シーク、君は凄いや。これ、ハーマイオニーに。夕食の時でいいけど、衝撃は一切禁止。卵を運ぶみたいに慎重に届けるように」
城内なんだけど、と笑うヘンリーは赤い箱をフクロウに託す。一応箱には衝撃に対する魔法がかかっているから問題はないのだが、それでもぶっきらぼうに渡されるよりいいと、飛んでいくフクロウを見送る。
マクゴナガルには直接渡すのが少し恥ずかしいので、机にメモとともに置いておこう、と勝手に部屋に入った。
来年、先生にカップあげようかな、とふと思い立つ。きっと華美なものはいらないだろう。ならば……こっそりペアカップを渡してもいいだろうか。そう思うとこそばゆくて、ヘンリーは自室を出るとスネイプの下に行こう、と階段をいくつも降りていく。
最後の階段に入ったところでルーピンとともにいるハリーとすれ違い……そうだ地図、と考えるもリーマスなら大丈夫か、と切り替え……はたと立ち止まる。
今スネイプの機嫌は自分が知っている間で過去一最低に違いない。とりあえず寮に戻ろうと足を向け……途中でまた立ち止まる。
今寮に戻ると今度は怒り心頭のマルフォイたちがいるはずだ。うぅ、と小さく唸ると踵を返して研究室の戸を叩いた。
応答はないものの鍵が開く音がして、そっと中を窺う。そうとう頭に来ているのか、部屋の中が少し荒れている。杖でそれらを正しながら背を向けている黒い影に向かって行った。
「先生、どうかしましたか?」
なんていうのも白々しい、と内心溜息をつくヘンリーはスネイプの動きを窺う。ふいに部屋の明かりと言う明かりが一斉に消え、思わず小さく悲鳴を上げてスネイプの背中があったところに飛びついた。
グイッと腕を掴まれ、そのまま何かが……スネイプの唇がやや乱暴に重ねられ、驚くヘンリーの口内を蹂躙していく。息が苦しい、と少し抵抗すると放さないという風に強く抱きしめられ……一瞬意識がなくなる。
カクン、とヘンリーの身体から力が抜けたことで、ようやく解放したスネイプは大きく息を吸い込むのを聞きながら細い喉元に唇を滑らせる。まるで首の動きを制限するかのように食み、首元に赤い印を残す。
自力で立っていられないヘンリーを抱き上げると、様々な実験用の器材が乗せられた作業台に寝かせた。さすがに暗かったのか、ぼんやりと明かりがつけられヘンリーを見下ろすスネイプの顔が青白く照らされる。
喉元を抑え付けるように押され、息苦しさに思わずスネイプの手を掴む。唐突に、先ほどと違って今先生の前にいるのは、先生の手で苦痛に顔を歪めるジェームズ=ポッターなのだ、と気が付き胸の奥がぎしぎしと音を立てた。
いくらスネイプが自分を、ハリエットを抱きしめてくれるとはいえ、自分は彼の憎きジェームズの子供だ。まるで目をそらしていた瘡蓋を容赦ない力ではがしたかのように、心の中に血が噴き出す。
じくじくと胸の奥が痛みを発し、思わず噴き出そうになる力を必死にコントロールする。やはり今部屋に来るべきではなかった、と視界が明暗する中考える。
押さえつけられた胸元の、鎖骨辺りが悲鳴を上げ始め、痛みを覚えて……力のこもっていない手で抵抗しようとして諦めた。そのまま手を伸ばしスネイプの頬に触れるか否かのところで、押さえ付けられたせいで息ができなかったヘンリーは今度こそ意識を完全に手放した。
パキン、という軽い音が聞こえた気がしたが、ヘンリーの身体はそんな痛みを感じることができるほどの力が残っていなかった。
ヘーゼルの瞳が、ジェームズの瞳が突然消え、一切の抵抗が無くなったことで怒りに満ちていたスネイプははっと手を緩めた。
いつの間にか消えていた部屋の明かりを灯せば作業台でぐったりと横たわっているのはヘンリーだった。慌てて抱き起し、青白い顔のヘンリーの唇に息を吹き込む。呼吸を促すように背を叩き、もう一度息を吹き込む。
けほっ、と止まっていた息を再開させたことにほっとして、先ほどまで抑えつけていた喉元をはだける。彼の身体は見かけだけで、女性と何ら変わらない。大人の男によって押さえつけられた結果、右の鎖骨が折れてしまったらしい。
急ぎ、骨折用の魔法薬を呼び寄せ……その前に解除薬を飲ませなくては、と改良中の薬を飲ませた。途端にハリエットに戻った恋人の喉元の痣がより一層濃くなり、スネイプは自分を呪い殺したくなりながら治療薬を飲ませる。
ぐったりとしているハリエットはまだ意識が戻らない。ただでさえハリエットの身体は軽く、華奢だというのに、そこに手加減のない男の力が加わればこうなってしまうということが想像できて……すまない、とスネイプは小さくつぶやいた。
寝台に寝かせ、少し波打った黒い髪を撫でる。彼女は自分と父親であるジェームズとの関係を知っているのか。彼女は……自分と母であるリリーが幼馴染だということを知っているのだろうか。そう疑問が沸き上がり、スネイプは視線をそらした。
未来を見る力があるのであれば……その反対の過去を知っているのはいささか不可解なことだ。予見者とはいったい何なのか。なぜ……彼女はこんな愚かな男を好いているのか。
彼女のためにも、彼女を愛しているからこそ、予見者について知識をえなければ、と握った手に口づけを落とす。その前に、彼女に謝らなければ、とその横顔を見続けた。
ふるりと開いた緑の瞳がぼんやりと天井を見た後、傍らにいるスネイプを見つめる。
「ハリエット……すまない」
開口一番に告げればヘンリーは目をしばたたかせた後、にこりと笑ってスネイプの頬に手を当てた。軽く首を振って、ぐっと引き寄せる。
されるがままのスネイプの唇を塞ぎ、まるでいたわるように黒い髪を撫でつけた。
「地図……あんなこと言われたら誰だって頭に来るから……。お父さんたちがごめんなさい」
スネイプの頭を抱きしめるハリエットに、スネイプはあぁ、とため息をついてされるがままに寝台に乗り上げてハリエットの細い指が頭を撫でるのを感じる。
彼女はあの羊皮紙のことを地図と呼んだ。そしてそこに書かれた暴言も、書いた人間のことも。まだぼんやりしている彼女は十分思考が回っていないのだろう。思ったままに会話しているといった風で、これ以上喋らせてはいけない、とハリエットの唇を塞ぐ。
彼女のせいではない。あの傲慢な男が原因であり、奴だけが憎いのだ。たまたま奴と同じ目をもって生まれただけの……ハリエットは関係ない。愛していることは事実なのだ、とハリエットを抱きしめた。
ハリエットはどこまで知っているのか。
この胸に巣くう、醜い自分を彼女は知っているのか。
わからない。
わからないが、それが未来にかかわる事であれば聞くことすらできない。
それがただ、歯がゆくて……より一層彼女を守りたいという気持ちが強くなる。
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