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7:ビオラの休日
 
 がやがやと玄関を出ていく一団を見て、あぁ今日なんだとヘンリーは不意に振り返ったマルフォイに頑張れよ、という意味を込めて軽く手を振る。
 それで伝わったのか、得意げな様子で競技場に向かって行った。オリバーとの間でひと悶着起きているんだろうなと思いつつ、さて僕も行こう、と外に出ると人気のない場所で雌鹿に……ビオラになって薬草をとる場所に向かう。
 早朝に取る薬草のためこの時期になるとやってくるのと知っているヘンリーは木陰からひょこりと顔を覗かせた。

「ビオラか。そこに生えているのにぶつからないよう気を付けたまえ」
 顔を覗かせた雌鹿に気が付いたスネイプはそう言って、迂回してきたビオラの小さな頭を撫でる。スネイプの手に撫でられるのが正直好きなビオラはぶるりと毛並みを整えてスネイプの足元にまとわりついた。
 そんなビオラを邪険にすることもなく、ただ危ないから下がっていたまえと押さえるのにとどめる。
 去年もスネイプが外に行くタイミングを見つけてはビオラになって傍にいたヘンリーだが、時々スネイプがぽろっとこぼす自身への話やその他の話を聞いて……黙って聞いているのがもどかしく感じることもあるし、罪悪感もある。
 いっそハリエットであることを話して、アニメ―ガスのことも言えたらいいが、この関係が壊れるのは嫌だった。
 この、一件何もない穏やかな時間はハリエットにとっても自分を落ち着かせる時間であり、ヘンリーとしても警戒せずに済むのは楽な時間なのだ。
 
 薬草を積み終え、早く処理しなければならないのだがスネイプもまたビオラとのひと時を楽しみにしているのか急ぎの薬草には触れず、手を止めてベンチに腰掛ける。
 その時を待っていましたとばかりに膝に前脚をかけるビオラは、今日も悪いと思いながらスネイプの話に耳を傾ける。
 ルシウスの箒寄付についてはありがたいが、それによってドラコを選抜したと思われて欲しくないことや、ロックハートが特定の生徒にちょっかいを出していることが不愉快だとか。
 そう思ってくれるだけでうれしいビオラはつややかな毛並みをした首を伸ばし、すりっとスネイプの首元に顔を寄せる。ヘンリーの時もそうだが、絶対に危害を加えてこないと、そう知っているスネイプの手は誰よりも安心できて、こうして軽くなでられるだけでほっとする。

 マクゴナガルにはどれだけあなたは心を許しているんですか、とため息をつかれそうだが、ハリエットはそれでもいい、と寄せた首筋から背にかけて撫でる感触に目を細ませた。


「本当に不思議だ……。ビオラ、お前には安心して何もかも話しそうになる」
 この優しいまなざしがどうにも安心してしまうようだ、というスネイプにビオラは喜ぶように全身をスネイプに押し付ける。彼の信頼を得るのに人の姿では近づけないなんて、と自分に笑えるビオラはそれでもいいか、と耳の後ろを撫でられて意識がゆらゆらと沈んでいく。
 どうしてスネイプの手はこんなにも安心ができて、そして気持ちがいいのだろう、とヘンリーの時も感じた思いに内心首をかしげた。
 やはり自分はスネイプを心の底から信頼し、そして好きになってしまっているのだと、ビオラは前脚をスネイプの膝にのせたままゆるゆると頭を下げて行った。苦笑する気配に何とか目を開けると、いい子だ、と目元を隠すように撫でられ……最近どうにも眠くて仕方がないハリエットは身長が伸び始めたのと関係あるのかな、とそのまま眠りに落ちて行った。

 眠ったビオラを見下ろすスネイプはやれやれとため息をつきながらも細いビオラの背をなでおろす。つやつやとした毛並みはとても触り心地がよく、やはりハグリッドかあるいは屋敷しもべ妖精かに世話をされているらしいと考える。
 杖を振るえばよく似た雌鹿の守護霊が現れ、寝ているビオラを見下ろす。鹿の美醜などはわからないが、それでも自身の守護霊とビオラはとても美しい部類だとそうみている。
 守護霊に関しては自身がリリーに抱く思いからそうなっているのかもしれず、このような鹿は野生にはいないだろうと考えていた。だが、ビオラを見ていると鹿でも整った顔立ちの個体はいるのだと知ることとなった。

 守護霊を消し、杖を再び振るえばビオラの身体が少し浮きあがり、大丈夫とは思いながらもマントで包んで地面に下ろす。眠っている間に薬草を取り終えてしまおうと立ち上がったスネイプは東洋のアネモネを一輪切り落とし、ビオラの耳の上の短い毛に差し込んだ。
 白い花がわずかに風に揺られて茶色い毛並みを彩る。柱頭部分の緑がビオラの瞳のようで、スネイプは背を向けて薬草を摘み始める。ちらりと振り向けば数年前から空いた花壇に植えていた白い花に囲まれてビオラが眠っていた。その様子がどこか厳かで動く絵画の様で……。
 たまにはこんな穏やかな休日があってもいいだろう、とスネイプはそっと口角を上げた。






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