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24:歩き出した茨の道
ん、と瞼が震え目を開けたヘンリーは何度かまばたきをして……目の前にスネイプがいることに気が付いた。驚いて目を見開くヘンリーをスネイプはよかったと言いそっと撫でる。
「何があったのかね?ヘンリー」
そっと髪を梳きながら問いかけるスネイプにヘンリーは思い出すかのように瞬き……はっとして悲鳴を堪えるように喉を震わせる。とっさに抱きしめるスネイプが大丈夫だ、と繰り返しその背を撫でる。
細く薄い身体を抱きしめるスネイプの力強さに元気づけられたのか、その肩口に顔を埋め、縋りつくヘンリーは魔法薬の匂いと、それとは違う……スネイプ自身の匂いを吸い、徐々に落ち着きを取り戻した。
本当のことを言えないヘンリーは目を伏せ、必死に矛盾したりしないよう経緯を考える。かつてはこんな嘘を述べるなんてできなかったというのに、いつの間にかすらすら出てくることに自分自身にあきれてしまう。
「医務室にいる時、廊下であの3人の声がして……。今夜禁じられた廊下の先の石が……スネイプ先生によって盗まれるのではないかというのが聞こえて。いったい何の話か気になって……気が付いたら夜にベッドを飛び出してしまったんです。禁じられた廊下が見えるところで突然クィレル先生に襲われて……」
スネイプはいちいち本人たちに自分を疑っていたのか、なんてことは聞かないだろう。
そう思って経緯を話すと、案の定スネイプは心外だ、という顔でヘンリーを見ている。3人が何か先生にするのではないかと思って、と訳を話すヘンリーはそのあと見られたからという理由で縛られ、引き摺られて行ったという。
「トロールの指が引っかかって頭を強く打ってしまって……意識がもうろうとしていたらクィレル先生の後頭部に男の顔が張り付いていて。ポッターが襲われているのを見てとっさに……」
目を伏せるヘンリーをスネイプはより強い力で抱きしめ……もういいと優しく少し傷んだ髪ごと頭を撫でる。その温かさに嘘を吐く申し訳なさを覚えつつ、ヘンリーはほっと息を吐いた。
ほっとしたことでなのか、うとうとと眠りそうになるヘンリーをスネイプは下ろしたままの髪を巻き込まないようそっと寝かせる。離れようとするスネイプを細い指が軽く引く。
「大丈夫だ。今はゆっくり休みなさい」
ゆるくつかむ手を持ち上げ、指先に口づける。嬉しそうに笑うヘンリーが穏やかな寝息を立てたことを確認し、スネイプは廊下から聞こえる足音に入口へと向かった。
「ヘンリーは先ほど少し目を覚まして、今眠ったところです」
「あの子の心労を変わってあげられればどれほどいいことでしょう……。明日一日も休ませますので、そのように」
戻ってきたダンブルドアとマクゴナガルに報告すればマクゴナガルは心の底から心配だという様に息をつき、ダンブルドアもまた重々しくうなずいている。
「あの石は先ほどニコラスと話したうえで破壊することとした。もう二度とこのようなことは起きないじゃろう。クィレルについては先ほど魔法省に報告し、事故で亡くなったこととしたため、ミスターマクゴナガルが関わったことはここにいるものだけの秘密とするように。あの者に人の死を背負わせるのは酷じゃ」
今夜あの場にヘンリーはいなかった、そういうことにというダンブルドアにスネイプは頷く。
早朝、目を覚ましたハリエットはポンフリーの検査を受け、何でもないことを確認すると校長室へと促される。本当はもう少し眠っていて欲しいのですけどね、とどこか怒った風のポンフリーだが、今ハリエットの手元に薬がないことから仕方がないと判断したらしい。
トロールの一撃で拡張したポケットに入っていた薬は全部割れてしまった。ローブをかぶり、ポンフリーに促されるままに校長室に向かえばダンブルドアがすまんの、とポンフリーに謝り暖炉に向かってマクゴナガルを呼ぶ。
走って来たのか、息を切らしたマクゴナガルは不安げな様子のハリエットを見るなり無事でよかった、と抱きしめた。ポンフリーはその様子に後は頼みますよ、とハリーの世話をするため、部屋を出て行った。
スネイプとはまた違う抱擁にハリエットの涙腺が緩み、母にしがみつく。
「ハリーの、ハリーにかけられている、お母さんの、リリーの愛の力で、殺して欲しくなくて。隙を窺っていたら、でっでも、おかげでハリーが、ハリーが人を死な、死なせなく」
しゃくりあげながらも必死に話すハリエットにマクゴナガルは頷き、傷んでしまった黒い髪を何度も撫でつける。
ハリーはおかげでクィレルを殺すことはなく済んだ。その代わりにその役目をハリエットが担ったのではないか。席を外した際ダンブルドアがマクゴナガルへと伝えた仮説が正しいことにマクゴナガルは胸を痛めていた。
だが彼が死ぬことが流れであったのであれば……その流れを変えることはハリエットの制約に触れる可能性がある。それで天秤にかけるわけではないが、つらいのはそれを決定したハリエットだ。
「ハリエット、これが君の進もうとする茨の道じゃ。それでも……それでも進むというのかな?」
ひとしきり泣いて落ち着いた様子のハリエットにダンブルドアが静かに切り出す。目を伏せ、迷う様子を見せながらも一度目を閉じたハリエットは頷き、強い意志を持った目でダンブルドアを見つめる。
「今回は制約にはかからなかった……。だけど……この先変える未来を考えるとやらなければならなかった……。だから……たとえ茨の道でも進みたい。でないと、でないと変えたい未来が見えてこないから」
だから引き返さない、そういう瞳にダンブルドアは少し悲し気に、それでいて優しい眼で頷く。マクゴナガルもハリエットの肩に置いた手に力をこめ、引き止めたい口を必死に引き締めた。
ハリーに死を見せる。これはこの先とても重要なのはわかっているハリエットは無意識に腕に付けたままのブレスレットを握り締めた。
これから先どうなっていくのか怖いハリエットはただひたすら矛盾が無いようにとこぶしを握り締める。
ヘンリーがあの場所にいたというのはおかしな具合になるから、と自室に戻ったハリエットは幼い頃から見上げている天井を、天窓を見つめる。
この先セドリックを助けるつもりのハリエットにとって、ハリーが死を見ることが大切だった。それに……スネイプは大丈夫だと、そう言って抱きしめてくれた。
だから……大丈夫。幼い頃に買ってもらった白いフクロウのぬいぐるみを抱き寄せ、顔を埋める。きっとこの先このことが悪夢になるだろう。でもそれはかつて自分が見てきた母の最期と同じ死の瞬間だ。だからきっと耐えられる。
ハリーの傍では落ち着かないという理由でマクゴナガルの私室で休むヘンリーにスネイプはこれを渡してほしいと、マクゴナガルに小瓶を渡す。
「髪がだいぶ傷んでしまったようだったので、それを治す魔法薬が幸いにもあったので持ってきたのです。彼に渡してほしい」
「えぇ、とてもきれいな髪をしていますからね。確かに、受け取りました。マダム・ポンフリーからも怪我は完治したと聞きましたので、明日の朝には大広間に行けるでしょう。それとポッターはまだ目を覚まさないのですか?」
とろりとしたオイルのようなそれを受け取ったマクゴナガルは、それがまだほんのりと温かいことに口角を上げ、ことりと机に置く。ヘンリーを見ていたため、自寮の生徒を放っといていることにマクゴナガルは気絶したハリーの様子を問う。
「いえ、先ほど目を覚ましたようで、ダンブルドア校長が事情を聴いているとのことです。いったいグリフィンドールの生徒は我輩に対しどのような感情を持っているか。全く持って心外ですな」
特に外傷もなく、ただ単に精神的な疲労が原因だというポンフリーの見立てで、彼もまた明日には大広間に出られるということであった。
何とか最後の学年末のパーティー前には両者とも回復できたことにほっとしつつ……マクゴナガルはスネイプの苦言にそれはそれは、と笑うだけにする。
スネイプもわざと我輩と、そう一人称を変えているあたり特にそれの改善を求めているわけではないため、ふんと鼻で息を吐くにとどめた。
「ヘンリーですが、彼の飲んでいる魔法薬とは?副作用もあり、聞けば開発して間もないものだという……。その改良を私にさせてもらうわけにはいかないのだろうか」
飲み損ねたことで起きた今回の事故。不完全な魔法薬は見過ごせないというスネイプの態度に、マクゴナガルはひっそりとため息をついた。
あなたが作った魔法薬で、どちらかというと完璧すぎて娘は気にした風でもなく男子シャワー室を使っているのですが、とマクゴナガルは考え……首を振った。
「この魔法薬を作った知り合いはもともとが本職ではないことは重々承知の上であることと、薬を知られたくないとそうごねておりまして。何度か尋ねて許可を求めているのですが頑として譲らないのです」
教えてはくれないのだ、というマクゴナガルにスネイプはため息をつき……あっさりとそういうことであればと身を引く。
以前話をしたヘンリーの境遇に身を引いた風のスネイプにマクゴナガルはあの子どこまで計算していたのかしら、と今からは想像もできない未来の姿を思い浮かべる。少なくともこの1年ではヘンリーに……ハリエットに至るまでの姿が思い浮かばない。
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