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21:想定外
年が明ける前日、図書室に向かうヘンリーはいつも据わる席の所に先客がいることに気が付き、あきらめて別の場所に座ろうとして、思わず座った人物を振り向いた。
相手もヘンリーが来たことに気が付いたのか、声をかけようとして驚いた様子のヘンリーに向こうも驚いている。
「なんで?君、ポリジュース薬で猫の毛入れたはずじゃ……」
なんでここにいるの?と思わず零れたようにつぶやくヘンリーはハーマイオニーがその場にいることに何よりも驚いているようだ。ポリジュース薬、と零れた言葉に驚いたのはハーマイオニーだ。
それに猫の毛だなんて……と考えたところでもともと使う予定だったスリザリンの女子生徒の髪を思い出す。ポリジュース薬に動物の毛なんて使ってはならないもののはずだ。もしかしてあれは彼女の髪ではなく猫の毛だったのではないか。
「この前ぶつかった時に、あなたの髪を手に入れて……。だから私それを使おうと……」
彼女の髪を使わなかったことの理由に呟き返せばヘンリーはびくりと体を震わせ、自分の赤い髪を掴む。自分の髪を入れた時どちらの姿になるかなど分かり切ったことの気がして、ハーマイオニーが動く前に身をひるがえして図書室をあとにする。
未来が変わってしまうのではないかという恐怖と、やはり聡明な彼女に舌を巻くのと、自分の失態と……ぐるぐると渦巻き、マクゴナガルのいる変身術の教授室に駆け込み、そのまま自室へと入る。
マクゴナガルは不在だったが、勢いで開いた扉を杖で閉じ、表からは見えない自室の扉を閉めたことからずるずるとその場に座り込んだ。
怖い。
何よりも怖い。
彼女なら大丈夫だとは信じている。そう、彼女のことは誰よりも信頼している。だが、それゆえに彼女が知ってしまったことで彼女に危険が及ぶのではないのか。未来が変わって彼女の身に何か起きたりでもしたら。どうしよう、彼女の記憶を消すべきか。
よろよろと立ちあがり、フクロウのぬいぐるみを抱き寄せる。ぎゅうっと縋る様に抱きしめてもぬいぐるみはただつぶれるだけで、不安に駆られ溺れる彼女を救う流木にさえならない。
マクゴナガルに、母に言うべきか。相談すべきか。だがそれでは彼女らがポリジュース薬を作ったことを話さなくてはならず……。
うかつな自分に呆れ果てて不安が自分を責める刃に変わる。かつてした後悔の記憶がよみがえるヘンリーは小さな自分だけの空間の中、ただ身を小さくするように縮ませ、一人震えていた。
教授室に入ったマクゴナガルは奥に人の気配を感じて、そっと娘の部屋を覗く。まだ彼女が彼であった記憶を取り戻す前に、彼女が欲しがった白いフクロウのぬいぐるみ。
それが彼女の丸まった体の中心で、困ったように抱きつぶされている。何かに縋りたいときの彼女の癖だということはよくわかるマクゴナガルはそっとため息をつき、眠っている娘にブランケットをかけて部屋を出た。
ヘンリーには多少仲のいい寮生はいるようだが、一人でいるかスネイプといるか……そのどちらかであることを思い浮かべれば、交友関係を自ら遠ざけていることは明白だ。
クリスマスの日、やはりどこかに隠れていたらしいヘンリーがスネイプの髪に悪戯……いや彼女なりの好奇心というやつだろう。彼が髪に触れた時にヘアオイルを手に取って知られないようこっそり塗ったことは推測できる。
朝に節度は持って接するようにとダンブルドアからの忠告があったが、彼はそれについて明白な回答は返していなかったはず。
そんな互いの髪に触れるほどに至近距離で接することを許しているヘンリーだが、まだスネイプに縋るほどまでにはなっていないらしい。彼を信頼していないわけではない。巻き込みたくないということはよくわかる。
本来ならば口出しすることではないが、やや強引にでも彼女の手を引いて、抱きしめて守ることができれば……。母ではだめなのだ。彼女は家族を自分のせいで失ったと、そう考えている。
どういうわけか彼を狙った闇の帝王。もしかしたら彼は心のどこかで自分さえいなければ両親は狙われなかったのではないか、そう考えていても不思議ではない。そしてその理由をもしこの先で知ることとなっていれば、今の彼以上にその思いが強いことも考えられる。
だから彼女が縋れるとしたら特別な人か友人しかいない。だが彼女の性格からして自ら歩み寄ることはできないだろう。
「早くハリエットに話して、今でもやや強引なのですからそのままよりどころになってしまえばよろしいのに。これだから暗いだのなんだの言われるのですよ、セブルス」
この場にいない娘の思い人に向かって呟き、これから先どうなってしまうのか……ぐっと唇を引き締める。彼もきっとヘンリーが縋りたいとしている手に気が付いているはずだ。だからこそ、二人の問題として見守っていることしかできない。ひとまず、ヘンリーがここにいることを伝えておきましょう、と娘を残して部屋をあとにした。
知らせを受けたスネイプは寮監としての立場として了承し、マクゴナガルの立ち去った部屋で一人考えていた。何があったのかわからない。だがヘンリーが変身術の教授室の奥……マクゴナガルの私室で休んでいると聞いて何があったのか、それを考える。
とっさに逃げ込んだのは長年暮らしている彼の……いや、彼女自身の部屋なのだろう。なぜこちらではないのだ、と言う失望にも似た思いと共に、彼女の巻き込みたくないという気持ちが理解できて思わず拳を握る。
この部屋に逃げ込んできてくれさえいれば躊躇することなくこの腕の中に引き入れ、閉じ込めるというのに。だが、本当の意味で彼の、彼女の支えになるにはそれだけでは足りない。ヘンリーの抱えるものごと抱きしめるにはきっと、彼女の名前を呼べるようにならなくては。
「本来の姿を見せてもらえるようになるにはどれほどかかるのだろうな」
ポッター家の長女として生まれた本来の姿。それを気にせず安心して晒してくれたとき、彼女を心の奥底から掬い上げられる。そうでなくてはあの軽い体に押し込められた重い秘密も何もかもを一緒に持ってあげることができない。
ヘンリーとはクリスマスの日に、勝手に人の髪をサラサラにしておいて口づけ中にくすぐったいと逃げて笑う彼を軽く縛った。びっくりした様子のヘンリーを30分ほどお仕置きとして擽り続けて息も絶え絶えにしてから数日、面と向かって会っていない。
擽りすぎてふやけきった顔のヘンリーに欲情してしまったなどと、彼に知られたくなくて、ほんのり遠ざけている。だがそれも次の個人授業までのはなしだ。
その日はちょうど自身の誕生日の日で、スネイプはカフリンクスに手を置いた。こんなにも誕生日が待ち遠しいと、そう思うことが来るなんて若い頃は思いもしなかった、とスネイプははやる気持ちをいつもの無表情で隠そうとして、そっと笑った。
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