--------------------------------------------
23:事実のすり替え
中にいるクィレルに驚くハリーは、そこで記憶通り言葉を交わし……小僧を使えという声によって縛られ鏡の前に連れてこられる。必死に抵抗するハリーだったが、そこではじめて倒れている人影に気が付き、目を見開いた。
あちこち怪我をしているハリエットが額を切ったのか血を流していて、ハリーは駆け寄ろうと一層もがいた。
「さぁ、鏡を見るんだ。何が見える。見なければこのお前の兄弟がどうなるか……」
信じられないほどの強い力で鏡の前に連れてこられたハリーは鏡に映る自分を見つめ……ポケットに石をしまう動作で自分が手に入れたことを知った。
でたらめを告げるハリーにただでさえいら立っていたクィレルはハリーを強く突き飛ばす。息をひそめ機会を窺っていたハリエットは注意がハリーに向いた隙に後ろ手で取り出した杖を握り、フィニート、と小さく唱える。
手が自由になると、そのままクィレルがターバンをほどくのをただ見つめていた。
一瞬見えたヴォルデモートの顔に心臓がぎゅっと縮む気がして、息をのんでハリーとヴォルデモートのやりとりを見続けた。
今ではない。
チャンスは一瞬。
そっとブレスレットを握り締め、震えそうになる手を握り締める。
ヴォルデモートはある意味自滅だった。
だから自身が手を下したのはただ一人。
だから……ハリーの手を汚させたくはない。
そうだ、かつてやったじゃないか。
「捕まえろ!奴が石を持っている!」
鋭く響くヴォルデモートの声に顔を上げる。クィレルがハリーに触れて痛みに呻く。ハリーを押さえつけていられないクィレルをハリーが見上げている。
杖を振り上げようとするクィレルがスローに見えて、ハリエットはヴォルデモートに対する憎しみを心で満たす。
「アバダ・ケダブラ!」
緑の閃光がクィレルを貫き、一切の音がハリエットの耳から消えた。後頭部についたヴォルデモートがにやりと残酷な笑みを見せる。
お前もこちら側だと、そう笑っている。
クィレルの生死が今後にどのように作用するかわからない。ならば変えた事象が未来にどの程度影響があるのか。
そしてそれによって制限を使うことになってしまっては意味がない。
だから、事象は変えずにハリーが、母の愛の力がクィレルを死なせたという事実をすり替えた。倒れたクィレルの傍で怯えたように座り込んでいたハリーは、ガタガタと震えるハリエットを見て慌てて駆け寄る。
カラン、と杖を取り落としたハリエットは、ぎゅっとブレスレットを握り締めてごめんなさい、と泣きながら謝り続けた。
覚悟していたはずなのに、死の呪文を唱えることがこんなにも身を裂くような痛みと苦しみを伴うだなんて想像できていなかった。
“スネイプ先生……スネイプ……セブルス”
どうしてだか、ハリエットはスネイプにすがるように何度も心の中で呼び続ける。
「ハリエット……」
どうしたらいいかわからず、ハリーは双子の片割れを抱きしめ続けた。彼女が何をしてクィレルが死んだのか……。
泣きながら震えるハリエットの手に握られたブレスレットがほんのりと熱を帯びた気がして、ハリーはその薄い背中を摩り続けた。
駆けつけてきたダンブルドアが震えているハリエットとそれを抱きしめるハリー、そして絶命しているクィレルを見つめて何が起きたのかを察した様であった。
「話はあとじゃ。ハリー、ハリエット。ケガをしておる。医務室へ向かおう。ミネルバが心配しておるぞ」
さぁ、と促すダンブルドアはハリエットの傍に来るとぎゅっと抱き寄せた。
「母さん……」
ダンブルドアにしか聞こえないほどの小さな声で呟くハリエットに、ダンブルドアは目を伏せて頭を数度撫でつける。それで緊張の糸が切れたのか、ハリエットはくたりとダンブルドアの腕の中でそのまま意識を失った。
ダンブルドアがハリエットにローブのフードをかぶせ、髪を隠すと何か小瓶を取り出し、それを流し込んだ。
そこに今度はスネイプが駆け付ける。クィレルに対し忌々し気に睨み付け……彼が死んでいることにじろりとハリーを見つめた。
「セブルス、この子に手当を」
話はあとでというダンブルドアからローブに包まれた子供を渡されたスネイプは足早に医務室へと向かう。ローブで髪が隠れてわからないが、その軽さと何より腕のブレスレットにまさか、とフードを窺いみれば赤い髪がさらりと零れ落ちた。
ヘンリーがなぜあそこにいたのかわからないが、ぐったりとした様子にただ事ではないと医務室へと連れ込んだ。フードを外せば髪が何かに掴まれた様にぐしゃぐしゃにされ、額には乾いた血がこびりついている。
一通り手当てしてからほどなくしてカーテンの向こうに人の気配がし、ハリーとダンブルドアが来たことを知る。彼もまた緊張の糸が切れたのか、あの後気絶したらしく担架で運ばれたようだ。そしてそこへマクゴナガルがやってきた。
ひどく慌てた様子はやはり自寮の生徒が、とスネイプが考えたところでカーテンがひかれてマクゴナガルが入ってくる。
「あぁ……。なんて……馬鹿な子……」
そう言いながらやさしく抱きしめるマクゴナガルは心底心配したという風にため息をつき、乱れた髪を杖でほどいて再び強く抱きしめる。
「どうやら侵入しようとしていたクィレルと鉢合わせてしまったようじゃ。薬を飲んでおらんかったから、ハリーを助けようとして、その力で殺めてしまった……。先ほど薬を飲ませたからもう大丈夫じゃが……セブルス、クィレルのことでミネルバと話がある。席を外すが、ヘンリーのこと、少し見ていてもらえるじゃろうか」
どうしてヘンリーが巻き込まれたのか、推測じゃが、というダンブルドアの続けた言葉にはっとなってジワリと涙がにじみ出るヘンリーを見つめる。
彼はとても繊細で優しいからかなりショックだっただろう。
「もちろんですとも」
当然と頷けばダンブルドアは満足してその場を立ち去り……スネイプはヘンリーのベッドの近くに椅子を呼び、そっと髪をかき上げた。
マクゴナガルによって絡まった髪はほどかれたが、一度傷んでしまった髪は一目でわかる。
念のためにとダンブルドア以外では素通りできないよう許可の下、細工はしていた。だがその炎を強行突破しようとして誰かを犠牲にしようとした場合のみ、解除されるようにとダンブルドアからの提言がありそのようにしていた。
その処置をしておいてよかった、と少し炎で焼かれた髪を手に取る。
それにしてもなぜ、彼は“医務室に行くという嘘”をついて寮に戻らなかったのか。ドラコから監督生に伝えられた言葉を寮監として聞き……医務室へと向かったがそこには誰もいなかった。
カーテンが引かれたベッドはあったものの、“彼の気配”はしなかった。見回りの際もう一度行こうとしたところで廊下を走る音に気が付き、何事かと追いかけ……グリフィンドールの二人をマクゴナガル教授の部屋へと言われた。
ケガをしているウィーズリー家の6男に何が起きたのか、そう考えて二人を送り届けた後、石の場所に向かい……そこでヘンリーを託された。
かつてのポッターの箒といい、彼は“未来が見える”のでは?と、考え……首を振って早く元気になれと軽く口づけを落とす。
|