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10:ハリエットという予見者
スネイプとともに部屋に戻ったハリエットを、マクゴナガルが迎えて応接間に、と移動する。ハリエット自身、前回も今回も足を踏み入れたことのない応接間に入ればすでにダンブルドアがいて、意味ありげにスネイプとハリエットに微笑みを向けた。
「さて話じゃが……。どこから話すべきか」
座りなさい、と小さな真四角のローテーブルをはさんで4人がそれぞれの椅子に座るようダンブルドアが促し、ハリエットはダンブルドアとマクゴナガルの間、スネイプの正面に座る。
「彼女はハリエット=ポッターというのは聞いての通りじゃろう。わしは知り合いの予言者から……あぁ塔にいる彼女ではなく古くからの知り合いじゃ。近く予見者が……この世に生まれるとそういっておったのじゃ。おそらく力を持つものはほとんどが予見者が生まれることを“知っている”と。強大な運命の星を背負うものの影として生まれるとな。丁度……ある予言からハリーこそがその星を背負うものではないか……。そう考え、生まれたという連絡の下すぐにゴドリック谷へと向かったのじゃ」
そう切り出したダンブルドアが予言と言った瞬間、スネイプの鋭い目がダンブルドアを見つめる。マクゴナガルもそこについては詳しくは聞いていないが、予言というものが厄介な代物であることを知っているがために、口を閉ざす。
「そして彼女を見た瞬間、彼女こそがその影となる予見者であることをわしは知ったのじゃ。ヴォルデモートがジェームズら二人を狙っていることもあり、すぐにミネルバに彼女を育てるよう、そう願い、それから今日に至るまでハリエットはこの城の中育ってきた」
マクゴナガルを見るハリエットに母は微笑み、ハリエットの伸ばした手を握り返す。義務でも命令でもなく、マクゴナガルは愛をもって育ててくれた。そのことが嬉しくて、ハリエットも笑い返す。
「彼女には不自由な生活を強いた……。じゃが、ハリーと違って彼女には守りの力はかかっておらん。それゆえに彼女を守るためにはこの堅牢な城が必要不可欠じゃったのじゃ」
マクゴナガルが自分を猫に変えたりしない限りずっとこの部屋にいた。毎日毎日、窓から庭を見つめていた幼い頃。
記憶が戻る前からきちんと言いつけを守り、日の光の下楽しそうな生徒をじっと見つめ……正直少しうらやましかった日々。記憶が戻ってからはその理由もはっきりわかって、目くらましを覚えるまで呪文の練習ばかりしていた。
当時を思い出し、目を伏せるハリエットの繋いだ手をマクゴナガルが優しく握り、そっと手の甲を撫でる。
「セブルス、ハリエットの予見者の力についてどこまで知っておる?」
問いかけられたスネイプは仲のいい親子の様子から視線を外し、少し考える。彼女とハリーの話を盗み聞いたことと、本で知ったこと……それをより合わせるがまだわからないことだらけだ。
「以前ポッターと……彼女の片割れとの会話で未来を話した場合ペナルティがあると、そう聞いているぐらいです」
どこまで彼女は未来を見ているのか。変えるというのはどういうことか。いくつか購入した占い学の本にも詳しい記載はなかった。彼女の言うペナルティの話などどこにもない。おそらくは意図的に伏せられ隠されて何かがあるのだろう。
よもや予言者などそういった力を持つものが“存在を感知する”ほど予見者は特別なのか。それほど強い力を持った存在なのか……それすらわからない。
おそらく……教師でさえやすやすと閲覧できないあの本棚にある古い本には答えが載っている気がして、9月からそこを調べようと考えているスネイプに、ダンブルドアはマクゴナガルに視線を送る。
「彼女の見える未来は小さいものから大きなものまでさまざまで、彼女の意志で見えるわけではない。小さなものであれば彼女の干渉も可能ではあるがじゃが、そこに人の生死が関わる事や、この世に流れる大きな運命という大河に触れることで未来が大きく変える……。そういった、大いなる何かの力に違反した場合、彼女は文字通り命を削られてしまうのじゃ」
予見者が何かしらのきっかけで未来を見ることができるのとは異なり、ハリエットの場合は“未来を見ている未来からの転生者”であるために、彼女が知る歴史は彼女の記憶に刻み込まれている。
だが、それを悪用すれば彼女の命の危機になることと、未来が大きく変わり、全く異なる展開になる事さえある。それゆえに、逆行して転生してきた彼女のような人の本来の力を隠すため、どこで誰が襲われる、などのあいまいな情報を“見た”予見者と同じ呼び方にしているのだった。
スネイプもまた、その名称で足止めされ、彼女の本来の名前も正体も気が付いた様子はない。ただ、彼女の命が削られるということに目を見開き、ハリエットを見つめた。
「一年生の時、ハリーがクィレルを……不可抗力とはいえ守りの力をもって殺す未来が見えました。母さんの残した力でそんなことさせたくないから……だから私が代わりに。クィレルが死に、ヴォルデモートの残骸の様な魂が解放される未来は変わらなかったから、だからこの件に関しては何もペナルティは起きていません」
自分が関わる運命について、もしかしたら心配しているかもしれない、とハリエットがあの日の真実をスネイプに伝える。そうだ、この手は人を……俯いて両手を見つめるハリエットだが、急に伸ばされた手に掴まれて、顔を上げた。
「辛い思いをさせたな……」
言ってくれれば自分が殺したというのに、と言うそんな声なき声を聴いた気がして、ハリエットはその手を握り返す。
立ち上がってローテーブル越しにハリエットの手を掴んだスネイプにダンブルドアは微笑まし気に笑い、マクゴナガルは肩を竦めて見せる。はっとなってすぐに椅子に座るスネイプに、ハリエットが笑い嬉しそうに頬を染めた。
「昨年度の解毒に関してもそう言った未来が見えたというわけだな」
そう解釈するスネイプに、そういえばという目でマクゴナガルがハリエットを見る。一瞬何のことかわからなかったハリエットだが、スネイプが誤解していることに気が付き、その誤解を利用するように頷いた。
もとより次は別のことを学ばねばならず、解毒については一旦保留となっているためその誤解は渡りに船だ。
そう考えて、今の夏が穏やか……今後を踏まえると穏やかな最後の夏だ、と思い出す。来年もまだましだが、キャンプ場の騒動がある。
「そうじゃハリエット。呪いに抵触しなければという範囲じゃが……今年こそはミネルバを、君の母を心配させることは君には起きない……そう考えてもいいじゃろうか」
未来の話を聞かないというダンブルドアだったが、そう切り出されてハリエットは少し考える。ディメンターが自分にどう作用するかが不安だが危険な生物はそれ以外には……。
「スネイプ先生が一年間、すごく大変……なこと以外はなんとも」
脱狼薬とホグズミードに無断で出る彼と校内を歩き太った婦人の絵を壊すおじさんと、馬鹿なことに挑発して腕を怪我したマルフォイとその関係できっとルシウスもやりとりしただろう。
……精神的にもきつそうな一年だったからきっと叫び屋敷で爆発したのかもしれない、といまさらながら考え目をそらして頬を掻く。曖昧かつ、対象が明確なハリエットの言葉にマクゴナガルが横を向いて笑い、ダンブルドアもそうかそうか、と笑う。
言われたスネイプは眉間にしわを寄せて、人のよさそうな顔で油断ならない男を思い浮かべて思わず舌打ちをした。それを見ていたハリエットは先生、リーマス苦手だよねとくすくすと笑う。
かつての、これから起こす“自分”の所業は上げたらきりが無いうえ、結果的には問題はなかった。そう、結果良ければOKだ。
昨年のこともあり、またこの子……いやハリー=ポッターは騒動に巻き込まれるのだろうと、そう予感するマクゴナガルはため息をつき、ハリエットを見る。
「あぁ、母さん、大丈夫、本当に大丈夫だから。今年はあー……得体のしれない危険な生物が徘徊することはないし、生徒が拉致されることも、まったくないから……私がうっかりしなければ本当に危険なことは私には起きないから!」
じっと見つめる母の眼に心配をかけたハリエットはぶんぶんと首を振って、手を握る。そのうっかりが一番の問題なのですが、と言いたいのを堪えるマクゴナガルは娘の口元に指を当て、それ以上は危険ですよ、と閉ざさせる。
慌てて口を閉ざすハリエットに、命の危機をこの子はわかっているのか、と心配になるスネイプはできるだけ……魔法薬を煎じている間でも、彼女に予定も何もなければだが、傍にいるようにさせて目を離さないようにしなければ、と考える。
こんな危険があるということをダンブルドアが言いたかったのか……。わざと彼女に今年のことを尋ねただろうダンブルドアをスネイプはちらりと見た。
スネイプの推測通りなのか小さくうなずくダンブルドアにスネイプは軽く額に手を当てる。余計なことを言って墓穴を掘るハリーもそうだが、この双子は本当に、とため息が出そうになって、ハリエットを見つめた。
彼女の持つ優しさが今後厄介なことを引き起こしそうで……その優しい彼女が好きだという感情に口角が上がりそうになって顎を撫でることでごまかす。
そんなスネイプをダンブルドアがそっと見守り、母親に似つつもそうではないハリエットに目を移す。彼女のやさしさが……とても危険な、そんな気がして。
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