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26:物言わぬ石

 精神状態が不安定なままに逃げたためか、いったい自分がどこにいるのかわからなくなったハリエットは足を止め、急いで魔法薬を飲みこんだ。息を整え、さびれた回廊に座りこむと息を整える。
 姿を見られた。姿を。スネイプの目は……スネイプの顔は……母を……リリーを見ていた。思わずうずくまり、体を縮める。
 きしきしと心が痛い。だれか、だれか……抱きしめてほしい。ハリーに寄りかかってはいけない。母も……マクゴナガルを巻き込むわけにもいかない。
 スネイプだって巻き込むわけにはいかない。強くならねばと思うのに、ずっとぐらぐらしている。

 遠くで、生徒の声が聞こえて……朝食の時間になったことを知るも、じくじくと痛む胸のせいで立ち上がる事すらできない。ハーマイオニーがかつてトイレで引きこもっていた時の気持ちがわかる。
 昔以上に感情が怒りなどではない、マイナスの感情に関して心が制御できない。癇癪を起していたかつてとは違い、心がすぐに不安になってしまいぐるぐるとしている。
 誰にも話せないのだから、甘えてはいけないのだ、と考えるハリエットは助けたい人たちの顔を思い浮かべる。やるしかないんだ。僕がやるしか。先生を助けるためにも。

どれほどうずくまっていたのか。立ち上がったヘンリーはずるっと引きずる音が聞こえて、周囲を見回す。近づいている。
 逃げようとして、そちらから生徒の声が聞こえ……ヘンリーは迷わず人気のない回廊の先へと走って行った。気が付けば城の裏側から外に出ていて、振り向いた先の草むらが揺れている。
 眼鏡をかけていたマートルが死んだのだ。眼鏡越しだからといって安心はできない。
 ビオラとして会うスネイプの薬草があるところに来ると、ほっとして思わず足が鈍った。

「っ!」
 焼け吐く痛みに思わず倒れ込み、足をインカーセラスでとっさに縛り上げる。もうろうとする意識の中、手にあたったペンダントを握り締めた。このままでは目の直視ではなく毒で……。
 先生、と呟いてペンダントをひっくり返し、ピカピカに磨いた台座を見つめた。
 もうこれしかヘンリーには方法がなかった。


 ヘンリーを見つけたのはシークだった。
 
 朝食の席に現れないヘンリーにスリザリン生は顔を見合わせてざわざわと落ち着かない。平静を装うマクゴナガルも先に大広間にいたハリーからスネイプがここに連れてきたことを聞いて……いやな予感に必死に平静を装った。
 朝食の終わりごろにやってきたスネイプはヘンリーがいないことを確認して、踵を返そうとしてマクゴナガルに耳打ちする。ハリーが片割れに会っていたと聞いて、どこか不安げなハリーに目を向けた。

「ダンブルドア校長がここを出た後、私を避けるようになっておりましたので、不安定になっていたのでしょう。私も探します。危険なことはないと、そう話しておりましたからきっと大丈夫です。セブルス、あなたは一度落ち着いて食事をとりなさい。スリザリン生が不安に駆られていますよ」
 すぐに立ち去ろうとするスネイプの腕を捕まえ、視線でスリザリンの席を示すと、グリフィンドールの首席と監督生に引率の指示を出す。
 そのまま足早に扉に向かうとちらりと見上げるハリーの肩に軽く手を置き、大広間を出ていく。

 言われるがままに席に着くスネイプだが少女の、身をひるがえす際に一瞬見せた酷く傷ついた緑の瞳を思い出す。なぜなのかはわからない。ヘンリーではない姿を見られたことがそれほどショックだったのか。
 それとも、彼女の後ろに別の人を思い浮かべたことに気が付いてしまったのか。ハリーと違って、不安などでいっぱいになりやすいヘンリーはダンブルドアがいなくなった後からぐらぐらとバランスを失っていた。
 もっと早くに抱き留めておけばよかったものを、と自分が嫌になるスネイプは表情を崩さないようにしつつ、自分を責め立てる。
 彼がどこかで一人泣いているのではないか。どこかで……いや、とそれ以上は考えないようにして無理にでも朝食を胃に押し込めた。

 ランチの時間にも彼は姿を見せず、ざわざわと嫌な予感がして、スネイプは踵を返してヘンリーを探しに行った。どこかで倒れているのではないか、そう思い城内を探すもどこにもいない。
 もしや城外に出たのか、そう思って外に出たところで一羽の森フクロウが舞い降りてきた。

 とっさに腕にとまらせたスネイプの手に何かが落とされる。何だと視線を落とせばそれはきらきらと光を放つヘンリーのペンダントだった。
 はっと顔を上げたスネイプを案内するようにふわりと飛び立つ森フクロウは、薬草を育てているあの東洋のアネモネが生えている場所にやってきた。


 ビオラが以前眠っていたその場所に赤い髪の少年が倒れている。ピクリとも動かないその姿に、どくりと心臓が握りつぶされた気がして、スネイプはその傍らに膝をつく。
 触れた感触はあの時とは違う硬い石のもので、同じ冷たさを持つ。何かを握り締めるような手が丁度ペンダントの形をしており、もしやと手に取ったペンダントを返した。
 磨かれ、ピカピカに光る台座の裏はわずかではあるものの顔を反射している。

 バジリスク。その魔法生物を思い浮かべてそっとヘンリーの頬に触れる。苦痛に歪められたような眉に、視線を移せば何かを縛ったような跡が足に残されていた。
 石化したために呪文が切れたのか、縛っているものは何もないがその先には何かに引っ掻かれたような傷とともに、赤黒く染まった肌が見える。
 逃げていくうちにここまで来てしまい、追いつかれたのか。
 魔法で浮かせ、城内に入るとちょうどマクゴナガルと鉢合わせる。浮かせているにもかかわらず、変わらない姿勢にマクゴナガルははっとして、自分を落ち着けようと胸に手を置いた。

 医務室に連れて行くと、マダム・ポンフリーははっと息をのんでそっとヘンリーの頬を両手で包み込む。
「襲撃され、足に毒を受けたようです。とっさに自分で縛っていたようですが石化された際に解除されたようですな」
 彼の場合は石化解除だけでなく解毒も必要になる。そう告げながら、もしや蛇に誰かが襲われ解毒の必要が出るから学びたかったのでは、とスネイプはヘンリーを見つめる。
 それが誰かわからない……だが襲われることは確定的。それが彼の見る未来の情報なのか。横たわり、動かないヘンリーの姿が、あの日の記憶に酷似していて、スネイプはこぶしを握り締めた。
 
 これでは彼の母親と同じだ、と守れなかった後悔がスネイプの心に陰を落とす。

 
 





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