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17:心の恐怖の形

 闇の魔術に対する防衛術の授業ではボガートに関するもので、ハリエットはみんなのが様々変わるのを見て、今の自分が怖いと思うのは何だろうか、と糸の絡まったマリオネットの前に進み出た。
 いま怖いと思うのは…。そう思って対峙すると、それはスズランの花に姿を変えた。9つある花が黒く燃え上がる様子にそれもそうか、とため息をついてリディクラス、と唱える。美しい白い百合が現れ、ヘンリーは場所を次の人に譲った。

 スズラン。それはヘンリーの呪いの形だ。9つの花は許されている数。それが燃え上がるというのは消えるということ。確かに、とても怖いことだ、と誰も見ていないところで小さく哂う。それにしてもリディクラスで姿を変えた先が“母”だなんて、何も考えていなかったとはいえ胸にツキリとした痛みが走る。

 リリー・オブ・ザ・バレー。谷間の百合と呼ばれるスズランは百合ではない。
 美しい純白のリリーではない毒を保有するスズラン。
 リリー(母)ではないヘンリー(娘)。

 リディクラスと唱えたが、どちらかと言うと未来に対する恐怖から、スネイプの求める人ではないということからいつか……彼がそのことに覚めてしまうのではないかという恐怖にすり替わっただけで、恐怖は薄らいでいない。なんとなく一人になりたくて、丁度次の授業が休講だったこともあり最後のほうまで残っていた。

「ミスター・マクゴナガルだったね。君のボガートは不思議なものに変わるんだね」
 もう最後の一人と言う時に声をかけられ、ヘンリーはその声の主、ルーピンを見た。無意識に避けていたがために、この時初めてヘンリーはルーピンと近くで顔を合わせた。
 父達の親友。狼人間ではあったけど、やさしくて……。結婚したとき幸せそうだった。テディが生まれた時、このまま幸せが続くものだと、そう信じていた。
 驚いた様子のルーピンを前にヘンリーは何が起きたのか、と戸惑い、気が付かないうちに流れていた涙に自分で驚く。

「あぁすまない。君にとっては何かの象徴だったんだね。無神経なことを聞いてしまったみたいだ。なんでだろうな。君が知り合いの女性に似ている気がしてそう泣かれると弱いなぁ……」
 心底困った風のルーピンにヘンリーは流れる涙を止めようと、目元を強くこすった。ここで泣いている場合ではない。
 そう思うのに、懐いてくれたテディを未来に残してしまったことを思い出し、後継人になった自分すら彼から離れてしまったのだと自分が死んだことの後悔が重くのしかかる。そこにノックの音が聞こえ、困ったルーピンが顔を上げる。
 そこにはゴブレットを持ったスネイプが立っており、背を向け俯くヘンリーをじっと見つめていた。

「あぁセブルス、薬をありがとう。ボガートの授業だったんだけど、その……」
「早く薬を飲みたまえ。……ヘンリー!」
 煙の出ているゴブレットをルーピンに渡したスネイプはちらりと、涙を拭おうとするヘンリーを見て、不意に糸が切れたように倒れそうになったヘンリーを抱き留める。
 驚いた様子のルーピンをしり目に、ヘンリー?と声をかけるも意識がないのか反応はない。ただ、真っ赤になった目じりからはまだ涙がこぼれていて、スネイプは小さくため息を零した。
 おそらくは何かが彼女の心のキャパシティーを超えたのだろう。極限まで感情が高ぶったところに自分が来て、彼女は力が抜けてしまったのだ。

「あとで詳細は聞く。ヘンリーはこのまま連れて行く故、ルーピン、ゴブレットはあとで返却するように」
 そう言ってスネイプはヘンリーを横抱きに抱える。荷物を浮かせるとまだ驚いた様子のルーピンを置いてスネイプは自室へと戻っていった。
 
 
 幸いなことに人にも幽霊にも会わずに戻ってきたスネイプはヘンリーを寝台に横たえる。食べなさいと再三言ってはいるものの、彼女は相変わらず軽くて、頼りないほどに細い。
 魔法薬を呼び寄せ、赤くなった目じりに塗り込むとあっという間にそれは消えて、ただ涙だけが残る。それを拭ってからスネイプは黙ってヘンリーの唇に重ねるだけの口づけを落とした。
 ルーピンに関して何か見えているのか。そもそも彼が狼人間だということを彼女は知っているのか。彼女にとってルーピンがどうかかわってくるのか。
 
 聞きたいことはたくさんあるがどれも彼女の命を削る行為になる可能性がある。マクゴナガルやダンブルドアはある程度見極めているようだが、スネイプにはまだそれが分からない。
 無理に聞いてもよくないというのと、彼女がうっかり口に出してしまうことを考えてしまうとこのことについて深く追求する気も起きない。彼女の心に平穏が訪れることを祈る様に額に口づけを落とし、スネイプは他の学年の授業のため鐘が鳴る前に部屋を出た。


 スネイプが部屋を出て、鐘の音が遠くで聞こえるとその音にヘンリーは目を覚まし、どこだろうかときょろきょろとあたりを見回す。
 テディのことがあったからか、心が悲しみと後悔でいっぱいになり、スネイプを見た瞬間それがはじけて気絶したのだと、それを思い出すヘンリーはため息を零した。部屋の主もいないし、薄明りしかない部屋はよく見えない。それでもこの部屋を満たす大好きな匂いにここが誰の部屋かなど考える間もなかった。

 スズランの……呪いの形を見たことで少し感情的になっていたのかもしれない、と起き上がろうとして、スネイプがいつも使っているであろう枕を抱きしめる。
 めんどくさいのか、魔法薬の精製過程で気化した薬が髪についていてもざっくりしか洗わず、スコージファイで済ませることもあるスネイプの髪は彼の匂いよりも魔法薬の残り香のほうが強いときもある。もっと身なりを整えるといいのに、と笑うヘンリーは自分の髪を手に取って少し考える。

 男子シャワー室には備え付けのシャンプーなどがあるが、ヘンリーの髪には合わないため、匂いの少ないシャンプーを独自に持ち込んで使っていた。
 以前はまったく気にしていなかったが、髪を伸ばすときちんと手入れしなければ絡んだり傷んだりするために、必然的に手入れ方法を学んでいる。髪を短くするとどうしてもハリーと印象がかぶってしまいそうで、ハリエットはそれを避けるためにも伸ばしている。

「今度……先生の髪に合いそうなシャンプー買ってみようかな」
 きっとあるはずだ。魔法薬の精製を生業とする魔女に向けた、それ専用のシャンプーが。いいかも、と一人笑うと自分の赤い髪を見つめた。もし、もしヘンリーが黒い髪だったのならば父によく似たヘーゼルの瞳もあることできっとスネイプは自分を見向きもしなかっただろう。
 母のおかげで、彼の気まぐれかもしれないが今付き合うことができている。何をしても越えられないのだから。きゅっと唇をかみしめるヘンリーは部屋を出ようと扉に手をかけ……。

「あれ?」
 がちゃっと音はなるものの開く様子はない。ん?と疑問符が浮かぶヘンリーは顔を赤らめて、杖を探すが手元にない。やむをえず無言呪文でアロホモラを唱えるが今度はほんの少し扉が開いただけでそれ以上開かない。
 まさかの2段構えにどうにか扉の前にあるソファーを動かしたいが、下手に見えないながらに移動させて部屋を荒らしたくもない。今日の授業はもうないが、寝室に閉じ込められるとは想定しておらず、顔が赤らむのを自覚して去年のマルフォイの言葉を思い出した。

「まさか本当に軟禁するなんて」
 なんで?と首をかしげることばかりだが、仕方ない。このまま寝てしまおう、とローブと靴を脱ぎ、眼鏡をはずしてシーツに潜り込む。なんだか寂しい気がして、枕を抱きしめて目を閉じた。まるでスネイプを胸に抱きかかえているような気がして、そのまま眠りに落ちていく。

 授業が少し早く終わり、提出物をもって部屋に戻ってきたスネイプは鍵が開いたものの、そのあとが脱出できなかったらしい寝室を開け、くぅくぅと無防備に眠るヘンリーに軽くため息を吐いた。





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