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30:猫の子子猫
ハリエットが目を覚ましたのは倒れてから3日が過ぎるころだった。スネイプの腕の中で身動ぐハリエットにスネイプは目を覚まし、まだぼんやりしているハリエットをのぞき込んだ。
まだ熱もあり、目の焦点が定まっていないものの、目を開けたハリエットにスネイプはほっとして強く抱きしめた。
ネグリジェ越しの体は熱い。だが、意識は戻ったことに喜ぶスネイプをハリエットは不思議そうな目で見つめる。
“先生……”
どうしてここに?ここはどこ?と言った風な混乱した様子に、スネイプは落ち着かせるためぽかんと開いた唇を塞ぐ。やはり普段より熱い口内をやさしくなで、力のない舌を絡める。
「ここは私の部屋だ。ハロウィンの夜、重複して服用した魔法薬が原因で熱を出していたことは覚えているかね?」
とろんとした目でスネイプを見つめるハリエットに告げると、日にちの感覚が狂っているのか、なんだっけと考える。どこかうとうととした様子のハリエットを撫で、もう少し眠るといいだろう、と声をかける。
“そうだ……ハロウィン……シリウスが……じゃあガドガン卿が……。そうだ、シリウスに……チキン……と……”
頭を撫でられ、スネイプに促されるまま……ハリエットの眼が、だんだんと閉じられていく。まだ声を封じることに対して解呪していなかったスネイプはほっと胸をなでおろし、ハリエットを見つめた。
間違いなく彼女は2度シリウスと口を動かした。あの忌まわしい男の名を彼女は口にした。怯えた様子ではなく、どちらかと言うと親しい相手に対するような、そんな雰囲気で。
なぜだ、とスネイプはハリエットを撫で続ける。シリウス=ブラックはあの二人を裏切った大罪人だ。
あの腰巾着のピーターを多くのマグル共々虐殺したブラック家の長男。同じ死喰い人となった次男のレギュラスとは違うはずだった、異端児。
全てが終わってしまったあの日、やはり奴はブラック家の血筋であったな、と心の底から憎んだ。なのになぜ彼女は……。そう考えて眉を顰めた。
裏切る前に……いや、奴がそれ以前からすでに闇の陣営であれば……。だがそんな話は聞いていない。少なくとも、あの予言の話を闇の帝王に話した際……あの時は死喰い人ではなかったはずだ。
あの当時は……愚かにも奴に認められることを誉としていたこともあり、予言を告げたことで奴は自分を信用していた。だから……裏切ったのは二人が襲撃される直前だろう。
ということはその前に生まれたハリエットを奴は知っているのか。彼女が生まれてすぐダンブルドアらが保護したと言っていたが、その前にあの二人が生まれた子供を話していたとしたら……。
だが、それでも彼女が奴の名を呼ぶ理由が分からない。
まだら色の頭を引き寄せ、頭頂に口づけを落とす。まだ早朝もいいところで、もう少し日が昇ってから彼女の育ての親に報告しよう、と目を閉じた。
大広間に行く前にマクゴナガルのいる私室に向かうと、知らせを受けたマクゴナガルは走ってはいない、だがスネイプを置き去りにするような速足で地下へと降りて行く。
解錠し奥へと進むマクゴナガルは寝室の前で立ち止まると息を整え、そっと扉を開く。
その音で目を覚ましたのか、身動ぐハリエットにマクゴナガルは喜び、しっかりと抱きしめた。髪の色がまだ戻り切っていないことと、新しい魔法薬ができるまでは引き続きスネイプのもとでと話していると、そこにダンブルドアがやってきた。
「ハリエットの魔法薬じゃが、どれくらいでできそうじゃ?」
「魔法薬についてはおおよそのレシピは出来上がっております。ただ、完全に安全であるかについては数年の服用で判明するものもありますため、保証はいたしかねます。ですので、この魔法薬が出来上がったのち魔法薬の効果を完全に無効化する魔法薬について研究する予定となります」
姿を変える魔法薬自体もっと長い年月をかけて改良しなければならず、そして通常であればそれを数年間飲み続けるということはしない。
飲み続けるのであればいっそのこと恒久的な効果の物を服用してしまえばいいのだ。ハリエットの場合は彼女が発達途上の子供であり、欺くためのフェイクであり、性別を根本的に変えたいわけではない。
そして、彼女の性別を変えない理由をスネイプも言われずともわかっていた。ハリーとヴォルデモートを繋ぐ予言。7月末に生まれる男の子というものに彼女が含まれてしまうからだ。
性別を根本的に変えることがもしも予言に触れてしまったら……何が起きるかわからない。それに、ハリエットの名を付けたリリーに対しても申し訳がない。
マクゴナガルに支えてもらい話を聞くハリエットはまだ意識がはっきりしていないようだが新しい魔法薬と聞いて不安げにスネイプを見つめる。
「ハリエットの懸念する通り、この魔法薬は現状の力量では難しいというのが正直な話だ。よって、当面は精製の際は必ず私の目の届くところで行う様に」
今までの個人授業のレベルではないというスネイプにハリエットは頷き、火照った体をマクゴナガルに預ける。
くたりとした様子にマクゴナガルはもう少し横になっているのですよ、と娘を横にしてそっと頭を撫でる。安心したように目を閉じるハリエットに微笑み、ダンブルドアに促されて先に大広間へと行く。
「さて問題はハリエットの居場所じゃが……。このままこの部屋でいいじゃろうか。もちろん、ミネルバにはベッドシェアについては秘密にしておこう」
その方が双方ともに良いじゃろう、と悪戯めいた眼でスネイプを見るダンブルドアにスネイプは何も言えずいつもの調子で、良いかどうかわかりかねますが、と返す。
閉心術を使っているというのに見透かされている感じがして、何とも居心地はよくない。
「食事はハリエットが欲しいときに用意できるよう、彼女の乳母であるベベが対応してくれるじゃろう。ヘンリーについては風邪をこじらせ、体調を崩したこと、そして元気爆発薬等の即効性のある魔法薬と、常用している魔法薬との相性が悪いため、安静にしていると、そう彼が受講している科目については担当教員に通達しておくとしよう」
彼女のためにも傍にいてあげて欲しい、というダンブルドアにスネイプは了承の旨を返す。満足げに頷くダンブルドアはお見舞いの花じゃと言って杖を振るい、飾りっ気のない寝室に花瓶にたっぷりと入ったカモミールの花束をサイドテーブルにことりと置いた。
魔法薬の効果が完全に切れたのは一週間も経った後。どうにか次の魔法薬が間に合ったところでハリーの話を聞き、ハリエットは疲れて眠ったスネイプを見るとそっと腕から抜け出し、医務室へと向かった。
彼女が医務室の扉を開ける頃、目を覚ましたスネイプだが、ハリエットのことを思い、医務室の扉の前で彼女が出てくるのを待つ。
出てきた彼女がネグリジェのままであることを確認すると、スネイプが着ていたローブで包み、有無を言わさず抱き上げた。いくら兄弟だからと言って、こんな無防備な姿、と憤るスネイプは首をかしげるハリエットを寝台に引き戻し、覆いかぶさるようにして抱きしめる。
そんなスネイプの行動がやはりわかっていないハリエットだったが、スネイプの背に腕を回すとぴたりと体を密着させ、やがて寝息を零した。
その結果として、薄く可愛らしいネグリジェを着ているハリエットの胸が押しあてられることになり……急遽減欲剤を手に取ったスネイプはそれを煽り、目を閉じる。
そして目を覚ましたスネイプは時計を確認して驚きで思わず固まった。休日とはいえ、朝食の場にも出ず、すでに昼の時間ということに唖然とし、幸せそうに眠っているハリエットを見つめる。
自分自身に衝撃を受けて固まるスネイプに気が付いたのか、ハリエットが目を覚ました。腕の中、まだどこがぼんやりした顔でおはようございます、という少しかすれたような寝起きの声に、寝坊のことが吹き飛び同じように寝起きのかすれた声でおはようと返す。
同じような寝起きの声にハリエットは嬉しそうに笑い、ぎゅっと縋りつく手を強くする。まるで猫のようにすり寄るハリエットにスネイプも口角を上げ、額に口づけた。
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