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19:ヘアケア

 どこかいら立った様子のスネイプに首をかしげるヘンリーは夕食をとるとすぐにスネイプの私室へと向かった。いつも通り口づけを交わし、抱きしめられるヘンリーはそうだ、と拡張しているポケットから取り寄せたシャンプーを取り出した。

「先生、この前魔法薬が髪についていたの、スコージファイで消しただけで放っておいていたから」
 気になっていて、と悪意も何もない綺麗な眼でスネイプを見上げる。まさにそのことで呼び出したのだが、と視線を逸らすスネイプに何を思ったのかヘンリーは先生もヘアケアしましょうという。
 あまりにもきらきらした目で見てくるヘンリーにマルフォイのことで嫉妬していたスネイプはもしやと視線を戻した。

「ドラコの髪を君が洗ったというのは……」
「はい。片手じゃ大変そうだったのと、人の髪を洗うのってどんな感じかなってちょっと試したくて。あ、そうだ。先生の髪、僕が洗っていいですか?」
 彼の優しさ故の行動であることと、好奇心と……スネイプの髪に触れる前にという探求心に嫉妬していた自分がバカらしくて、スネイプは深々とため息を零した。それよりもヘンリーの言葉に心が揺れる。すっと目を細め、では頼むとしよう、と口角を上げた。

 バスルームに行き、スネイプが服を脱ぐとヘンリーは顔を赤くして慌てて背を向ける。そういえばいつもヘンリーことハリエットは一糸まとわぬ姿にしてはいたが、自身が脱ぐことは最小限で済ませていたな、とスネイプは思わずニヤリと笑う。
 一緒にシャワーを浴びることもあるが、その時は彼女は気絶しているか、後ろから支えているかでスネイプの身体を見る機会はほぼない。前に裸のままソファーに組み伏せていた時もあったが、脱いでいく工程を見せてはおらず、これから肌を晒すということに恥じらっている風だ。

「ヘンリー、君も脱がなければ濡れると思うのだが」
 楽し気なスネイプに自分から脱いでいなかったヘンリーは赤い顔のまま振り返り、インナーを残して制服を脱いだ。
 白い背中を見ていたスネイプははっとして、杖を振って左腕に布を巻き付ける。彼女にこの印を見せるわけにはいかない。
 腰にタオルを巻いたヘンリーだが、少し考えてから杖を振ってタオルを大きくすると胸元から全身を隠すように巻き直す。そのしぐさが恋人を刺激しているなど、彼女はきっと気が付いていないだろうし、スネイプとしてもそれを自覚して隠されるのは、と考えて指摘することは今後もするつもりはない。
 生徒と違ってバスタブがあることと、ヘンリーの身長から湯を張ったバスタブにスネイプが体を沈めて仰向きに首を出す。

「何かあったらすぐ言ってくださいね」
 シャワーでスネイプの髪を濡らし、手に取ったシャンプーを軽く泡立ててから顔につかないようスネイプの髪につけて洗っていく。
 少しぬめりの強いシャンプーに驚いたヘンリーだが、特に手に害はない様なのと、少し絡んでいたスネイプの髪の指通りがよくなったことに嬉しくなって自分の髪以上に丁寧に扱う。
 少し癖のある匂いだが、このあとつけるコンディショナーでどうにかなるだろう、と洗い残しがないか確認してシャワーで流していく。

 さすがに首が疲れたスネイプだが、ちょっと待ってくださいと言うヘンリーに仕方なく従い、じっとヘンリーを見つめた。あ、と何かに気が付いたらしいヘンリーがスネイプの頭を持ち上げると、首の後ろにクッション魔法を無言呪文で唱え、バツが悪そうに笑った。
 かつて、吹き抜けから飛び降りて行った際もこれを使ったのか、と本来であればまだ教えられていない呪文を無言で使うヘンリーにスネイプは彼女の実力が歳相応ではないと考えていた。
 思い返せば彼女は一年生のころからものを引っ張るアクシオではない、人を引っ張るカーペ・レトラクタムと思われる呪文を使って自分を助けていた。そもそも、クィレルを殺すためにはあの禁じられた魔法を使う必要があることからも、彼女の実力は大人とほぼ同じだ。

 清涼感のある香りに思考から意識を戻すスネイプは楽し気なヘンリーを見つめ、洗い流す手を意識する。ぎゅっと髪に負担をかけないようにしつつ絞るヘンリーは自分を見つめるスネイプを見て、終わりました、と額に口づけた。

「最初からクッション魔法唱えておくべきでしたね。ごめんなさい」
 体を起こすスネイプに苦笑するヘンリーはぐっと引っ張られたことで足を滑らせてバスタブに落ちる。咽こんでいると、アナプニオを無言呪文で使ったらしいスネイプに何するんですか、と顔を上げ、深く口付けられた。
 着ていたインナーも下着も濡れて、解けたタオルから透けた肌があらわになる。その光景が恋人の最後の壁を破壊し……お返しに洗ってあげよう、と唇を触れたまま囁くスネイプにヘンリーは顔を赤らめ、甘い声を上げることとなった。
 

乾燥呪文で髪を乾かそうとするスネイプを、抱きかかえられたヘンリーがちょっと待ってと声をかける。腰が抜けているヘンリーの首筋にはいくつも赤い痕があり、少しのぼせた肌は赤く色づいている。どうした、と唇を重ねながら問いかけると、ヘンリーの身体がピクンと動く。

「髪乾かすの、ちょっとやりたいことがあるんです」
 だからやらせて、というヘンリーにスネイプは頷き、ヘンリーの好きなようにさせる。バスローブを着たスネイプを座らせ、いつの間に用意されたのか、スネイプから渡されたヘンリー用のバスローブを羽織って杖を手にした。
 温かな風で乾かし、乾いたところで冷たい風に変える。

「ハーマイオニーに教えてもらったんです。ヘアケアにはこうして暖かい風と冷たい風を使い分けたほうがいいって」
 いつか彼女が泊まった時に、と早いかもしれないと思いつつ用意したヘンリーのバスローブ。それを着るヘンリーに、やはり大きめのサイズでよかったと、ぶかぶかのバスローブを身にまとうヘンリーにスネイプは減欲剤を飲むべきだったな、と考える。

 自分の髪に触れる細い指が少しくすぐったく感じ、じっと様子をうかがう。ハイ終わりです、と後ろから周ってきた時にはハリエットに戻ってしまっていたが、本人は気が付いていないのか、やっぱり先生の髪はしっとり系だ、と満足そうに笑っている。
 ちゃんと前を閉めていないせいで見える胸元に、スネイプは慌てて目をそらす。思春期じゃあるまいし、大体何度も見ているというのに何を焦る必要がある、と冷静な自分がいる一方、無防備な彼女に怒りすらこみあげてくる。
 あれ?と首をかしげるハリエットはいつもどおり自分の失態に気が付いたらしく、慌てて前を閉じる。

「我輩の前以外ではしっかりして欲しいものですな」
 わざと教室で注意するような口調で言うスネイプにハリエットは絶対にしない、と口を尖らせた。そこであれ?と首をかしげる。スネイプの前以外と言うことは……。

「私の前では気は張らずにいつも通り自然体でいたまえ」
 今のように、とハリエットを抱き寄せ、閉じた胸元を開いて赤い印をまだ浅い谷間に刻む。顔を真っ赤にするハリエットにインターバル時間は3時間だったか、と考え……緊急用の薬は使わず抱き上げて寝室へと連れて行く。
 着ていたバスローブを乾かし、早朝帰りたまえ、と言って抱きかかえたまま横になった。

「せっ、先生、校則……」
「先ほどから破るようなことをしているのだが?」
 とってつけたように慌てるハリエットにスネイプは今更、と笑って額に口づける。明日は休日。彼女の片割れらがやったボガートの不愉快極まる話と、今朝聞いたマルフォイの事……。
 本来ならここで抱いても……と考えるがそれは今後のお楽しみにしておこう、とバスタイムで消耗したハリエットの体を気遣う。顔を赤らめたまま、観念したのか小さくおやすみなさい、という声に口角を上げ、おやすみハリエット、と返した。

「返事が返ってくるのうれしい」
 ふふふ、と笑うハリエットにもしや毎晩写真に向かって言っているのでは、と軽く嫉妬し……疲れていたのか聞こえてきた寝息に抱えなおす。
 こてんと眠った姿に懐かしい記憶がよみがえって、どきりと鼓動が跳ね上がる。

 人目を避けるようにして一人図書室の奥の席で課題に取り組んでいるところにきた彼女。一緒にやりましょうと言ったくせに夜通し部屋の子と話していたと笑った彼女が転寝して……。
 触れられなかったし、横目で見るしかできなかった、あの一時の時間。すぐに目を覚まして、やだ寝ていたの、と笑った……彼女。寝るならさっさと寮に帰ればとそっけなく言ったあの記憶。
 ヘンリーの時よりも色が違うハリエットのほうがより彼女を思い出させて、スネイプはばかばかしい、と飲み込みハリエットを抱きしめる。
 こんな思いはまっすぐに自分を見つめてくれるハリエットに失礼だ、と。恥じるように目を閉じた。




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