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15:ざわめきの中

 スリザリンの談話室はざわざわとしていて、考え事ができないヘンリーは部屋の中で手帳を前に腕を組んでいた。日にちまでが思い出せない。いつだれがどこで襲われたか……石化はスネイプが助けてくれるから大丈夫だろう。
 問題は……自分がそこに居合わせて目を見てしまうことだ。ジャスティンは確か……ニックとともに発見されたはずだがそれがいつだったかなんて覚えていない。忘れる前にとメモをしたのも、何か劇的なことがあった時以外の日にちはわからない。

「ダメだ思い出せない」
 ただでさえ7年間という記憶だけでも大変なのにいつだって目まぐるしくて、息つく日もなかった。1年の時はすべてが新鮮だった。2年の時の記憶があいまいなのはロックハートのせいだ。3年の時は……。ワームテールは悔しいが見逃さなくては。

「そうだ!3年生の時確か先生怪我……いや、吹き飛ばしちゃったんだ!何とか回避しないとなぁ。今年はたしか先生はあまり関わらなかったから大丈夫だけど」
 ため息をつき、手帳をしまう。パーセルタングを思い出そうとしても意識して喋っていたわけではなく、体のヴォルデモートの魂が反応していただけのようで、そこに自分の意識はなかったらしい。だから喉の使い方など全く分からない。
 思い通りにならないな、と頭を振って横に大分砂時計を見ればちょうど頃合いだった。煮えあがった薬を小瓶に移す作業はすっかりこなれたものだ。
 今日は長い16時間をいくつか作った。先日、また改良された薬は少し強めと聞いている。だからインターバルが初期よりは短い3時間だ。
 急にどうして強いものをと考えたが、短い時間のものを使って夜中に検証して分かった。以前の薬では少し中世的過ぎる顔立ちになっていたのだ。だが急に新しい薬に変えるとそれはそれで違和感があったため、その旨をマクゴナガルに相談し、そこからダンブルドアに連絡がいき……直接相談出来たらよかったのに、と俯く。
 自動筆記のペンを使って送ってしまおうかとも思うが、正体を知られたらと思うと怖くてできない。ひと月少し弱めた薬を飲んで、明日からはこの新しい薬を飲む。それで少しは男らしく見える……という。身長も伸びればよかったのにと思うが、ハリーも同じくらいなので諦めるしかないだろう。
 

 翌日は大雪で、誰もいないと全く音がしないほど静かな世界だった。静かすぎる世界に身震いし、呪文学を受ける。
「また生徒が襲われた――!」
 突然聞こえたピーブズの声に驚き、マルフォイらとともに廊下に飛び出る。どこだとみていると廊下をピーブズが通っていきマクゴナガルの大きな声が響きわたった。
 翌日だったか、と思い出すヘンリーはマクゴナガルに連れていかれるハリーを見て、どうしたものかと考える。

「ポッターがやったんだってよ」
「じゃあやっぱりあいつが」
 ざわめきが学校内を包み、ハリー=ポッターがスリザリンの子孫という噂が広まった。それを面白く思わないのはマルフォイだ。むすっとした表情でふらりとどこかへに出かけていく。ヘンリーはどうすべきか迷っていた。
 マルフォイは多分フクロウ小屋に行って父親に聞いているのだろう。それは手紙を持って歩いている姿を見ているから知っている。ハリーを慰めようとも考えたが、傍にいるハーマイオニー達を見て図書室へとやってきた。

 学校中からのハリーに向ける言葉がかつて自分が言われていたこともあるせいか胸に突き刺さり、どうにも落ち着かない。マクゴナガルの所にとも思ったが、もしパーセルタングのことを聞かれたら答えることができない。
 スネイプの所には何度か手伝いもしているがあの忘却術以降、軽い口づけしかかわしていない。そもそもかわすこと自体がおかしな話ではあるが、少し避けられている気がする。

 そうなってしまうとヘンリーは今学期どうすればいいのかわからず、おろおろする自分にも嫌気がさして大きく息を吐いた。
 とにかく何もしないこと。
 それが意外にも難しいことをヘンリーは嫌というほど痛感していた。誤算だったのはスネイプが忙しく個人授業の時間が取れないことだった。
 もうすぐクリスマス。1月の初めにスネイプの誕生日があるため、考えに考えて……ヘンリーはプレゼントを用意しなかった。あまりものを持つタイプではないし、スネイプが貰って喜ぶものなど何も思いつかない。カフリンクスだってたくさんあっても困るだろう。
 ハリーのことも気になるし、スネイプのことも気になる。そしてバジリスクのことも。

「部屋帰っちゃおうかな……」
 外部から遮断された、幼い頃からの小さな小さな世界。この冬帰ったと言って閉じこもってしまおうか。ヘンリーはそれぐらい揺れ動く心に疲れていた。ビオラとしてもスネイプに会えていないことがこんなにもストレスになっていたなんて思いもよらなかった。


 図書室内でもざわざわとした声が聞こえて、落ち着かないヘンリーは図書室を出ることにして、自室かスネイプのもとか……どちらかに行こうと扉を開ける。
「きゃっ」
 短い悲鳴が聞こえて、尻もちをついたヘンリーは同じように尻もちをついた相手を慌ててみる。本を返しに来たのか、ハーマイオニーがそこにはいた。
「ご、ごめん。ちょっと考え事していて」
 ぱっと立ち上がるヘンリーは散らばった本を拾ってハーマイオニーに差し出す。こちらこそごめんなさいね、と言うハーマイオニーはとても懐かしくて、ヘンリーは少し自分の心が落ち着くのを感じた。


「ありがとう。あら、髪にゴミが……。ちょっと急いでいたものだから。あなたは怪我はない?えーと確か……」
「ヘンリー=マクゴナガルだ。大伯母様からグリフィンドールの才女ハーマイオニー=グレンジャーのことはたびたび聞いているよ」
 あまり変わらない身長のヘンリーの髪についたごみをとるハーマイオニーは目の前の赤毛の少年を見つめる。スリザリンのタイをしているというのにヘンリーは寮の差別はしない。
 ハリーに対する陰口も彼が口にしているところは見たことがないほどに温厚な人だ、とハーマイオニーは考え、差し出された手で軽く握手を交わす。
 よし、決めたとヘンリーはハーマイオニーと別れて変身学の教授室へと足を向けた。



 
 




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