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5:乱高下
ヘンリーは心を無にして配られたミニテストを見る。あぁそういえばこんなことやったな、とパラパラとめくる程度だった本の内容に触れるテストを凝視した。
女子生徒の中にはせっせと書くのもいるあたり、スリザリンだからと言って俗世になじまない古風な家庭ばかりじゃないんだな、とため息をつく。
本だってロクに読んでいないし、内容なんてひとかけらも覚えていない。さすがに白紙はまずいかな、と何とか筆を動かすも先ほどから鳥肌が止まらない。
「君がマクゴナガル女史の親戚のヘンリーだね!私の好きな色はもちろんみんな知っていると思うけど、君の赤い髪も私好みだよ」
答案用紙に視線を落としていたヘンリーはそんな声が聞こえて顔を上げ、うぇとしか表現できないものの誰もが聞いたことのない音を出す。
そうですか、と絞り出すような若干震えた声に男子生徒らから殺気が飛び交う。サラサラの髪がとても素敵だ、何を使っているかこの後教えてもらっていいかい?と後ろで結んだ髪に手が触れヘンリーの顔が引きつる。
誰かがペンをへし折る音が聞こえるとほぼ同時に、先ほどまで軽快に筆を進めていた女子生徒があぁ!と突然声を上げた。ロックハートがどうしたのかな、とそちらに注意が向き、そっちはそっちでどぎまぎしながら叫んだ言い訳を述べる。
そんな少女に、寮監だったら間違いなく加点していた、とグッドサインを送るスリザリン生はちらりとヘンリーを窺い見る。
「すみませんロックハート先生。ヘンリーがお腹が痛いということなので医務室に連れて行ってもいいでしょうか」
さっと立ち上がるのは隣に座るマルフォイで、杖で荷物をまとめるとヘンリーの手を取って、ロックハートの返事も待たずに教室を飛び出した。
黙ったまま歩くとちょうど医務室に薬を届けていたらしいスネイプと鉢合わせる。
「今は授業中と思うが何かあったのかね?」
いつになく眉間にしわを寄せたマルフォイと、やや俯き加減で長い前髪に顔が隠れているヘンリーという組み合わせに、自然と警戒するスネイプは医務室の扉を閉めたままの体勢で問いかける。
見たところ怪我はなさそうだが、ヘンリーの様子がおかしいのはすぐに分かる。
「スネイプ教授、ヘンリーが精神的にまいっているのでお時間よろしければ彼に付き添っていただいてもよろしいでしょうか」
口元に指の背を当て考えるマルフォイは、ひかれるままにふらりと歩くヘンリーをスネイプのもとに押し出しながらお願いしますという。ただ事ではないと察するスネイプはよかろうとヘンリーを引き寄せ、何があったと聞くが返答はない。
魔法の気配でもないため何が、と考えるスネイプはヘンリーはこちらで様子を見よう、と部屋に連れて行くことを伝える。
「それでは残り時間、授業を受けに行きたまえ。あぁ、ヘンリーの引率に対し、スリザリンに3点をかそう」
戻りたまえ、というスネイプに促されマルフォイは闇の魔術に対する防衛術の授業の続きを受けに行きます、と言い残して去っていく。受けていた授業から嫌な予感がして、マルフォイが角を曲がったのを確認すると誰もいない廊下を見て、さっとヘンリーを横抱きに抱える。
「えっ、ちょっちょっとスネイプ教授」
驚いて声を上げるヘンリーをいなし、スネイプは階段を降りていく。危ないと判断してスネイプの首に抱きつくヘンリーは徐々に落ち着きを取り戻し、どうか誰にも会いませんようにと祈りながら、無事スネイプの私室へと入った。
ソファーに下ろされ、目の前のローテーブルに温かな紅茶が置かれる。カップに手を伸ばし、すするとヘンリーの隣にスネイプが腰を下ろした。
何があった、とそっと顔にかかる髪を掬い耳にかけるスネイプにヘンリーはほっとしてカップを手に持ったまま何も言わず寄りかかる。どこが甘えたようなヘンリーに驚きながらそっと髪を撫でるスネイプはヘンリーを抱きよせた。
カップを机に戻すスネイプはヘンリーの唇をついばみながら、炎が燃えているような赤い髪を撫でつける。ウィーズリー家の兄弟や妹とも違う水の中で燃える赤い炎のような、そんなヘンリーの……母親譲りの髪を何度も撫でるスネイプはヘンリーが落ち着いたのを見て唇を解放させた。
「何があったのかね?」
ずれた眼鏡をかけ直させ、じっと至近距離から見つめるスネイプにヘンリーはなんであそこまで嫌悪したのかなと自問しながら先ほど起きたことを覚えている限りスネイプへと伝える。
「変ですよね、今までだって寮の仲間たちに触られても何ともなかったのに……。髪を触られてショックを受けるなんて情けないですよね」
へへ、と笑うヘンリーにスネイプは何も言わず引き寄せ、唇を重ねる。予期していなかったのか、息苦しさにヘンリーの口が開くとその隙間を埋める様にぬるりとスネイプの舌が入り込む。
入ってきた舌に舌を引き出され擽られると、内心動揺しているヘンリーにはどうすることもできなかった。
舌と舌が触れ合った瞬間びりびりと何かがヘンリーの中を駆け巡り、ロックハートの気味の悪い笑みも、言われた言葉も、触られた髪の事も、全部頭から吹き飛び、スネイプに身をゆだねる。
水音が部屋に響く以外の音が消え、ヘンリーはうっとりと目を細めてその感触に酔いしれた。
一日の運勢の帳尻合わせひどくない?としばらくして解放されたヘンリーはスネイプの胸にくたりと顔を埋めて考える。首筋を撫でられるのも、お尻のほうを抱き寄せるのも深く考えず、すりっと身を寄せた。
「また何かあの男にされたらすぐに言う様に。私が払拭させて見せよう」
このように、とまだ息を整えているヘンリーを抱きしめ、もう一度深い口づけを施す。ヘンリーの小さな舌を引き出し、自分の領域に入れると無垢な舌を食み、逃さないよう何度も吸い出す。
散々荒らすだけ荒らしたヘンリーの唇を解放させたスネイプは先ほどとは別の意味で動けなくなったヘンリーを抱きしめ、その額に口づける。
反射的に目を閉じる姿に、赤くなった唇を無意識に凝視するスネイプは慌てたように首を振って授業が終わるまでと抱きしめ続けた。
何度も自分にヘンリーはあの魔法薬を飲んでいる少女だと言い聞かせるも、かえってそれが自分を苦しめる。いるからとはいえ、同性はあまり古い名家からはよく思われないのもなくはない。
だが、本当に彼が彼女であるのであれば何ら問題はない。黒髪で緑の瞳とくればその片割れを思い浮かべるも髪の長いヘンリーのおかげで被って見えることはない。
とはいえ、それであればなお問題で、未成年の……12歳の少女に何をしているのだ、とスネイプは冷や汗が止まらない。それはそうとして、とあの不審者に対する怒りがふつふつと湧き上がる。
お前ごときが触っていい髪ではないし、ヘンリーの髪はあの時渡した魔法薬のおかげであって、ベストコンディションの時は比でないし、誰が奴に作るものか、と何度も髪を撫でている。
感触を確かめているうちにいつの間に眠ってしまったヘンリーを見下ろした。実は仮説は間違いで、彼女は彼ではなく、彼は彼で別の彼女で……とあまりにも無防備なヘンリーを見ていると思考がおかしなことになっていく。
「あまり無防備な姿を見せるでない」
骨の髄まで食べてしまいそうだ、と安心しきった顔に呟いた。
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