--------------------------------------------
26:優勝杯
どんよりとした空気のスリザリン生とは反対に、他3寮がやけに賑やかに席に座る。前よりはましかな、と学年末パーティーは最初から赤と金で彩られている。全員が席に着くとダンブルドアが立ち上がる。
「今年もまた一年がたった」
そう言って始まる演説は懐かしく、ヘンリーはその言葉を一字一句忘れないよう、記憶に刻み込む。そして昨日のネビルの加点で10点差でのグリフィンドールの勝利が宣言される。
「さて、最終点数は以上じゃが、一つ大事な加点がある。ヘンリー=マクゴナガル」
グリフィンドールの歓声が響く中、にこやかに静まらせるダンブルドアは声を張り上げた。呼ばれたヘンリーは驚いて顔を上げ、全生徒からの視線を浴びている気がして顔を赤らめる。
「この一年、君は魔法薬を飲まねばならないために不自由な学校生活を余儀なくされておった。それでも勉学に励み、優秀な成績を収めた。毎日の服薬はとてもつらかったと思う。この一年それでもあきらめず、夢に向かって励むその姿に10点を差し上げよう。」
ダンブルドアの言葉に大広間が水を打ったように静まり返る。
「今年乗り切れたのじゃ、来年も引き続き勉学に励む様に。さて、困ったことに同点1位でグリフィンドールとスリザリンが並んだようじゃ。そうじゃな、では特別にこうしよう」
ダンブルドアがにこやかにほほ笑み、手を叩く。ふわりと風がグリフィンドールの旗を揺らめかせ、赤と金の垂れ幕が半分緑と銀に入れ替わり、雄々しい獅子の旗にスリザリンの蛇の旗が半分半分となって揺らめく。
グリフィンドールと同点なのが気に喰わないスリザリンだが、毎日薬のために談話室で勉強していても、談話していてもそれを切り上げ、日々努力をしていたヘンリーのそれが認められて思わず雄たけびが上がる。
ぽかんとするヘンリーだがよくやった、という言葉と共に頭をガシガシと撫でられた。唖然とするグリフィンドールは複雑そうな顔を覗かせ、喜ぶべきかそれとも悔しがるべきか、どっちつかずの表情となる。
初めからこうするつもりだったのか、とため息を吐くスネイプにマクゴナガルもぬか喜びさせないでいただきたいものです、とそう言いながらも例年の悔しい雰囲気ではなくもみくちゃにされるヘンリーを微笑ましげに見つめる。
状況を呑み込み、嬉しそうに照れ笑いするヘンリーをスネイプはいつもの表情を和らげながら見つめ……回される腕などに思わず眉間に力がこもる。
前代未聞だ、と声が上がるもそれは黙殺され、ホグワーツには記念すべき同点優勝の日として卒業生らの胸にもきざまれた。
昨日の優勝確定で大喜びしたハリーだが、まさかの追加点に驚き、普段静かなスリザリンの嬉しそうな声と、その中心でもみくちゃにされるヘンリーを見る。
あれ以来授業以外で顔を合わせることもなかったが、ふわりと笑うヘンリーが素の表情に見えてほっと息を吐いた。はにかむように笑うヘンリーは下手すると少女にも見え、文句を言おうとした男子生徒がその晴れやかな笑顔に思わず口をつぐんでいる。
図書室であった時、試験勉強をしていなかった彼だが、そうかとハリーは合点がいく。彼の自由時間は薬の服用とやらで短いのだ。薬を飲んだ後何をしているかわからないが、早朝などの時間を見つけて勉強しているのだろう。
だから日中は彼にとっての唯一の空き時間で……。それならロンの言葉に傷ついただろうし、悔しかったのだと、ハリーは一人納得した。他と違うというのは歯がゆいし、そのことに差を感じるのはハリーにとってもつらいものだから。
ふと、ハリエットはどうしているだろう、とハリーはダンブルドアに目を向ける。目が覚めた時、石のことと、ハリエットのことが気になってすぐに問いかけた。そこで石は壊したことと、ハリエットは無事だという話を聞いた。
「クィレルはどうして僕に触れられなかったんでしょうか」
たくさんありすぎる質問を順立てて答えよう、というダンブルドアにハリーはまだ混乱する頭を落ち着かせようと、頭に手を置こうとしてその手を見つめる。
「君の母上は君を守るために亡くなった。その時、目に見えない深い愛が君の肌に刻み込まれたのじゃ。ヴォルデモートはその愛の力を理解できん。ヴォルデモートと魂を分け合うなどしているものには君の肌に残されたその力に触れることはできないのじゃ」
クィレルはその身にヴォルデモートの魂を保有していた。だからこそその守りの力がハリーを守ったのだというダンブルドアにハリーは驚き、両手を見つめる。
「もしも……もしも僕があの時クィレルに飛びついていたら……」
この手でクィレルを殺していたのは自分だった。そう考えて……はっと顔を上げる。クィレルは死んだ。ほかならぬ自分の片割れともいうべきハリエットの手で、彼は命を落とした。
「ハリエットに……彼女にはこの守りの力はないんですか」
彼女が何をしたのか……。彼女は自分でクィレルを殺すことを選び、そしてそのことに怯えていた。静かに首を振るダンブルドアはその当時の後悔があるのか、半月の眼鏡の奥で青い瞳を伏せる。
「彼女には残念じゃが君の母上が残した守りの力は施されておらん。生まれて間もない君たちを見た時、二人が共に暮らすことができないことを知ったのじゃ。間違いなく君たちの母であるリリー=ポッターはハリエットをも愛しておる。じゃがあの晩いたのはハリー、君だけじゃった。それゆえにハリエットは完全な無防備な状態になってしまった。生まれて間もない君達を引き離すべきではなかったかもしれん」
ハリエットには守りの力がないことと同時に、ダンブルドアが以前話してはくれたが彼自身が引き離したことを知り、ハリーは思わずどこか悲し気なダンブルドアを見つめた。
なぜ、どうしてという言葉が頭で巡り……ふとハリエットの言葉を思い出す。彼女は何と言っていた。
「自分は知りすぎているから、とハリエットが言っていたことが関係しているのでしょうか」
確かそう言っていたはずだ。あの時は驚いてしまい、うまく呑み込めなかったが彼女はそれで一緒にはいられないと言っていた。
「知りすぎている……そうじゃな。その通りじゃ。それゆえにハリエットは君の施された母の愛の力ともいうべきその守りの力で君が他者の命を奪うことのないよう、彼女にできる最大の方法で変えた……そういっておった」
知りすぎているという意味は未だ全容はわからない。それでもハリーはその答えにぞっとして、自分が背負うはずの業を彼女が背負ったことに言葉を失う。
どこまで知っているかはわからないが、この先も彼女は自分のためにと、危険なことに進んでいきそうな気がして、そんなことさせられないと首を振る。
「今はハリエットは落ち着いて普段通りの生活を送っておる。夏季休暇までに会えるか、わしから聞いておこう」
こぶしを握り俯くハリーにダンブルドアは優しく微笑み、聞くだけ聞いてみようという。また会える。なんとなく彼女は会ってくれるという確信めいた思いがあり、ハリーはそっと息を吐いた。
他には大丈夫かなというダンブルドアに透明マントのこと、スネイプのこと……ずっとこの一年疑問だったことを次々にぶつけていった。
大広間を出るハリーをハグリッドの大きな声が呼び止める。
こっち、と言われて中庭に行くと、フラッフィーの秘密を誰かに喋ってしまったために起きた一連のことにボロボロと泣きながらすまねぇと謝る。一緒にきたハーマイオニーとロンと一緒に何とかなだめていると革表紙のアルバムを取り出した。
「こんなことになっちまってどうしようと思って……おめぇさん両親の顔を見たことがないだろ。それで同級生らにフクロウを送って……」
ぎっしりと写真の張ったアルバムには在りし日のジェームズとリリーが笑って手を振っている。これ以上ないプレゼントに喜ぶハリーはそれを胸に抱き、その夜じっくりとその写真を一枚一枚見ていく。
「あれ?……これは母さん?」
ハロウィンだろうか、そんな写真を見ていたハリーは目をしばたたかせた。服を変えているのか、父ジェームズは不服そうな顔でワンピースを着て、それを黒髪の男性が大笑いしている。
その隣で男物の服を着て、髪を結んだ母リリーが笑っていて……。髪の色のせいか、先ほどのヘンリーの笑顔に瓜二つだ。
「どういことだろう」
なぜ関係のないヘンリーに見えるのか、ハリーは首を傾げその写真を食い入るように見つめた。
|