--------------------------------------------
6:瞳の輝き
朝、今年入学する生徒の中でマグル出身の家族に説明をしに行くというマクゴナガルを見守り……スネイプはいかないんだ、とつい口からこぼれると、マクゴナガルは笑っていた。
「スネイプ先生など一部の教員はダンブルドア校長の意向からこの仕事はしておりません。あなただったら彼が丁寧にやさしく説明する姿が思い浮かびます?突然の訪問に驚き、戸惑う人々に威圧感を与えることなく魔法界とは何か、あなたのお子さんにその力があると、説明できると思います?」
適材適所なのだというマクゴナガルに、ハリエットはあのグレンジャー家に現れ、話すスネイプを思い浮かべて思わず吹き出した。どう考えても穏やかに話が進むとは思えないし、なんというか突き放しそうで困る。
「今年はアルバスも……ダンブルドア校長も用事があると言うことで、少し留守にしがちになるかと思いますが、くれぐれも、くれぐれも、うかつな行動はしないように」
忙しいというマクゴナガルに繰り返し、念を押すように言われてハリエットは苦笑いしかでない。これからハリエットの姿で出かけようとしていた分気まずい。
「あぁそうでした。あなたについてセブルスに話をしなければなりませんね。アルバスは今夜いると聞いていますし……。そうですね、今夜ここで待っていますと、そうセブルスに伝えておいてくださいね」
このあと行くのでしょう、という母に図星をつかれたハリエットは頬を掻いて明後日の方向を見るしかない。
ハリエットのまま、ピンキーリングを確かめて……迷った末にペンダントを胸に下げる。鏡で何度か身だしなみを確認して、意を決して……ローブを深くかぶって地下牢へと向かった。
ハリーのまま会うような気がして、恥ずかしくて仕方がない。昔、ハーマイオニーとジニー、ロンと自分という組み合わせで出かけて……宿に男女に分かれて泊まった翌日、なかなか起きてこない二人を起こしに行くか、とノックした。
その時まだすっぴんだから駄目!と言われてロンと顔を見合わせたのは覚えている。そのあとロンがハーマイオニーなんていつもすっぴんじゃないか!今更化粧をしたところで変わらないさ!と大きな声で言ったがために、もうそのあとはえらい目にあった。
転生して13年目の今、ほとんど過去のことは忘れかけてきたというのに、瞬時に思い出したのだから本当に不思議なものだ。そういえばダンブルドアが記憶について何か言っていたと思うが、それはどうにも思い出せない。
とにかく、女性にすっぴんはNGなのだと学んだが、今のところ化粧の一つも知らないハリエットは特に何とも思えない。
ただ、ヘンリーの姿で覚えられている分、素顔であるこの顔を見せることが恥ずかしくて仕方がない。扉を叩くかどうか迷うハリエットの前で、前触れもなく重々しい扉が開いた。
薬の改良のため、飲む魔法薬の時間などを考慮し日程表を送ったスネイプは今日マクゴナガルがいないことからそろそろ来るだろうか、と時計を見る。グリフィンドールの少女が昨日帰ったことは知っている。マクゴナガルとともに帰ってきたのが一人だったのだから間違いはない。
ふと、外に気配を感じて、扉に目を向けた。だが一向にノックの音も何もないことに仕方がない、と扉を開ける。そこにはびっくりしたように顔を上げた少女の緑色の瞳が、ぱちぱちと瞬きながらスネイプを見つめていた。
ヘンリーと同じ形なのに違う色で……だけど同じ輝きを持ったハリエットの瞳。リリーによく似ているが違う瞳はどこか儚く、ヘンリー同様に守りたいと、そう庇護欲……いや、保護欲が胸に湧きたつ。
時折チラつかせる意志の強そうな、決意したら何人たりとも曲げることのできなさそうな……彼女の片割れも見せるあの輝きを知っていれば、彼女を弱い立場などと侮るものはいない。
瞳に揺らぐ輝きはきっと、ヘンリーいやハリエットの……魂の輝きなのではないか。その輝きが眩しくて……。
黙って見つめられることに困ったのか、顔を伏せるのを片手で阻止して、唇を塞ぐ。部屋に引き込み、彼女を扉と腕の間に囲い込むとハリエットはスネイプに縋るよう、ローブを握った。
眼鏡を取ってしまえば邪魔するものはなくなり、彼女の魂を欲するように…‥ただただ彼女が欲しい、とスネイプは強く抱きしめた。
縋りつく手が震え、腕に全身を預けるようになって、やっとハリエットの唇を解放させる。濡れた瞳がスネイプの中の、スリザリンの持つ危険な一面を強く刺激する。
このまま自由を奪い、真綿にくるんで誰の目にも見えない場所に閉じ込めてしまいたい、と蛇が獲物に執着するような、純粋無垢な彼女に向けてはならない闇色の思考が心に吹き出すのを自覚した。
閉心術を駆使して何とかその闇を押し込め、腰が抜けているハリエットを抱きあげる。ソファーに下ろすと彼女に眼鏡を返して、カップをローテーブルに置いた。
「自分で飲む分にはあまりこだわっていなかったため、まだ淹れ方に改良の余地はあるだろうが……」
これまでに貰った紅茶の葉から好ましいと思うものを選び、更に量や蒸らす時間を測って淹れた紅茶。彼女の好みがわからないものの、少しでも喜んでくれれば、と名前を聞いてから準備したスネイプは、赤い顔のままカップを口の運ぶハリエットを凝視していた。
あの小生意気なハリーと同じ顔なのに、憎しみではない真反対の感情を抱くというのはどういうことか。
その理由が分からないスネイプだが、紅茶の飲むハリエットをじっと見つめることでその答えを見出そうとする。
「なんか不思議……花のような香りがするんですね。こんな紅茶があるんだ……」
良い香り、と言うハリエットにスネイプはほっとして、アジアの紅茶らしいとそう言ってハリエットの隣に腰を下ろす。スネイプはヘンリーの時と同じように無意識に腰をおろしたことで少女の華奢な肩に触れた。
思わず体を強張らせ、耳が赤いハリエットを見下ろす。ふと、ヘンリーの姿で恋人にはなったが、果たして30代の自分が13歳になる彼女に釣り合うのか……そう考え、ただじっとその横顔を見つめる。
「えっと……その……ヘンリーの姿のほうが良ければ……一応薬は持ってきているので……」
やっと口を開いたハリエットの小さな声にはっとするスネイプはヘンリーの時にそうしていたように、肩を抱き寄せた。そしてそのまま振り向いたハリエットをじっと見る。
「やっと……君の素顔が見られたことが嬉しくてつい見惚れてしまった。不思議だ……ハリー=ポッターと同じ顔のはずなのに全く違う。君の……内面がそう見せているのか」
隙だらけで危うくて、それなのに何処かしっかりしていて。あぁそうだ、彼女の瞳はグリーンダイヤモンドじゃない。スフェーンの輝きだ、とそう考えるスネイプはハリエットの額に口づけを落とす。
唇を重ねてしまったらそのまま押し倒しそうで、自分の理性の壁の薄さに困惑する。なぜ彼女を前にするだけで、こんなバカな男になってしまうのか。わからないスネイプはハリエットを抱きしめた。
顔を赤くして見上げるハリエットから視線をそらし、自分の分のカップを取り出して紅茶を淹れる。もう味なんてわからない。抱き寄せたままのハリエットの香りだけがやたら感じられて、思春期の学生でもあるまいし、と気恥ずかしさを覚えていた。
思えば彼女の母、リリー以外にこんな思いをいだいたことなどない。かつて自分がリリーを愛していたことをハリエットが知らないことが幸いだ、とスネイプは息を吐いてハリエットの瞳を見る。
リリーに似た、リリーとは違う緑の瞳。ハリーとも違う……いや、彼もまた同じ輝きなのかもしれない。
じっと見つめられるハリエットが少し困ったように眉を寄せるのを見て、スネイプの中で彼女が欲しい、と渇望にも見た思いが溢れ出る。
|