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36:失った守護

 年が明け、無事ハリーにファイアボルトが返され……。レイブンクロー戦をヘンリーはニヤニヤしそうになるのを閉心術を使って何とか抑える。
 ハリーがチョウに一目ぼれした……甘酸っぱい初恋の瞬間。小柄で、笑みがかわいくて。そう思って……ふとピッチに視線を落とす。
 マルフォイらがディメンターに扮して現れた瞬間、ハリーの杖から銀色の靄が噴き出る。ほんとバカ、とため息を吐くヘンリーは慌てふためく3人を見て思わず笑いを零す。
 まだ形が定まっていないものの守護霊は順調に練習できているようでほっと息を吐く。

 グリフィンドールの勝利に面白くなさそうなスリザリンに混じり、寮に戻るヘンリーは部屋に戻ってからじっと自分の手を見つめた。
 エクスペクト・パトローナムはもう何度も唱え、父さんは何度も何度も助けてくれた。

「エクスペクト・パトローナム」
 かつての幸せの記憶を糧に杖を振る。だが、わずかな銀色の筋が出ただけで牡鹿の守護霊は形を成さない。あれ?と首をかしげるハリエットはハリーの記憶だからかな、と初めて先生とキスをした時を思い浮かべてもう一度杖を振った。
 だが、何も出てこない。

「なんで……」
 幸せな記憶は他にもあったが、どれを思い浮かべてもせいぜい靄が出るだけ。かつて使えた魔法はほとんど唱えられることは確認している。
 エクスペクト・パトローナムだけは魔法の力が弱かったこともあって練習はしていなかったが、それでも唱えられなかった魔法はない。アバダ・ケダブラだって使えたのだ。

「死の呪文を唱えたから……?」
 そう考えてすぐに首を振る。スネイプは、スネイプ先生はグリフィンドールの剣のありかを導くときに雌鹿を出していた。だから、そんなことはないはずだ。ではなぜか。

「お願い……。父さん、なんで……」
 お願い、お願いだよ、と力なく座り込む。唱えられなかったことなんてなかったのに。いつだって出て来てくれたのに。


「エクスペクト・パトローナム……」
 もう何十回と唱え、疲れた手から杖が零れ落ちる。

 本当に来年、自分はセドリックを助けることができるのか。
 ベールの向こうに行くシリウスを止めることができるのか。
 ヘドウィグを引き留めておくことはできるのか。
ヴォルデモートを妨害しムーディを助けることができるのか。
 ドピーに刺さる短剣は防げるのか。
 スネイプを助けることはできるのだろうか。

 この先待ち構える未来が怖い。全部、全部がみんなの死の光景に重なって震えて仕方がない。膝を抱えてぎゅっと縮まるハリエットは自分の腕を爪が食い込むほど強く握りしめた。

 甘えている場合じゃない。人に助けを求めるわけにもいかない。かつて先生がたったひとりでホグワーツを、大勢の生徒の命を守ったというのに。
 6つの命。そう、自分が守れるのは6つ……それもどこでどうして失われていくのかわかっている命だ。
 イラクサで編まれ、茨で覆われた裏切りと言う椅子に座って平然と装っていたスネイプ。それに比べたら自分の不安や恐怖など大したものじゃないはずだ。

 そう言い聞かせるハリエットはこぼれ出る涙をせき止めようと、膝に顔を押し付ける。心が、意識が、一人の少女になってしまっている。
 そう考えるハリエットは忘れるなハリー=ポッター、と自分に唱えるように、呪を施す様に復唱した。忘れるな、自分はポッター家の長男で、一人息子。生まれ変わったとしても、逆行したとしてもそれは永遠に変わらない事実なのだ。

 闇払いの職に就き、たくさん経験も積んだ。ケガだってたくさんした。なのになぜいまこれほどまでに怖いと思えるのか。
 皆の、最期の顔が、横たわった顔が……鮮明によぎる。か弱い女の子になったつもりはない。女性だって勇敢な人もいるし男性で臆病な人もいる。
 だからこれは自分の問題だ。そう考えるもハリエットの中の恐怖は収まらない。

 傲慢で、無鉄砲で、癇癪持ちで反抗的で……かつてのスネイプに心底嫌われていたハリー=ポッターだったじゃないか。ハリエットは更に溢れ出る涙を体に押し戻そうとするようにさらに身体を縮めた。
 不意に、今の自分には母の愛の加護も、父の加護も何もないのだ、と改めて実感して……不安で押しつぶされそうになる。

「たす……」
 助けを求めることはできない。話すことはできない。怖くて、怖くて仕方がないというのに。

 寝台に横たわり、枕を抱きしめる。ふいに百合の香りが鼻先をかすめ、そっと髪を撫でる感触を覚える。疲れきったハリエットが目を覚ますことはなかったが、強く引き寄せられていた眉はやがて力を失い、深い寝息となった。
 

 シリウス=ブラックがまた城内に進入し、去って行ったあとは廊下に指名手配書が張られるなどしていたるところにシリウスの顔が貼られていた。
 落ち込んだ様子のヘンリーに気が付いたスネイプが呼び出し、抱きしめる。侵入事件の翌朝からヘンリーはずっと元気がない。

「私ができる事ならば……相談してはくれないか」
 また痩せた、と抱きしめる力に気を付けるスネイプがそっと耳元で囁く。恋人が何かに苦しんでいるというのに助けられない歯がゆさに、スネイプはヘンリーの細い体を自分のローブで包み込んだ。

「全部、全部話せたらいいのに……。私……守護霊の魔法が使えなくなっていたんです。前は使えたのに、今は何をしても全然……。前は父さんが出てきたのに……。私には母さんも父さんも誰の守りも……」
 自分はイレギュラーなのだから仕方がないのはわかっている。自分がいなければ世界は元の時間を流れ、そして自分の知る未来に繋がるのだ。
 だから……自分に守護の力が働かないのは当然で……。そう震えるヘンリーを、ハリエットをスネイプはかき抱くように、まるで自分の身体に取り入れるかのように強く抱きしめた。

「私が守るのでは役不足かね?」
 ハリーと違ってリリーの守護がなく、そして守護霊も……彼女の話からしてあの男と同じ牡鹿だったのだろう、それすら現れず……。それがどれだけ彼女を不安にさせているか。
 そう考えるスネイプは代わりでもいい、と抱きしめる力を強くする。

 迷うようなヘンリーの細い腕に、スネイプはそれほど予見者は孤独でなければならないのか、と無力さに歯がゆさを感じ、抱きしめる力を緩めた。
 どうすればいいのかわからない、と言った風のヘンリーはいつもの強い眼差しではなく、弱弱しく今にも割れてしまうガラスのような、そんな瞳でじっとスネイプを見つめている。
 再び抱きしめるスネイプは彼女がまだ何か重大な秘密を抱えているのかもしれない、とそう直感し、予見者に対する知識を付けなければ、と心に決める。
 彼女を元気づけるには……全く別のことに目を向けさせるのがいいのかもしれない、とハリエットの気分が晴れる方法を考えながら唇を重ねる。
 何度も何度も重ねているうちに力が抜けるヘンリーがとろりとした瞳でスネイプにしがみついた。






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