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16:心を癒す方法

 こそりと顔を覗かせたヘンリーをマクゴナガルは受け入れ、彼女に戻ったその前にティーカップを置く。
「ハリーがあなたに会いたがっていると聞いています。夏以降会ってないならどこかで時間を作りましょうか?」
 開口一番に言われ、ハリエットはほっと息をついた。まだマクゴナガルの所に連絡をすればいいというのは知らないらしく、良かったと胸をなでおろしていた。

「母さん、私もうどうすればいいかわからない。怪物の正体を教えることも犯人を教えることも私にはできない。ハリーが悪く言われるのを黙って見ているしかできない。どうすればいいのかな。どこにいればいいんだろう」
 スネイプへの想いも宙ぶらりんで、一年間が緊張続きのこの年はどう動くことが正解か……ロックハートには関わり合いたくないのに妙に気に入られて。そんなハリエットをマクゴナガルが抱きしめる。

 教員が怪物にピリピリしているのはマクゴナガル自身わかっている。焦りと警戒と……いつになく気がたっている。それを彼女も理解しているから最近は顔を見せに来なかった。
 そして今日来たということはかなり疲労がたまっているのだろうと久々に見た娘の顔にマクゴナガルは抱き締めるしかできない。
 本当はこの事件について聞きたい。何が起きているのか。犠牲は出ないのか。
 だがそれを聞くということは、彼女の命を文字通り削ることとなる。

 落ち着くのを待ってからマクゴナガルは胸に抱いた娘をのぞき込む。ミセス・ノリスの時も大分痩せていたが、今も疲労の色が濃いせいで小さく見える。
 彼女がかつて彼であった時もあのような陰口があったのだろうか。今回は本人ではなくともその記憶があるのであればそれを思い出し、ハリーだけでなく彼女の精神も削られているのではないか。そっと髪を梳いて……本人並みに元気のない髪にため息がこぼれる。

「冬休みは帰省したとしてここにいるといいでしょう。この部屋ならばあなたを襲うものも、陰口も……あなたを害するものは現れませんから」
 そう言って不安げなハリエットの額に軽く口づける。子供を想う母の祈りのようなそれにハリエットは少しほほ笑んで……迷う様に目を伏せた。
 迷う理由はマクゴナガルもわかっている。スネイプに会いたいのだ。思わず笑みがこぼれるマクゴナガルは魔法薬の精製で忙しいスネイプを思い浮かべる。彼も彼でその忙しさからなのか、眉間の皺が見たこともないほどに深くなっていることを娘は気が付いているのか。

「そういえば最近セブルスも大分疲れているようでしたね。外も雪で覆われて雌鹿にも会えず、彼も相当ストレスがたまっているのかしら」
 そう口に出せばハリエットは目に見えてそわそわと落ち着かなくなる。わかりやすい娘にマクゴナガルは笑って、これを届けてもらっても?と羊皮紙をハリエットに差し出した。
 受け取ったハリエットは口実ができたからか、先ほどよりも顔を明るくしてそれを大事そうに受け取る。時計を見ればもう少し待たなければならないことを確認し、マクゴナガルはお茶を飲みましょうとカップを傾けた。


 元気爆発薬を瓶に詰めおえたスネイプは椅子に座るなり大きくため息をついていた。一度聞いた甘美な声は耳から離れない。彼に危害を加えないようにと我慢するあまり少し避けがちだ。
 そのせいなのか、それとも事件のせいなのか。すっかり元気のなくなったヘンリーが気がかりで、余計にいら立ちが止まらない。
 そこに軽いノックの音が聞こえ、誰だと言えばまさに考えていたヘンリーで。閉心術を使わなければと思うよりも先に体が動き、扉を開ける。

「これをマクゴナガル教授から届けてほしいと。今お忙」
 少し顔を明るくしたヘンリーが差し出す羊皮紙を受け取ろうとして、グイッと中へと引き込む。扉を閉めながらまだ言葉を紡いでいたヘンリーの唇を塞いだ。
 口の中からあふれる水の音だけが部屋を満たし、より深くと唇を食み息さえも飲み込む。力が抜けたところで慌てて開放し、ヘンリーを抱えて椅子に座った。
 横向きに座らせ、抱きかかえると落ちないようにとするようにヘンリーがスネイプにしがみつき、また顔が近くなる。何度も何度も唇を合わせているうちにスネイプもヘンリーも何か満たされてきて、黙って抱きしめあう。

「あ、あの……」
 そろそろこの関係もきちんとすべきか、と考えるスネイプは顔を赤くしたヘンリーをのぞき込んだ。赤く濡れた唇が魅力的で、塞ぎたくなる衝動を抑える。
「スネイプ先生……えっと、その……す……」
 顔を真っ赤にしたヘンリーが言葉を紡ごうと必死になる姿が愛しくて、ついじっくり見たくてそのあごを捉える。向き合えばさらに顔を隠して、言葉すら出てこなくなる。
「ゆっくり言葉にしたまえ」
 鼻の先、目元、口元、耳、あご先。言葉を促す様に、待つように口づけるスネイプにヘンリーはまだ言葉が続かない。
「す……」
 はくはくと口を動かす姿が可愛らしく、同時に彼女自身もこの関係をきちんとしたいと考えているのか、とスネイプは気が付き、勇気を出して飛び越えようとする姿をじっと見つめる。

「好きな人いますか?」
 紡がれた言葉に虚を突かれた気がして、眉を上げると言葉を間違えたらしいヘンリーの慌てた顔に思わず笑いがこぼれる。
「さてな。そそっかしいうえに変に意地っ張りでばたばたとしていると思えば難しい顔をして立ち止まる……。警戒心が強いかと思えば自分に好意を持っている相手に対し平気で背を向け、逃げ場のない部屋にもためらいもなく入る」
 スネイプがそう口に出すとヘンリーは軽く首を横に傾げた。いい加減自覚してほしい、とため息が出るスネイプだが、逃すものかと抱きしめる手を強める。
 そこでやっとわかったのか、慌てるヘンリーを抑え、じっとヘーゼルの瞳を見つめた。

「自惚れてもいいですか?」
「むしろ君以外が居たら困る」
 スネイプが好きな相手が自分だと思っていいのかと問うヘンリーに、スネイプは不安げな瞳を見つめたまま答える。
「あまり時間が取れないが、君の時間があれば休日隣で解毒剤の自習をしていてもらいたいがどうかね?」
 傍にいてほしい、と言うスネイプの言葉にヘンリーは顔を輝かせて嬉しそうにはい、と答えた。
では、成立だな、というスネイプにヘンリーはこれ以上ないほどの笑みでこくんと頷く。

「先生、ずっと好きです」
 はにかみながら言葉にするヘンリーにスネイプは思わず狼狽え、素直に言葉にできない分を口づけで補う。彼女が誰か別の男といるところなんて見たくもない、と抱きしめる力を強めた。

 
 




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