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29:夢見る少女

 ぐったりと眠るハリエットの髪を撫で、また熱くなってきた額に口づける。ハロウィンから二日。赤い髪に黒い髪が入り、体つきも女性らしく戻ってきて薬が抜けてきたが未だ彼女の意識は戻らない。おそらく3年間飲み続けていたうちに、体に蓄積したものが今回のことで噴き出したのかもしれない。

「魔法薬の副作用を緩和する魔法薬があればいいのだが……。あるいは、魔法薬の効果を完全に打ち消すものか……」
 聖マンゴ魔法疾患傷害病院でも処方されている、栄養薬を口移しで与える。少しずつ流し込み、彼女の喉が小さく動くのを確認して、そっと離れた。
 柔らかな髪を撫で、そっと黒い髪に口づける。静かに眠るハリエットの唇が“先生”と動くのが見え、スネイプは口角を上げて夢見がいいようにと祈る様に額に口づけ、寝室をあとにする。
 彼女の声は今朝封じた。というのも、魘される彼女は夢を見ているのかとぎれとぎれに言葉を紡いでいた。何を、と思考するもすぐさま彼女の声を消し、口元を隠した。

“お願い……殺さないで”
“死なないで……”
 そう言って涙を流す彼女が誰に対して呟いたのかは口元を隠したおかげでわからない。それでも、これは彼女が見ている未来の情報ではないのか、そう直感しての行動であり知るわけにはいかない。
 未来を見るということがどういう風に見えるのか。ある人物の体験談ではまさしく夢と思われるもので、もやがかかっているものからはっきりその場面が見えるものもいるという。
 ハリエットははっきりしている夢なのか……。だとすれば誰かが死ぬその光景を見ているのであればなんと酷なことか。
 ハリエットが魘されたりしなければ問題はなくなるだろう。だけれども、彼女が魘されるというのであれば一人眠らせるなんてことはできない。
 だから、とスネイプはソファーで眠ろうと考えていたことを撤回し、彼女の口元を見ないように抱き込んで眠ることにした。

 姿を変える魔法薬の改良と、魔法薬の効果を打ち消す薬の考案と……それと授業の準備とレポートと、脱狼薬。山積みになっているやるべきことにため息をつき……だからと言ってレポートを減らすようなことはしない。
 夜も更けてそろそろ寝なければ、と寝室に向かうとハリエットの眉が寄せられ、魘されているのが分かる。そっと隣に体を横たえ、彼女が苦しくないよう、強く抱きしめ過ぎないよう気を付けて抱きよせると、ハリエットは微笑み寝息が深くなった。
 髪を撫で、赤と黒が交じり合うつむじに口づけを落とす。疲れた頭にハリエットの温もりが心地よく……短い睡眠時間でも十分休息をとることができた。


 翌朝、ノックの音で目を覚ましたスネイプは穏やかに眠る少女を見て、そっと髪を撫でる。再び聞こえるノックの音に体を起こし、杖を振って身支度を整えるとハリエットの額に口づけ、寝室をあとにする。
 ノックの相手に声をかければ寝室にいる彼女の保護者で……。開ける前に杖を振って寝室を整えた。

「朝早くに失礼しますわ、セブルス。あの子の具合はいかがでしょう」
 扉を開けるなり来た要件を告げるマクゴナガルに、見たほうが早いでしょう、と寝室に通す。眠っているハリエットをみたマクゴナガルはそっと頬を撫で、汗の浮かんだ額を拭う。

「誤った製法で作られた魔法薬による副作用により姿が戻っていない状態になります。このままであれば一週間もすれば完全に魔法薬の効果は消え、元に戻ると思われるもののこれまでの蓄積か、具合があまりよくないと言ったところですな。それに加えて、悪夢を見ているのか、それとも未来を見ているのか。今は声を封じ、なるべく口元を隠して対処はしているものの、呪いが発動するとも限らず、といった状況となる」
 だから今はここに、というスネイプにマクゴナガルは迷う様にして……仕方ありませんわね、とため息をついた。

「確かに。本来であれば医務室で休ませたいところですが、ヘンリーになる薬が使えないのであれば隔離しておいた方がいいでしょう」
 カーテンを仕切っても四六時中マダム・ポンフリーがそばにいるわけではないため、もし誰かがカーテンをめくりでもしたら。今の中途半端な体を誰かに見られでもしたら大問題だ。
「魔法薬については今改良をし、体への負担を減らしたものを服用させるつもりです」
 いまはまだ間に合っていないというスネイプにマクゴナガルは黙って頷き、じろりとスネイプに目を向けた。値踏みするかのような視線に眉間にしわを寄せるスネイプだが、少し唸るような声が聞こえて、すぐにハリエットの手を握る。
 ゆるく握り返すハリエットがどこかほほ笑んだ風に見え……ほっとするスネイプはどこか暖かいまなざしのマクゴナガルを振り返る。

「よろしければハリエットのためにもここで経過を見ていただけます?」
 本当に仲のよろしいこと、とほほ笑むマクゴナガルに焦るスネイプだが、ハリエットの握り返した手を振り払うようなことはしない。
 二人の関係がどこまで行っているか……さすがに教員であることと、彼女との歳が離れていること、ハリエットの体調が悪く弱っていることとこれまでの振る舞いから問題はないでしょう、と考えるマクゴナガルはハリエットの髪を撫でつけ、慈愛のこもった目で愛娘を見つめる。

「ハリエットの居場所については仕方がありません。では、バスルームをお借りしてもよろしいでしょうか?」
 無防備な寝顔に心配ではあるが、今までの生活ぶりを見ても間違いは起き無さそうでしょうし、と小さくつぶやく。それを聞いたスネイプは閉心の術を今まで以上に強く保つ。
 恩師であり、仕事上副校長と言う立場的にも経験的にも上であり……なにより最愛の彼女の保護者であるマクゴナガルの信頼を失うわけにはいかない。
 間違いどころか、具合が悪くなった原因の一旦には間違いなく自分が関与しているなどと、知られるわけにはいかない。そう考えていたスネイプは虚を突かれた思いで、バスルーム?と聞き返す。

「えぇバスルームです。ハリエットがいまだ制服のままでは寝心地が悪いでしょう。だから一度体を洗い、寝間着に着替えさせるのです」
 何か問題でも?と返すマクゴナガルにスネイプは改めてハリエットを見下ろし……冷や汗が背中を伝う。マクゴナガルも無言のスネイプに何か気が付いたのか。
 黙って毛布をめくり……不審者を見る目でスネイプを見つめる。

「ハロウィンの翌朝、まだヘンリーの身体の時に寝苦しいと考え、着替えさせたのです」
 言い訳がましく聞こえないよう、いつもの口調で告げるスネイプにマクゴナガルはじっと見つめながらそうでないと困ります、と言い放つ。

「だからと言って具合の悪い人をガウンとインナーだけで寝させるだなんて」
 まったく、とため息を吐くマクゴナガルは杖を振り、ハリエットを浮かせると大事そうに抱える。そのまま確認も取らずにバスルームに入ると、ドアをしっかりと施錠した。
 あらかじめ彼女の身体に残してしまった痕は全部消しておいてよかった、とほっとするスネイプは脱狼薬の精製を終えてしまおうと、準備し煎じていく。
 ちらりと時計を窺えばもうすぐ朝食の時間。未だ出てこないことにちらりと扉に視線を向けると、タイミングよく扉が開き、すっかり髪を乾かしたハリエットを抱えたマクゴナガルが出てくる。
 そのハリエットの姿に思わずウルフベーンを落としそうになったスネイプは上機嫌で再び寝室に運ぶマクゴナガルの背を見つめた。彼女を寝かせたのだろう、出てきたマクゴナガルは時計を見てそろそろ朝食の時間ですね、と出口へと向かう。

「少し前にハリエットに似合うだろうと思わず購入してしまったのをようやく着せることができました。あぁそうでした。セブルス、あなたの寝る場所が……」
 フフッと笑うマクゴナガルは部屋を見渡して大事なことに気が付いたと両手を合わせる。

「もとよりソファーを簡易寝台に変えて眠ることもあるため、その心配には及ばずといったところですな」
 初めはそのつもりだったのだ、と心の中でつけたすスネイプにマクゴナガルはそうですか、と頷いて……見慣れた顔になり深々と頭を下げる。

「娘の事を……甥の子ヘンリーのことをよろしくお願いいたしますわ」
 きりっとした空気を纏わせるマクゴナガルにスネイプは承知した旨を返した。





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