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29:母の勘は鋭し
ホームでマルフォイたちと別れ、路地に向かうヘンリーは懐からポートキーを取り出すと、時計を見る。ほどなくして作動したポートキーによりホグワーツの中庭に現れると、念のため目くらましをかけて自宅であるマクゴナガルの部屋に向かった。
「ただいま」
扉を開け、顔を覗かせるとちょうどお茶の準備をしていたマクゴナガルが振り返る。
「そろそろかと思って待っていましたよ。さぁ、荷物を片付けてきなさい」
ぎゅっと抱きしめるマクゴナガルに促され、見せかけだけでほとんど物の入っていないトランクを部屋に運ぶ。少年の服から少女の服に着替える頃にはハリエットの姿に戻っており、、マクゴナガルのもとに戻っていった。
ベベが焼いてくれたという糖蜜パイを食べるハリエットをマクゴナガルはじっと慈愛のこもった眼差しで見つめる。それをみて、パイを置いたハリエットは隣に行くと、心配かけてごめんなさいとマクゴナガルに抱きついた。
それを受け止めるマクゴナガルは、まったくですとため息をつき、まだサラサラな髪をそっと撫でつける。
「呪いの力は大丈夫だったのですね?」
「うん。運命は変えなかったから……だから大丈夫だったんだと思う。安心して、2学年はこんな無茶なことはしないって誓うから」
起きること全てに目を瞑っても……いや、瞑ることで円滑に進むだろう2学年は他の準備をするにはうってつけの時間だ。後半に身動きがとりづらくなるとしても、ハリエットとして、ヘンリーとして行うことは何一つない。
不用意にマートルにいるトイレに近づかなければ石化も心配はないだろう。
「そうですか。とはいえ、彼はいろいろとトラブルに巻き込まれるでしょうけど、あなたを見ている限りではそれほど悪いことは起きないと、そう思っておきましょう。あぁ先ほどヘドウィグがこれを。どうやら預ける際に手紙を持たせたようですね」
楽観視は致しませんが、というマクゴナガルの取り出した封筒にハリエットはため息をついて、手紙のやりとりはできないって言ったのにとかつての自分にあきれるしかない。
一応気を付けたのか、短い手紙には名前は一切書かれていない。片割れからの手紙は相変わらずの字と勢いのまま書いたらしい内容に思わず笑みがこぼれる。
「そうだ、気になっていたんだけど……。母さんはギルデロイ=ロックハートって覚えてる?」
あとから知った、彼はかつてレイブンクローにおり、学年は違えどあの6人が在学中にいたらしいということからマクゴナガルに尋ねる。
少し考える風のマクゴナガルにやはり寮監でなければよほど優秀だったり何か記憶に残ることをしたりしなければ覚えてないか、と苦笑する。
「確かそのような名前の生徒がいたのはわずかに覚えています。確か……日刊預言者新聞で名前を最近見た気がしますね。それがどうかしました?」
どういう生徒だったかまでは覚えていないというマクゴナガルは、最近名前を見た気がするという。彼の知名度については、当時魔法界のことを全く知らなかったハリエットだが、彼の知名度が一過性のものだということに思い当たり、乾いた笑いをこぼした。
有名になりたかっただろうから、必死だったんだなと思いつつ、その結果があれかと若干の哀れみさえある。自業自得なのだからどうしようもないことではあるが。
「ちょっとね。母さんはそういうミーハーなところが無くてほんとよかった」
9月は色々大変だから、というハリエットに想像がついたらしいマクゴナガルは頭を抱える様にため息をついた。厳格な彼女にとって、あの男はさぞ不快だっただろうと紅茶を飲んで誤魔化す。
「母さんも何か羽目を外してやりたいこととかってクィディッチ以外ではないの?」
クィディッチの時の熱狂ぶりは選手として飛んでいた時でさえわかっているハリエットは彼女が目を輝かせる何かに遭遇したことはない。
「一応ありますよ。このホグワーツにあるあらゆる石像を動かすとかね」
一度やってみたいんです、というマクゴナガルにハリエットは驚き、見てみたいと笑う。守りの呪文などで勝手に動かせないだろう石像はたくさんある。
あの決戦後かなりの数が壊れていたそうだが、もしかしたらやったのかなと思うと笑いがこみ上げてくる。
「あとは、あなたが無事成長して、家庭を持ちその家に手伝いに行く……などもちょっと夢見ています」
これはあくまでも親としての夢ですが、と笑うマクゴナガルにハリエットは目をしばたたかせて顔を赤らめた。あの大戦の時どうなるかわからないが、母さんの手から誰かのもとに嫁ぐ……。
それがスネイプの姿で想像して慌てて頭の上で手を振った。
「……別にあなたの相手に理想などはないですが、セブルスで本当にいいのですか?」
紅茶を飲んでいたハリエットは吹き出しそうになって慌てて呑み込み、奇妙な音を鳴らす。そのまま咽ると、顔を上げた時には息苦しさなどだけでないほどに顔を赤くしており、ぱくぱくと口を動かす。
本人にまだ気づかれていないのに、なんで、と思考が空転する。
「母親としての勘でしょうかね。ヘンリーとして接しているときも、外で雌鹿になっているときも、あなたすごくうれしそうですもの」
彼が奥手でそこに関しては少しずれていてよかったですこと、とほほ笑むマクゴナガルにハリエットはこれ以上ないほどに顔を赤くして、まるで元気爆発薬を飲んだ時のように湯気を立ち昇らせる。
「カフリンクス、とても素敵なものを選んだようで、あの日のセブルスは学生時代でも見たことがないほどに上機嫌にしていましたし、あなたが腕に付けている髪紐に満足げにしていましたよ」
あなたも気に入っているようですし、似合っていますね、とクィディッチで優勝したとき波に上機嫌なマクゴナガルにハリエットはただただ顔が熱い。
「いっ一応、前世も合わせればほとんど同じ年だから……。それにその……本当は優しい人だっていうの知ってしまって……」
実際今でも優しいしから、というハリエットにマクゴナガルはふむ、と学生時代からのことを思い返す。
彼が優しい云々はあまりピンとこないのが現状で、スリザリン寮内での顔なのか、それとも“ヘンリー”だからなのか。
ふとした瞬間のヘンリーは髪の色だけでなくその顔立ちも似ているためにリリーそのものに見える時がある。ハリーの双子であることを知っているマクゴナガルとしては家族なのだから当然だろうとは思うが、ヘンリーは甥の子だとしているために不思議に思っているのではないのだろうか。そう考えながらハリエットをじっと見つめる。
「それにしても一年でずいぶん成長しましたわね。毎日見ていない分会うたびに成長する姿を見られてとてもうれしく思いますよハリエット」
毎日朝に囲まれているせいなのか、小食な彼女が必死に食べている姿を見ているマクゴナガルは会うたびに少しずつ成長している娘を見て目を細めた。ヘンリーの時でさえ髪がだいぶ伸びて、スネイプほどだった髪はいまや背中に達している。
ハリエットに戻ると少し伸びて、背中の半ばまでゆるく波打つ髪が伸びていた。
「ヘンリーの姿で今度整えてもらいに行こうかな。さすがに伸びすぎだよね」
ハリエットも少し気にしているのか、手に取ってすごい伸びたと感心したようにつぶやく。短くし過ぎるとそれはそれでハリーに似てしまうため、マクゴナガルはそうですね、と柔らかな髪を手に取る。あの魔法薬の効果で傷んだ髪はもうなく、まだサラサラを維持していた。
「ヘンリーの姿で整えても大丈夫でしょうけどハリエットの姿で整えたほうがいいかもしれませんね。またベベに頼みましょうか。彼女なら例年通り綺麗に整えてくれるでしょう」
それとは別に背も伸びたのだから服も新調しないとですね、と笑うマクゴナガルにハリエットも微笑み、長い夏休みの過ごし方を二人で相談していった。
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