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25:学年末の前日
翌朝、元のさらさらとした髪で大広間に入ったヘンリーをマルフォイが迎え入れる。
「ポッターが一昨日の晩運ばれたと聞いたが、うるさくなかったのか?」
あの晩から二日。以前より少し早い時間での復帰に、ハグリッドのアルバム間に合って無さそうと考えていたヘンリーは肩を竦めて見せた。
一昨日の夜、案の定熱を出して一日休むことになってしまったが、魔法薬のおかげでぐっすり眠っていたことと、ヘンリーが起きている間はずっとカーテンをしていたことからダンブルドアとハリーとの間で会話はなされていたが防音の魔法を使ったのかさほど気にならなかったと答える。
「何があったんだい?耳を澄ませても聞こえなかったからさっぱりなんだ」
席に着きながら問いかけるヘンリーに、マルフォイとは反対側によく座る上級生が、学校が守るものを闇の魔法使いから守ったんだとさ、と答え……ヘンリーの後ろで束ねた髪を思わずといった風につかむ。
「すごいサラサラになっているけど、どうしたんだ?」
もともと綺麗な髪だったのがさらに美髪になっている、という上級生の言葉に近くにいた男女問わずのスリザリン生がヘンリーの髪を撫で、何使ったらこうなるの?と興味津々に問いかける。
え?と目を丸くするヘンリーは目を泳がせ、髪につけたターコイズの髪紐に手を置く。
「こ、これくれた人がその、髪が傷んでいるように見えるって……」
ヘアオイルの様に髪につけるタイプの魔法薬で、つけた瞬間から想像以上に美髪になったことにそれを渡したマクゴナガルともども驚いていた。
そしてそのままその指通りを確かめる様に今朝もマクゴナガルに念入りにブラシを入れられ、さらに磨きがかかってしまったのだが。
『セブルスはあなたの髪が傷んだ事がショックだったのでしょうかね』
そう言って微笑みながら渡されたことを思い出してほんのりと頬を赤くする。男の髪なんて放置すればいいのに、そうしなかったスネイプ。
何度か髪を梳いていたりしたことからも割と気に入ってもらえているのはうれしいが、なんだか少し恥ずかしい。
赤面するヘンリーにスリザリン生らの間にピリッとした緊張が走り……誰がこの蛇の穴に迷い込んだ無垢な子猫を懐柔し懐に入れたのか、そういう眼でお互いを見る。
教員席から見ていたスネイプは少しやりすぎたか、と思いつつここから見ても艶やかな髪と、それを束ねる青い石を見て満足げにわずかに口角を上げた。
「ヘンリーの髪、ありがとうございますセブルス。おかげで今まで以上の美髪になって、ヘンリーも喜んでいましたよ」
上機嫌なスネイプに気が付いてか、席に座る前に立ち寄ったマクゴナガルにそう囁かれ、思わず顔をしかめる。
その様子をみて笑うダンブルドアは普段は寮内でピリッとした空気を出さないスリザリンの様子に頷き、手を叩き注目を集める。
最近の起きた出来事について加点をしたい、と声を張り上げるダンブルドアに大広間は鎮まり返る。
現在の首位はスリザリン。グリフィンドールは最下位だった。それを次々加点して逆転していく様は……勝利を確信していたであろうスリザリンの顔を青ざめさせるには十分だった。ずっと首位をとっていたスリザリンがその座を奪われたことに明日の学年末の発表を前に歓声が上がる。
授業も何もなく、教員にも点数調整のための加点を禁止するため校長以外の加点は認められない……ゆえにスネイプが誰かに加点することもできない。
がっくりとうなだれるスリザリン生を見て、ヘンリーはそっと目を伏せた。
スリザリンは入る基準が少し狭い。そのせいか一番多いハッフルパフなどと比べるとその数は明らかに少なかった。それなのに首位を取り続けていたのは依怙贔屓するスネイプのおかげもあったかもしれないが、個々の努力もあってのことだ。
まるでグリフィンドールを勝たせたいがための加点のように思えて、胸が痛む。あの場にヘンリーはいなかったとされている以上、ヘンリーに対する加点はない。ちくんと胸が痛むヘンリーはそれを無視してどんよりとしたスリザリン生とともにいつも以上に静かな朝食をとった。
ぎりっと奥歯をかみしめるスネイプは思わずダンブルドアを睨み付け……喜ぶグリフィンドールを、ハリーを見る。校長の採点に文句はないが、それでもこのスリザリンの落ち込み方は……。
今年卒業する生徒にも嫌な思い出になってしまったことにこぶしを握り締めた。ヘンリーこそが点数を持つにふさわしいのに……。
その日は恐ろしく静かな談話室に息がつまり、ヘンリーはそっと寮を出る。そのままスネイプの私室に向かうと、重々しい雰囲気の扉をノックした。
「ヘンリー=マクゴナガルです。いらっしゃいますか?」
声をかけると直ぐに扉は開き、中にと促される。いらだった様子のスネイプにヘンリーは慌てて駆け寄り、その手を取った。
無言で伸ばされた手が髪を撫で、ヘンリーは促されるままに上向き、合わさる唇に目を細めた。何度も角度を変えて合わさるのに次第にヘンリーの息が上がっていく。
先生、と言おうとした唇を軽く食まれるとヘンリーの腰がへたれ込み、慌てたように抱き留めたスネイプにその身をゆだねる。少しやりすぎた、とヘンリーをソファーに導き、座らせた。
だが一度骨抜きにされたヘンリーはしっかりと座っていられず、隣に座ったスネイプにもたれかかるしかない。
「ヘンリー、なぜ君はそこまで我輩を信用しているのだ?何も言わず同性に口づけられているというのに」
この眼はまずい、と眼鏡を抜き取りそれをローテーブルに置く。上気して潤んだ瞳を持つヘンリーは嫌じゃないから困っています、と恥ずかし気にうつむいた。
耳まで真っ赤なヘンリーにスネイプは飛んでいこうとした理性をぎりぎりのところでつかみ、何とか耐える。
「あの、魔法薬ありがとうございました。すっごいサラサラになって……痛む前よりもすごく状態がいいようです」
スネイプに貰った髪紐で結わいているヘンリーは一つにまとめた髪を手にもじもじとお礼を言う。
その姿にだから無意識は恐ろしい、とスネイプは手繰り寄せた理性が飛んで行かないよう、覚えている限りの魔法薬のレシピを頭の中で反芻し、何とか縫い留める。
「もうじきに夏季休暇になるが、体調は大丈夫なのかね?」
「そうですね……いつも通り部屋で本を読んだり……ちょっとだけ魔法薬の精製を練習したり……と考えていますので、体調については問題ないかなと。そういえば先生は夏はどんな風に過ごしているんですか?」
やっとまともに座れるようになったヘンリーが体を離し、置かれていた眼鏡をかける。杖を振って紅茶の入ったカップを前に差し出したスネイプの問いかけに例年の夏を思い出すヘンリーはいつ城を出て買い物に行こうか、と考えていた。
そうだ、とはっと思い付くヘンリーは城の中でスネイプに合わないようにするため、今年はどうするのかと思い聞き返す。
「我輩は例年通りこの地下にいるか、新たな魔法薬を調べるため、一時的に自宅に戻るなどをするが……。今年はマルフォイ家に、ドラコの父であるルシウス氏に呼ばれているためそちらに出向くだろう」
ずっとこのパターンだ、というスネイプにヘンリーは内心でやっぱりと思いつつ、そうなんですか、と笑いかける。この数年でスネイプの行動は大体覚えている。ならば例年通り気を付けて行動しなければ、と考え……引き寄せられるがままに口づける。
「時々手紙書いてもいいですか?」
顔を赤らめ、許可を求めるヘンリーの髪を指で確かめるように撫で、できる限り返そうと唇を触れ合わせて返した。
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