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25:すべては静寂へ
スネイプとの個人授業は順調で、買った解毒剤の本の半ばまで進んできた。初歩的な解毒とはいえ、アクロマンチュラの解毒まで載っていたことに感心していた。バジリスクの毒は次巻と書いてあったのは少し残念だったが、それほどまでに特殊な毒なのだろう。
本を机に置いて枕元の写真を手に取る。バレンタインの日、時間ギリギリまで同性同士で行うはずの場所でまじりあい、深いところでスネイプの熱を感じ……。
その後数日間の日記はもう見たくもない、と思わず顔を覆う。さすがの母もスネイプに殴り込む、と頭を振って効果時間の短い薬を手に取る。先日、ハーマイオニーがついに石化した。その前日のことを思い出し、なんで思い出せなかったのだろうと唇を噛む。
ハーマイオニーを避けるため、図書室に行かなかったヘンリーだが大広間から出るところを彼女に待ち伏せされた。どうしても話があると言われて、仕方なくクィディッチ戦の後会おうと、そう約束した。
そして、その会う約束は彼女が石化したことで果たされることはなかった。
酷く落ち込んだ様子のハリーを見て……気落ちしている母の姿にハリエットは落ち着かない。追い打ちをかける様にハグリッドとダンブルドアがホグワーツを去り……。たまらず、シークを飛ばした。もうドビーの干渉はないはずだ。
集団で行動することと言われてはいるが、ハリーを朝の空き教室に呼ぶ。水道が近くにない教室で待っていると、足音が聞こえて透明マントが脱がれる。
「久しぶり、ハリー。ごめん、連絡しなくて」
大丈夫とはわかってはいるが、ぐらぐらと不安に揺れる心は落ち着かない。目を伏せ、ごめんというハリエットにハリーは唇を噛んで、知っていたの?と口を開いた。
想定していたとはいえ、直に向けられる言葉に、ハリエットはただごめん、と言うしかない。ハーマイオニーが襲われてから各自行動が制限されてスネイプに個人的に会うこともできず、寮の違う母の所にも行けていない。
今ハリーに会うのも反対されると思って誰にも相談せず決めた。
「ハリエット、何か知っているなら教えてよ!ハリエットはパーセルマウスなの?それともこれは僕だけかい?ハグリッドがはめられたってどういうこと?」
片割れの細い肩を抑え、お願いだ、と言うハリーにハリエットは目を伏せる。今回会うことにしたのはハリーが不安になっていることと、黙っていることの罪悪感に耐えられず、危険を承知で呼んだのだ。呪いに触れないよう、言葉を選ぶハリエットにハリーは眉を顰める。
「知っているなら教えて!ハリエットは危険じゃないのかい?なんで連絡をくれなかったの。ずっと、ずっと心配だったのに……」
「ごめんハリー。連絡を送らなかったのはドビーがいたから。彼から手紙が漏れたりでもしたら……。私は……私は……大丈夫。それと、私が見える未来は人に話すことができない。それを破ると……」
お願いだから、と言うハリーにもっと早くにあっていればよかった、と後悔するハリエットは詳細は言えずとも、能力の一端について話したほうがいいだろうか、と口を開いた。
言いづらそうなハリエットにハリーはのぞき込もうとして、細いフレームの眼鏡に気が付いた。どこかで見たことがある気がして……不安げな様子のハリエットを見る。
「破ると?」
唇を噛むハリエットをのぞき込み、恐る恐る促すハリーにハリエットは意を決したように顔を上げた。そして緑のまっすぐな瞳を見つめると、途端に視線をそらし、おどおどと視線を彷徨わせる。
「うぅん。なんでもない。大丈夫、破った時のペナルティはハリーには起きないから。ちょっと……ちょっとだけ痛いだけだから。それが嫌で……」
困ったような顔で笑うハリエットにハリーは嫌な気配を感じて、痛いだけじゃないんじゃないのか、と問いかける。ずっと、大戦後後悔してきた。我慢さえすればシリウスは死なず、もっといい判断があったのではないのか。
もっと早くに怒るのではなく冷静に魔法省に対して何かできたのではないか。ハリエットは犠牲になった人々に対して割り切れず、後悔を引きずって生を終えた。必要な分を除いた2回の余裕分があるのであれば……。ハリーに、かつての自分に責められたハリエットの心はグラグラと揺れていた。
未来を知っているのにそれを伝えないのは卑怯なのではないか。ハリーが落ち込んでいると思って声をかけるのは何て傲慢なんだ。
一度負の感情に捕らえられると、ハリエットの思考はどんどんと奥に転がり落ちていく。かつてはこれを怒りのベクトルに転がっていたというのになぜ今はダメなのか。ハリエットはそれもわからず、転がり落ちていく。
はっとするハリーは不安定なハリエットを抱きしめる。どの程度知っているのかわからないが、それを言えないことがどれほどハリエットの心を削っているのか。自分の言葉でぐらぐらと揺れる姿にハリーは繊細な片割れを抱きしめる。
がたっという音が聞こえ、ハリエットとハリーは同時に振り向いた。勝手に寮を出ていることに減点しようとしたのか、それとも別の目的か。二人の視線の先にスネイプが立っていた。
朝早く、廊下を歩く音が聞こえいったい誰かと考え、その足音の主を探していたスネイプは話し声が聞こえ、やれやれと近づいたところで片方がハリーであることにスネイプは気が付いた。
そして聞き覚えのある声よりも、少し高い少女の声にまさか、と空き教室の扉をわずかに開けた。背を向けている黒い髪の少女と、ハリーがいるのを確認しじっと少女の背を見つめる。
髪を下ろした少女は腕にいつもの、青い石のついた髪紐をブレスレットにして頼りなさげに立っていた。
そして聞こえた、見えた未来の話した際と思われるペナルティ。苦痛だけではない気がして、思わず扉に手を置いた。その音で気が付いたのか、ハリーにそっくりな顔をした……ヘンリーと同じ形の目が緑の光をもってスネイプを見つめている。
ハリーと同じ色のはずが女性だからだろうか、リリーと同じ輝きをもっている気がして、スネイプは思わず息をのんだ。先に動いたのは少女だ。
ぱっと身をひるがえすと目くらましを自分にかける。そのまま制止の声を振り切るようにもう一つある扉が開かれ、走り去る音だけが残された。追うとするスネイプだが、逃げようとするハリーを視界に入れ、先にそちらを捕まえる。
「今個人での外出は禁止のはずだが。英雄殿は全く気にも留めていないのだな。彼女を追う前に送り届けねばならん。グリフィンドールから2点減点」
さぁついてこい、といいつつ彼女が走り去った扉に視線を送る。ちりちりと嫌な予感がするも、ダンブルドアからの命もあってハリーを放っておくことはできない。
いつも以上に足早になるスネイプにハリーは半ばかける様についていき……なぜ彼女について尋ねないのかと考える。もしかしたらマクゴナガルらもハリエットのことを知っていて、それを隠しているのではないか……。
そう考えたところで急に目の前の黒い服が消える。大広間に着いたのだと分かると同時に、来た道を引き返すスネイプの背をまじまじと見つめた。
そして、スネイプが少女を見つけることはできなかった。
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