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37:控え選手
体を重ねることで一時的な対策が取れても、やはりどこか元気のないヘンリーはこのままじゃ先生に心配をかけてしまうと、頬をぺちんと叩くがなかなか完全に切り替わらない。
ため息をまた零して……スリザリン対ハッフルパフの試合を見に行く。来週はハリーが初めてファイアボルトに乗って戦う日だ。そう思うと少し気を紛らわせることができて、ヘンリーは試合を見つめた。
マルフォイも随分上達して、あのセドリックとも張り合っている。かつてはどういう試合運びだっただろか。レイブンクローとスリザリンの結果は覚えているが、ハッフルパフとはどうだったか思い出せない。
初めての優勝杯と言うこともあってぼんやりおぼえているのはスリザリンとは点数差だったということ。一勝一敗のグリフィンドールと、二勝のスリザリン。
確かそんな状態で、二勝一敗同士になって点数差で勝った。だからこの試合では勝つはずだ。
そう思ってみていると、ぱちりとマルフォイと目が合う。え?と驚くヘンリーだが、向こうも驚いたらしく箒の操作を誤った。高く組まれた客席の土台にニンバス2001のほとんど落としていない速度でぶつかったせいでそのまま地面に転がり落ちる。
自分と目が合ったせいかもしれない、と慌てて観客席を駆け下りるヘンリーは先に来ていたスネイプと、急遽タイムを要請したフリントが集まってくる。
「肩を脱臼している。すぐに治るが、この試合に再び出るのは無理だろう」
肩を抑えるマルフォイを見るスネイプはそう判断して、キャプテンであるフリントを見た。スリザリンもメンバーが潤沢にいるわけではない。それに相手はセドリックだ。誰をシーカーにするか……悩む様に腕を組む。
「ドラコ、大丈夫かい?なんで僕の方を見たんだよ」
駆け寄ってきたヘンリーにマルフォイは偶然目に入っただけだ、とムッとした様子で答え、痛みに眉を寄せる。その様子を見ていたスネイプはマーカス、とフリントに声をかけた。
「正規の選手ではないが、ドラコに匹敵するシーカーならばいる。控え選手だったとすればフーチ先生も問題にはすまい。ヘンリー、飛べるな?マクゴナガル教授からの頼みでポッターの練習相手をしていた君だ。実力は十分あるはずだ」
そう言ってまっすぐ見つめられるヘンリーは驚いて目をしばたたかせた。フリントが反応するよりも前にようやく理解したヘンリーはわかりました、と頷き更衣室に走って行く。
「す、スネイプ教授。ヘンリーは選手じゃ……」
「だがドラコの穴を埋める選手が浮かばなかったのだろう。彼は練習などをする余裕が普段ないために選手になれないだけで、実力はポッターと同レベル……いや、わずかな差ではあるが勝っていた」
すぐに戻ってくる、というスネイプの言葉通り、はじめて着たにしてはずいぶん早く戻ってきたヘンリーはマルフォイの手から箒を受け取る。すっかり様になっているヘンリーを見て、まだ迷う風のフリントだったが、よし、と頷きフーチに選手交代の旨を伝えに行った。
「無理はしなくていい」
「一試合ぐらいなら大丈夫。僕がうまくても嫉妬しないでよ」
箒を託すマルフォイにヘンリーは笑って、フリントの後を追ってフーチのもとに行く。誰が嫉妬するんだ、と怒ったようなマルフォイをスネイプに託し、他の選手もヘンリーの後を追う。
「ブラッジャーとかルールは大丈夫か?」
「もちろん。大伯母様が選手だったことから叩き込まれたよ」
心配そうな選手に声をかけられ、ヘンリーは頷く。様子をうかがうハッフルパフを見て……20年越しの叶わなかったセドリックへのリベンジに柄を握る手に力がこもった。
『えー、先ほど無様に客席に突っ込んだマルフォイに代わって……。え?彼?えーっと……。ヘンリー=マクゴナガルがピッチに入りました。彼の実力は未知数!そしてえー……下手なことを言った瞬間彼の親族からの猛抗議が確定的となり、非常に言葉選びがつらい!さぁ、スリザリンという毒沼に紛れた可憐な赤いポピー!どんな試合を見せてくれるのか!』
赤い髪をなびかせ、上空に飛びたったヘンリーはセドリックと真正面から顔を合わせ、じっと見つめあう。既視感を覚えるセドリックだが、試合が再開されてすぐにスニッチを探し始めた。
折り返そうとしたところで、はっと避けるセドリックはすぐ後ろにいたヘンリーに驚く。
どういうプレイであればセドリックに勝てるのか。そう考えるヘンリーはひとまずニンバス2001の性能確認のため、ブラッジャーに狙われないようセドリックのすぐ背後に付けていた。案の定、セドリックにあたっては大変と、ビーターはヘンリーにブラッジャーを打ってこない。
あらかた箒の確認が終わるころ、振り向いたセドリックをよけ、本格的にシーカーとしての役目に没頭する。かつてグリフィンドールのキャプテンを務めていたヘンリーは久々とはいえ、神経が研ぎ澄まされ、各選手の動きが頭に入っていくのを感じた。
スニッチを探すヘンリーはセドリックがこちらを見ているのに気がつくと、まだ見つけていないのだと確認して……箒の向きを急に変えてスピードを上げた。
リーの実況でスニッチを見つけたのか?と言う声が聞こえ、セドリックが付いてくる気配を感じる。そのまま急降下を取り、ぐっと柄を持ち上げた。
フェイクだと気が付いたセドリックが急旋回するのを横目に、一瞬金色の光が視界を横切る。そのまま追跡体制に入るヘンリーにまだひっかけを、と振り向いたセドリックはその先に金の光を見つけ別の角度から追いかける。
ハッフルパフのビーターを見えたヘンリーは追跡を諦め、ブラッジャーを避けるべくセドリックのいる方へと箒を向けた。飛んできたブラッジャーはスリザリンのビーターが捕まえ、同じようにセドリックを狙う。そのおかげでセドリックも見失い、再び二人のシーカーは捜索に戻った。
『控え選手のヘンリーが真っ先に見つけたかと思ったがここはフェイント!これは危険技の一つ、ウロンスキー・フェイントじゃないか?その先で本物のスニッチを見つけたものの、互いにスニッチを見失ったもよう!それにしても、まさかあんな高さからフェイントの急降下をするなんて無謀にもほどがあるぞ!』
あーびっくりした、というリーに隣にいるマクゴナガルも心配げにヘンリーを見つめている。そんな心配をよそに、やっぱりニンバス2000の良くないと思える箇所が修正されている、とヘンリーは初めて乗った箒を自分の脚のように自在に操っていた。
ヘンリーの実力に安心したのか、どこか浮ついていたスリザリンチームが気を引き締め、点数を巻き返す。そして、別々のルートを飛んでいたセドリックとヘンリーが同時に急降下を始める。
ブラッジャーを打とうしたビーターはそれぞれ、相手が避けた場合に自分のシーカーの邪魔になると判断してチェイサーに打ち込んだ。
フェイントの時は初めてだったこともあり、そこまでぎりぎりではやらなかったヘンリーだが、今日のスニッチはかなりの低空飛行だ。これ以上は危険と判断するセドリックが先に離れ……ヘンリーは箒の性能を信じ、ぎりぎりまで降りると渾身の力で柄を持ち上げた。
箒の先が地面を擦る振動を感じながら手を伸ばす。
懐かしい、練習の時に使った、捕まえた人の手を記憶しない安いスニッチではない。本格的な試合用の柔らかな羽の感触にヘンリーはそっとほほ笑む。金の羽を捉えたと同時にブレーキをかけ、ある程度スピードが落ちたところで立て直すのは無理と判断したヘンリーは足先でピッチを削り、転がり落ちた。
「いてて……」
ころがった先で手に握ったスニッチを掲げると、スリザリンチームが慌てて降りてきた。
「大丈夫かヘンリー!?」
擦りむいた傷はともかくと立ち上がったヘンリーにフリントが声をかけ、そして手に持っているスニッチに喜びの声を上げた。
そのまま肩にのせられ、スリザリン勝利に緑の一角が沸き立つ。肩を入れてもらったものの痛みが残っていたマルフォイはヘンリーの飛行能力に舌を巻き、ちらりとスネイプを見上げる。落ちた瞬間驚いた様子だったが、彼が計画的に転がったのだと気が付いて溜息をついていた。
『まさかのダークホース!彼が病弱でレギュラーでないことがほっとすると同時にスリザリンじゃなかったら実に惜しいと言いたい!!本当に試合経験少ないのか?』
ヘンリーはその実況を聞きながら、ワールドカップでクラムが魅せたウロンスキー・フェイントが成功したことに喜ぶも自分の力の無さにため息がこぼれる。
本当はキャッチ後、空に上がる予定だったのに、もう少し箒の角度をあげられれば……。体力と筋力をあげなきゃ、とスニッチを握り締めた。
様々な障害はあったが、在学中はずっとクィディッチの選手として飛んでいたのだ。今の身体では経験がなくとも、魂が記憶している。あとは身体がついてきてくれさえすれば、何ら問題はない。それでもやっぱり空を飛ぶのは楽しい、とヘンリーは久しぶりに心から笑顔になる。
とはいえ、少し危険な技を仕掛けたことで、手段を選ばないスリザリンらしく振舞えたかなとちらりとスネイプのほうに視線を送った。目が合ったスネイプは少し咎めるような、そんな目をしていて、ヘンリーは首をかしげる。
「ヘンリー。けがの治療をするため、後で来るように」
ドラコ、と促すスネイプに呼びかけられ、ヘンリーはわかりましたと頷いた。それを見ていたクィディッチ選手は医務室じゃないんだな、と声に出さないものの心の声が一致する。
けがの治療ならばマルフォイとともに医務室に行けばいい話で……あとでどことは言わないスネイプに本当に気に入られているんだな、と。
スリザリン戦であってもクィディッチ自体を見るのが好きなハリー達はその試合を見ていて、ヘンリーの動きに驚いていた。特にハリーとしては彼が双子の片割れだと知り、あの模擬戦でも見せた飛行技術に舌を巻くしかない。
彼が所有しているのはニンバス2000だが、借りたマルフォイのニンバス2001をまるで自分の足のように自在に操っていた。
ほとんど飛んでいる姿を見ていないだけにどこで練習しているんだろう、とハリーは首を傾げ……ハーマイオニーの姿を探す。どうやら来ていないらしく、どこか面白くなさそうなロンを盗み見る。
勉強もできて、クィディッチもうまくて……。ただ病弱な所だけがマイナスなヘンリーをロンはあまり好きではないらしい。
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