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21:タールに溶けた色

 疲れ切ったヘンリーを運んだスネイプは道中眠ってしまった恋人を寝室に横たえた。サイドテーブルに箒を立てかけ、着ていたユニフォームを脱がせる。
 タオルケットをかけて顔にかかる髪をかき上げた。彼はとても楽しそうにハリーと競い合っていた。飛びなれているはずのハリーよりも慣れた様子で箒を操るヘンリーは選手でないことが惜しい。
 額に口付けたところで、ノックの音が聞こえてスネイプは寝室を出て施錠する。ついでに彼の安眠を妨げないよう、彼の存在が訪問者にばれないよう、内外への防音をして誰だ、と声をかけた。

「僕だよ、リーマス=ルーピンだ」
 聞こえてきたのは先ほど観戦していた一人であり、スネイプにとってはあまり関わり合いたくない、互いを知る男だ。追い返そうかと思うが、ボガートでヘンリーが気絶した際の話を様々な要因でしていなかったことをそういえばと思い出し、スネイプは扉を開けた。


「うわぁ、如何にも君らしい部屋だね……。あぁこれが脱狼薬か。丁度ゴブレットを返そうと思っていた矢先にハリーに会ってね、それで観戦していたんだ」
 ついでだから薬ももらっていいかい?というルーピンに顔をしかめたスネイプは差し出されたゴブレットを受け取るとそこに規定の量の薬を注ぐ。受け取ったルーピンは本当にひどい味だ、と眉間にしわを寄せて一気に飲み干した。空になったゴブレットを杖で綺麗にするとスネイプへと返す。

「文句があるのであれば自分で作ることだな」
「さすがにそれはできないよ。本当にここにセブルス、君がいて助かったよ。君の仕事が増えたことには申し訳ないと思うけど……」
 薬が存在するだけで他には望まない、と首を振るルーピンは用が済んだら帰れと言われるかと思ったのに、と何も言わないスネイプをじっと見る。

「以前、我が寮のヘンリー=マクゴナガルが気絶したときの話だが……」
 そう切り出したスネイプに先ほど疲れ切った様子のヘンリーを抱きかかえて運ぶ姿を思い出し、ルーピンは意味ありげに笑う。
 これだからこの男は苦手だ、とため息を吐くスネイプにいやぁごめんごめんと手を振って、急に涙をこぼした少年を思い浮かべた。

「彼がボガートに対面したとき、ボガートはスズランの花になったんだ。しかもそれが黒い炎に包まれて燃えていく、そんなものだ。彼は冷静にリディクラスと唱えたけど、それが白い純白の百合になると彼はとても悲しそうに哂っていた」
 その様子が不思議で、それでどこか心あらずと言った様子で最後まで残っていたヘンリーに尋ねたのだという。だが、彼は声をかけたのが自分であることに気が付いたかと思うと、どこか遠くを見るような顔をして、そのまま涙を流し始めたのだと。

「彼自身なんで泣いているかわかってない風でね。ただ、彼の髪の色のせいかな。彼女に……リリーにとても似ていたんだ」
 だから、どうしていいか困っていたところに君が来た、そう告げるルーピンにスネイプは考える様に腕を組む。
 
 もしかして目の前の男に何か不吉なことが起きる未来を見て、それで涙をこぼしたというのか。ルーピンはボガートが原因かと考えているようだったが、それもまたおかしい。
 可憐な花だが毒を持つスズラン。だが、暗い森などにおいては魔法界のスズランは花がほのかに発光するため、旅人らにとっては目印にもなる。
 それにその花は魔法薬の材料にもなり、スネイプとしてはそれなりに使い勝手のある植物だった。記憶にある限りで彼の……彼女の周辺でスズランの中毒になったものの話はリリーからも聞いていない。
 だから、スズランはそのものではなく“象徴”なのだ。リリー・オブ・ザ・バレー。谷間の百合。リディクラスで百合になったのはそのことに起因するのか、それとも偶然ではなくリリー(母)を象徴するのか。

 黙って思考の波に身を任せるスネイプを見ていたルーピンは、就任あいさつの際聞いた話を考えていた。久々に会う知人、スネイプはどんな教員か。
 自分が知っているのは彼が闇の魔術にどっぷりとつかって、リリーと決別し闇に向かって歩いていたそんな彼だ。終局面で彼がこちらに寝返ったことを聞いてはいたが、真偽を確かめに会うことはなかった。
 スリザリンの寮監をしていることと、スリザリンびいきであること。自寮以外からは恐れられていることと、成績にはシビアであること。
 嫌味が多いことと聞いた時には学生のころから変わらなさに思わず呆れていると最近は少し変わってきていると、ダンブルドアは言っていた。見てみればわかると言っていたが、それが赤毛の彼の存在であることはすぐに分かった。彼に接する時だけ知人の態度は変わるのだ。

 恩師であるマクゴナガル教授の甥の子。薬を常用しているため、夜間は就寝時間が早いことと、その関係でスネイプの個人授業を受けているという。
 亡き親友を彷彿とさせるヘーゼルの瞳と、その親友の妻であり友人の女性のような髪。ハリーと言う彼らの一人息子がいなければ彼をその子供と錯覚してしまいそうなほど似ている不思議な生徒だ。
 それに今日見たクィディッチ。彼はハリーと同じように、ハリーよりも洗練された動きで飛び回っていた。その姿が、どこかジェームズを思い出させて……。

「セブルス、君はずいぶんと彼を、ヘンリーを気に入っているんだね。それは……彼がリリーの色を持っているからかな」
 静かに切り出せば、スネイプは心外だとばかりに眉を寄せ……何か思い当たったのか俯く。いくら彼がリリーを好いていたとはいえ、自らその関係を切ってしまったのだ。
 彼がいまだに彼女を思っていることなどありえないが、気絶した時も、先ほどの時も……めったに人を寄せ付けなかった彼が率先して彼を助けていることが不可解で、ルーピンはじっとスネイプを見つめた。

「エバンズと彼は違う。確かに、彼の髪は似ているが本質はまるで違う。彼は彼でしかない」
 きっぱりと言い放つスネイプをルーピンは少し疑わしげに見て、そこまで言うならわかったよ、と引き下がった。時計を見て、長居してしまったみたいだね、というと薬の礼を述べてからルーピンは部屋を出て行った。

「なんか……もう一人いそうな気配だったけど気のせいかな」
 忍び地図があればわかるのに、とため息をつき、首を振って週明けの授業の準備を始める。


 ルーピンが去った後、スネイプはじっと立っていた。彼女は……ハリエットはハリエットだ。確かに、彼女の瞳をリリーに錯覚したことは何度かある。
 笑った顔も、寝顔も、彼女を思わせるものがあり、重ねることもある。だが彼女は……ハリエットの瞳はスフェーンだ。リリーの意志の強いグリーンダイヤモンドではない。
 彼女が愛おしい。コロコロ表情を変え、笑う彼女が。そう思ってあの笑みを思い浮かべようとしたスネイプはハリエットとヘンリーと……リリーの顔が重なって、揺らいでいることに唇を引き締めた。
 彼女が、彼女が好きなのだ。

 だが、彼女とは、いったい誰のことを示すのだ、とスネイプは寝室の扉を開けた。まだ眠っている少年の髪を撫で……自分は本当に彼を代用としてみていないだろうか、と長年閉ざしていた自分の心に問いかける。彼女が欲しい。
彼女が、
彼女が、
彼女が、
 
彼女とは誰の事だろう
タールのように煮え詰まった想いに溶け込んだ色は、果たして誰の色なのだろうか




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