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28:彼女の名前

 解毒剤ができたのは本来試験が行われる予定だった日であった。まずは石化解除薬を飲ませ、足先まで戻ったところですかさず足を縛り、傷に魔法薬を垂らす。
 そして口に石化解除薬が残っていないことを確認して解毒剤を飲ませる。その工程が必要で、マダム・ポンフリーはヘンリーの太腿に杖を付けた。

 スネイプとともに視線を合わせ、石化解除薬を飲ませる。見る見るうちに効果が表れ、全身に毒が回らないよう処置が施される。
 解毒剤を飲ませ、様子を見ていると赤黒くなっていた肌は徐々に元の色を取り戻していった。だがまだ毒は抜けきってはいない。石化解除薬に干渉しないようにするため、効果を弱める必要があったのだ。

「あとは2時間おきに解毒剤を飲ませて……。熱が引けば大丈夫でしょう」
 効果を弱めた分、それで対処するしかないというポンフリーにスネイプは頷き、ヘンリーの額に手を置いた。くたりとする体はとても熱い。
 次の薬を飲ませる時、石化解除後に姿を変えるヘンリーをスネイプは黙って見つめていた。赤い髪は黒に変わり体つきも誤魔化していた男性の身体から、女性の身体になる。ヘンリーはしばらく面会謝絶として、少女の姿のまま眠っていた。
 そっと眠る少女の頬を触れば呼気を感じられ、スネイプは大きく息を吐いた。彼女は、この子は生きている。そのことが安心材料になり、だけどどうしても何度も確かめたくて、スネイプは時間が空いては何度も医務室に足を運んだ。
 
 
 そして彼女の意識が戻ったのは来週には学期が終わる、そんな日であった。
 目を覚ましたハリエットはぼんやりする頭をそのままにどこにいるのか、そう考えてピクリと動かした手が誰かに掴まれていることに気が付いた。
 視線を下ろせば眼鏡をはずされてぼやけた視界の中黒い塊が見える。何度か瞬けば少し見えてきて、その黒い塊にジワリと涙がこぼれる。
 かき抱かれ、鼻腔一杯に大好きな匂いを嗅いだハリエットは毒が回る中、とっさに取った行動が功を奏した事を知り、ぎゅっと縋りつく。
 抱きしめられる強さと、暖かさに心が満たされ……はっと目を見開いた。明らかに胸元が押しつぶされている感覚がする。
 眼鏡を渡され、恐る恐る髪を掴んだハリエットはスネイプを青ざめた顔で見つめた。それを見たスネイプは有無を言わさない強さで抱きしめる。

「あの薬を飲んでいることはずいぶん前から知っていた。何度口づけてきたと思うかね?それに、調合の後体についた魔法薬の匂いに気が付かないわけがないであろう。事情があってミネルバに引き取られたことも聞いている。だから、怯えないでほしい」
 大丈夫だ、というスネイプにハリエットは顔を歪め、声を出さず口を開けて嗚咽を零した。ぎゅっと縋りつく手がスネイプの背中をしっかりとらえ握り締める。
 その様子にスネイプは何も言わず細い体をいたわりながら抱きしめ続けた。

 ひとしきり泣き終えた少女の涙をふくスネイプはマクゴナガルを呼びに行ったポンフリーがいないことを確認し、そっと唇を重ねる。本来の姿のままの口づけにまた涙がこぼれる少女を撫でて、その胸に抱きしめる。

「ヘンリー。もし、教えてくれるのならば……君の本当の名前を教えてほしい。リリーたちが残したポッター家の名前を」
 額を突き合わせ、懇願する声色に少女は恥ずかしそうに笑って、口を開いた。
「ハリエット……。ハリエット=ポッター」
 やっと声を聴いたスネイプは口角をあげほほ笑むとハリエット、とかみしめるようにつぶやいた。ヘンリーと同じ愛称がハリーの名前。
 おそらく離れて暮らす二人を想って付けられた少女の名前。憎いはずのジェームズと同じ顔立ちで、目つきまでハリーと違ってより父親に近いはずが、ヘンリーの……ハリエットの顔はリリーにも見える。
 嬉しそうにはにかむハリエットの顔はそんなスネイプの知る二人とは全く異なっていて、愛しい。ただその感情だけが残された。


 駆け込んできたマクゴナガルが心配したのですよ、と力の限りといった風に抱きしめ具合はどうか、と尋ねる。心配かけてごめんなさい、と謝るハリエットにマクゴナガルは首を振った。
「確かに心配いたしましたが、あなたが悪いわけではありません。そう何でもかんでも自分のせいだと背負っては……心がつぶれてしまいますよ」
 それだけは、というマクゴナガルに石化する前にぐるぐると考えていたハリエットはわっと泣いて、マクゴナガルにしがみつく。
 バジリスクが校内を徘徊すること、石化していく生徒の事、ヴォルデモートの学生時代の魂が関わっていること。
 全部終わった後だからこそやっと言えるハリエットの一年間抱え続けたことを怖かった、と泣きながらに訴える。彼女が何を抱えているのかはマクゴナガルにもわからない。それはきっと、全てが終わったと分かるのだろう。

 かつての彼の精神であったとしても、今はまだ12歳の少女だ。男として20年生きていたとしても、女としてはまだ12年。
 おまけに以前と違って守りの力は一切なく、自分で守るしかない。見守る事しかできない無力さを感じつつ、よく堪えました、と娘の背を撫で続けた。


 
 





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