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9:砂糖のいらないティータイム
ぼんやりと目を覚ましたハリエットはここはどこだろうと見まわそうとして、腰に鈍い痛みが走り思わずうめく。あれ?と思うのはガサガサになった自分の声だ。
「目が覚めたようだな。今回復薬を持ってくる。少し待ちなさい」
日が差さないからか薄暗い部屋の中、開いた扉から聞こえる声にハリエットは頷き、少しでも楽な姿勢になろうと体を動かす。すっかり体は綺麗にされており、体を覆う黒いシーツもさらさらとしていて、意識を失う前までの惨状は見えない。
シーツに顔を埋めたところでなんだか違う気がして、眼鏡を探してかける。シーツだと思ったものはスネイプの黒いローブで、だからスネイプの匂いがするんだ、と顔を赤くした。
それにしてもなぜシーツではないのか。首をかしげるハリエットは痛む腰をかばいながら起き上がろうとして、肩から滑り降りたローブを追う様に視線を落とす。
一糸まとわぬ現状に慌ててローブを引き上げ、体に巻き付ける。
辺りを急いで見回せば魔法で畳んだのだろうか。皺ひとつなくたたまれた服と……その下に隠された下着に悲鳴が出そうになって、慌ててそれを掴んでローブの中にもぐる。
鈍く痛むのはバレンタインの日に繋がった後ろの方で、隠されている女性の大事なところが何だか疼いているだけで痛みもない。
何とか痛みをこらえながらブラとショーツを身に着けたハリエットにスネイプが魔法薬をもって近づいてくる。ぎしり、とベッドサイドに腰を下ろしたスネイプの重みでスプリングが鳴り、ハリエットの身体が転がりそうなほど傾がせた。抱きかかえられると、ハリエットの身体は緊張で固まり、どきどきと胸を高鳴らせた。
「大分無理をさせてしまったようだ。これを飲んでも辛いようならきちんという様に」
これを、と差し出される魔法薬を受け取り、ハリエットは一気にそれを煽った。やはり魔法薬がおいしいわけがなく、眉を寄せ何とか飲み切ると、腰のだるさが消え、喉のつっかえも消える。
「大丈夫そうです……。その……あ、ありがとう……ございます」
数時間前のことを思い出したのか、目を彷徨わせるハリエットに彼女が愛しくて仕方がないというスネイプのゲージが振り切れるのはもう何度目になるか。
ちょっと不意打ちで彼女が欲しくてたまらないという感情が溢れただけでも、ヘンリーが元に戻る直前まで本来繋がる場所ではない箇所を穿ち、気絶してなおすぐには止まれなかった煮え詰まった愛を彼女に囁くことはできない、とスネイプはローブから覗く細い鎖骨から目をそらす。
煮え詰まった鍋を集めては更に煮ると言う悪循環に陥ったタールのような、酷く醜い一般的な愛とは真反対な黒いそれを彼女には見せることはできない、と言葉を飲み込むスネイプは気になるようならシャワーを浴びるかね?と愛しているという言葉を彼女の額に口づけることでごまかす。
時計を見て、半日もここにいたことに驚くハリエットはシャワー借ります、と小さな声で答えた。ヘンリーの姿で浴びる時は一緒に入ったが、今そんなことされては困るハリエットは一人で入ったことにほっとして、急いで身体に残るスネイプの手の感触を洗い流した。
ふと、鏡に映った自分を見るハリエットは、あまり気にしていなかったが膨らみ始めていた胸に視線を落とす。思春期真っただ中のグリフィンドールの寮で誰が持ってきたのか、怪しい本を汚すなよと言う声でまわされて来た、今思えばなんてバカな時間。
けばけばしい表紙になんて書いてあったか……。魔法薬の腕がなくとも女の子の胸は大きくなるとかなんとか書いてあった気がする。妙に覚えているのは兄に羽ペンを借りに来たジニーと、付き添いで来たアンジェリーナらが入ってきて、男ってホントバカねーと笑われた……恥ずかしい記憶だからだ。
みんなで自分の物じゃないと押し付け合うのをあきれた様子でジニーが鼻先で哂い、どうでもいいから早く羽ペン!と強く言われて男たちみんなでたじろいだ……
のちにジニーがその時の光景がおかしいったら仕方がなかった、と思い出し笑いをしていた。
胸、と自分で触れるハリエットは着替えるとシャワールームから出る。紅茶の準備をするスネイプに促され、ソファーへと腰を下ろした。
「ねぇ先生」
思い出した記憶はすぐに膨大な記憶に埋もれる。だからハリエットは特に深く考えず、自分の前に置かれた澄んだ色を湛えるティーカップを手に取り、口元に運びながら疑問を口に出した。
「どっかで見たんですけど、魔法薬を使わずに胸を大きくする方法ってわかります?」
結局あの本のあおりを見ただけでその中を見た記憶はない。何でもないことのように口に出したハリエットの問いに、紅茶を口に含んだスネイプは不意打ちに思わず吹き出し、驚くハリエットの隣で咽こむ。全く見せたことのない姿にそんなに変なことを聞いたのか、とハリエットは焦り、おろおろとスネイプの背中を見つめた。
「なぜそのようなことを?」
深呼吸をして息を整えるスネイプが顔をそむけたままハリエットの問いに問いかけで返す。なんで……そう考えてまだ膨らみ途中なのか小ぶりな自分の胸元に視線を落とす。
「いつもヘンリーの姿の時はないから……自分でもどこまで大きくなるんだろうって不思議で。何もしなければ小さいままなのかなって」
そこまで口に出してから、自分の問いかけに自分で顔を赤くする。スネイプにこんなことを聞いても仕方がないのと、困るばかりではないか、と少しずれてはいるもののようやく失態に気が付いたハリエットはあの香りのいい紅茶をぐいっと喉に流し込んだ。
「その問いを他の誰にもしないことを守れば今度教えて差し上げよう」
「え、先生知っているんですか?そっか……準備とか必要なんですね。じゃあちょっと楽しみにしています」
男であるスネイプが知っていることは男としては恥ずかしいことなのかな、と考えてこの話はその時まで黙っておこう、とハリエットは少し楽しくなって笑う。
自分で言いだしたスネイプはそう遠くない未来……もしかするとこの夏中に事が起きそうな気がして、急いで減欲剤を作らねば、と本棚に視線を送った。
性欲もなにも特になかった故に作り置くことはしなかったが、今後は常備品になりそうだ、と無自覚かつ無防備な恋人にため息が出る。
砂糖は入れていないはずなのに、薫り高い紅茶が甘い気がして、スネイプはその甘い元であるハリエットの艶やかな黒い髪に口づけを落とした。
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