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13:長くて短い休日の終わり

 箒で塔の上に上ったハリエットはどこか落ち着かない様子で腰を下ろす。ハーマイオニーから誕生日にと贈られたリップがまだ慣れない。
 塗り方が雑だったのか、スネイプに直され、恥ずかしかったがやはりうれしかった。ふと、このままスネイプ好む……彼の理想を追って行ってもいいのではないか。そんな馬鹿な発想にさえ陥ったが、それはさすがに嫌で、ハリエットは膝を抱えた。

 スネイプが誕生日にくれたのはスフェーンと言う緑色の宝石だ。加工も何もされていないそのままの原石。なんとなく……なんとなくこれは母リリーの眼ではなく自分のことかもしれない、と原石を握り締めた。
 未熟で、荒々しくて……磨くことで如何様にもなる……そんなメッセージなのかもしれない、とハリエットはため息をつく。本で磨けばダイヤモンドにも匹敵する輝きを放つという宝石だということを知った。
 スネイプは母への一途な愛を胸に戦いを潜り抜けた。そんなスネイプが自分を愛することなどありえない。
 
 ではなぜ……。
 母リリーの代わりで、手が届くからその腕に抱き込んでくれたのか。真意がわからない、とハリエットは首を振る。期待して……それが外れたら立ち直れない気がして、ハリエットは目を伏せ考える。

 それと、とハリエットはきっとこの先もどんなことがあってもこの記憶だけは色あせることなく覚えているだろう、とスネイプの最期を思い浮かべた。
 迸る鮮血と、光を失う瞳。内気な少年の淡い恋と、自ら枯らせたライラックの花。自ら招いた永遠の別れと、絶望。
 なんとしてでも彼を助けたい。なのにあの鮮血を止めるすべを、光を失う瞳に灯をともす方法を、まだ見つけていない。
 もし見つけたそれが準備期間の長いものであったら、もし彼を助けるために必要なスキルが自分になりなかったら。
 他は……どうすれば回避できるかは漠然とだがわかっているというのに、最愛のスネイプだけが分からない。ドビーも難易度は高いが……同じ場所にいられるようにすればいい話で、いっそのことハリー達とともに旅をすればいい話だ。
 だけれども、ヴォルデモートの油断を招くための彼の死だけは……回避することもできない。どうすればいいのか……。

 それに、今年は本当に何も危険なことはないのだが、一つだけ気がかりなことがあった。それは自分自身の弱い精神面だ。
 父の親友達はみな死んだ。
 裏切り者のピーターでさえ死んだ。
 リーマスの死は直接見た訳ではないが、彼が物言わぬ躯になったのを見て、虚無感を覚えたのは覚えている。
 最期に自分をジェームズと呼んだシリウスに衝撃を受け、両面鏡を知らなかった自分が腹立たしかった。
 そして極めつけにスネイプの死だ。

 これから先出会う人々が死ぬ未来を知っているだけに、心を強く保っていられるか……それが不安で仕方がない。
 
 大戦後、ナイトバスは来なくなった。バスが壊れたからという話を聞いて、あぁ、だから彼は操られていたのに、その相棒は姿が無かったのか、とハリーと本当にわずか言葉を交わしただけの二人を想う。
 出会った大人はたくさん死んだ。正直怖くて仕方がない。自分を守るためには自分で戦わねばならないために。そして、自分が助けたい人を助けたがために誰か別の人が犠牲になるかもしれないと思うと、その運命に対する責任が重くのしかかる。

 深々とため息をつき、箒に乗って上空を飛ぶと眼下に黒い影を見つけて、そのすぐ後ろに降り立つ。
「やはりあれの片割れだな。とても安定している」
 かたくなにハリーと呼ばないスネイプにハリエットは笑って、“体の弱いヘンリー”でスリザリンは残念でした、と言う。
 確かに残念だが、と口角を上げるスネイプはハリエットを抱き寄せた。

「君と過ごす休日の時間をたくさん取ることができる」
「でもヘンリーのままかもしれないですよ?」
 熱っぽい視線を向けられ、顔を赤らめるハリエットは素顔じゃないかもと言うとスネイプはくつくつと笑いだす。
「最初に手を出した時はどの姿だったかね?」
 どちらでもハリエット=ポッターであることは明白なのだから、と言うスネイプにハリエットは顔を赤くして、唇を尖らせ……楽し気に笑った。





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