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28:深夜の訪問者
嵐の中始まったクィディッチの試合。ハリーが大広間から出るところでハーマイオニーに呼び止められ、眼鏡に防水の魔法をかけてもらう。
ありがとうと言うハリーに頑張ってと励ますハーマイオニーはスリザリンのテーブルを見て、親友がいないことを確認し続いて教員席を確認する。今日はスネイプの姿もないことから、彼女に教えてもらった防水魔法のこと、いつお礼を言おうかしら、と城をあとにした。
ハーマイオニーのおかげで視界が良好なハリーだが、大雨と風でスニッチ自体が見つからない。ハッフルパフのキャプテンでもあるシーカーのセドリックはハリーよりがっしりした生徒で、あまりの軽さでフラフラと安定しないハリーとは少し違う。
それがなんだがヘンリーとの練習試合で感じた、実力の差な気がしてハリーはぐっと顔を引き締めた。状況確認のためオリバーに呼ばれたハリーは早く見つけなければと焦る。
不意にすべての音が聞こえ、ハリーはピッチに入ってきたディメンターの群れに目を向けた。
試合に負け、とんでもない高さから落ちたハリーをダンブルドアが助け……。砕けた箒を前にハリーは一人医務室でうなだれる。大事な大事な箒が、暴れ柳に粉砕された上に、またディメンターのせいで気絶してしまったことが悔しくて仕方がない。
眠れないハリーが横になって天井を見上げていると、静かに扉がきしむ音がして、ぺたぺたとスリッパのような音が聞こえる。
「あ、起きてた」
カーテンを開けて顔を覗かせたのは自分と同じ顔で……。
「ハリエット!?どうしてたんだよ今まで!」
椅子を出して座るハリエットに、ハリーは声を上げそうになって慌てて声を小さくする。なんだかヘンリーが石化したあの時よりも痩せている気がして、そっと手を取った。
「あー……ハロウィンの後から体調を崩して、つい最近までずっと寝込んでいたから……。今はもう大丈夫。やっと隙を見て部屋を抜け……出てもいいって許可をもらえたから来たんだ。箒、残念だったね。寝込んでなければなんとしてでも止めに行ったんだけど……」
ごめん、と俯くハリエットに、彼女はこの未来を知っていたのだと気が付いて、ハリーはかっと熱い何かが体を駆け巡るのを感じた。また、また彼女は知っていたのに……。
思わず彼女の手を強く握ると、ハリエットはいたっ、と眉を顰めた。はっとするハリーは慌てて手の力を抜き、ハリエットを見ると、彼女はまるで入院していたという風な簡素なネグリジェのようなものを着ていることに気が付いた。足ももうじき冬だというのに素足な上に寒々しいスリッパを履いている。
「寝込んでいたって……」
「3日間くらい意識なかったみたい。記憶があいまいだから実感はないんだけど……。クィディッチの試合でハリーが落ちたって聞いて。そんなに寝込んでいるつもりじゃなかったからマクゴナガル先生とかにニンバス2000の事伝えられなくて……ごめん」
心配になったハリーがハリエットをそっとのぞき込むと、ハリエットは酷く悲しい顔で、ごめんと繰り返す。そうだった、自分の片割れはすぐ全部背負おうとし、自分が傷ついても構わず助けようとする、他人に向ける優しさが過ぎるのに自分に対してはまるで無頓着な子だった、とそれを思い出した。
クィレルだって、彼女が殺す必要はなかったのに、それなのにわざわざ自分が背負うはずだったそれを自ら背負った。本人はこんなに華奢で、優しいがためにひどく傷つきやすいというのに。
なんでこんな彼女が未来を知ることができるという能力を与えられたのだろう、とハリーは黙ってハリエットを抱き寄せた。ふと、薬のような香りがしてハリーはどこかで似た匂いを嗅いだ気がする、と考える。
どこだったかな、と考えるハリーに気が付いた様子のないハリエットは少しほっとした顔になり……ちらりと入り口に目を向けて思わず固まる。
ハリエットの様子に首をかしげるハリーは、ディメンターのことを思い出し、あのさハリエット、と切り出す。どこか暗い顔をするハリーにハリエットは静かに首を振って、今度はハリエットからハリーを抱きしめる。
「ディメンターがそばに来ると辛いよね。大丈夫。知っているから、無理に口に出さなくてもいいよ。お母さん、必死に守ろうとしてくれたね。ちゃんと私も覚えてる。怖かったね。大丈夫だよ。ハリーはおかしくない。ディメンターは私も嫌いだよ」
大丈夫だから、と言うハリエットに今度はハリーが俯き、黙ってうなずいた。かつて、誰にも相談できず、一人で抱えていたハリエットにハリーの気持ちはよくわかる。だからせめては、と背中を撫でた。
小さく扉を叩く音がして、ハリエットはハリーを離し立ち上がる。
「傍にはいられないけど、いつもハリーのことは気にしているから……。とりあえず、友達は大切にしてね。ロンもハーマイオニーもみんな優しいだけだから。何か困ったことがあったらちゃんと相談してね」
大丈夫だからと笑うハリエットにハリーも笑い返して……改めてハリエットの姿を見直すと眉を顰めた。
「ねぇ、さっき……部屋を抜け出してきたって、君言ってなかった?」
女の子が出歩くにしては寒々しい姿に、うっかり言いかけたことを思い出すハリーにハリエットはあからさまに目を泳がせる。じっと見つめるハリーにえへへと頬を掻く片割れは、再度聞こえる扉を叩く音に先生に怒られてくる、と手を振って足早に扉をくぐる。
じっと耳を澄ませるハリーにハリエットと誰かが話しているのが聞こえるが、相手は声をかなり抑えているのかぼそぼそとした声しか聞こえない。
そもそも先生に怒られてくるというのはどういうことか。ハリーは気になってそっとベッドを降り、扉の傍で聞き耳を立てる。静かな廊下でハリエットの誤魔化す様な声が聞こえる。
「ハリーが心配だったから……。それに、先生疲れて寝てたし」
「言い訳はあとで聞こう」
「え?」
「寒々しい」
「でも先生が寒……あ、あ、ちょっとっちょっと待って歩ける、歩ける!」
「静かにしたまえ。また階段を飛び降りて走り去っていっては困る」
二人のやりとりのあと、こつこつという規則正しい足音だけが聞こえ、やがて静寂に包まれる。
だがそんなことはどうでもよく、ハリーは目を点にしてしばらく聞き耳を立てる姿勢で固まっていた。そうだ、ハリエットから漂った匂いは魔法薬学の教室に染み付いた魔法薬の匂い。
ということはハリエットがどこにいるかと言うと……。そういうことになるのか。
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