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22:賢者の石
テストの日が近づき、ヘンリーはクィレルを窺いみる。何ら変哲のないいつもの様子。だがもう計画はしているはずだ。問題はどうやって同行するか。ハリーにハリエットとしてついていけるか……。だがあの炎を突破する薬は一人分しかない。
「ヘンリー、どうしたのかね?」
スネイプの都合などで飛び飛びになっていた自習の片付け中、考え事をしていたヘンリーはその声にびくりと肩を揺らし、洗っていたナイフを滑らせる。
「っ!」
「馬鹿者!刃物を扱う時に上の空になっているからだ」
指を切ってしまったヘンリーの手を取り、杖で乾かすとその傷の具合を見る。軟膏の入った瓶を引き寄せ、ヘンリーの細い指に塗り、魔法薬の効果で完全に治るまでと細い布を巻き付けた。
「す、すみません。ちょっと考え事をしていて……」
調合中じゃなくてよかった、と笑って見せるヘンリーを見つめるスネイプは怪我をした手を取り、布越しに傷に口づける。まさかそんなことをすると思っていなかったヘンリーは顔を赤らめ、手を引くがスネイプが放そうとしない。
「少し前から悩み事があるような顔をしているが、何かあったのかね?」
座りなさい、と促され空いていた席に座るヘンリーをスネイプはじっと見つめる。目をしばたたかせるヘンリーはハリーのことを思い出し、大したことじゃないですと俯く。
その様子に何か思ったのか、スネイプはヘンリーの頭を撫でる。その手が雌鹿を……ビオラを撫でる時のようでヘンリーはそっと目を伏せた。
真実を言うことはできない。
だが、これから自ら渦中に飛び込むことへの自覚はあり、その不安から抜け出したい、そう心が揺れ動く。
「ちょっと知り合いと喧嘩してしまっただけなんです。他の寮生だったんですけど、考えの違いからもめてしまって。僕、人と仲良くなるの苦手なので、数少ない友人を減らしてしまったなーと……。本当にそれだけなので心配をおかけしてしまってすみません」
言えるはずがない。へへ、と笑うヘンリーを見つめその真偽を見極めようとするスネイプだが、それを信じたのかそれとも諦めたのか。ため息をついてくしゃりとヘンリーの赤い髪を撫でた。
軽く合わさる唇に笑うヘンリーはこういうのも悪くないのかな、と相変わらずスネイプの意図が分からないまま……静かにそれを受け入れた。
試験が終わり、解放されたヘンリーは大きく体を伸びあげ空を見上げる。フクロウが飛んでいる姿を見て……マルフォイの姿を探した。
なんだかんだで一番話しているのはマルフォイになり、ヘンリーは親友とは呼べなくとも友人ぐらいの位置にいる……とそう思っている。探した理由は勉強頑張りすぎて、ほっとしたらなんかめまいがするから医務室に行くというものだった。
もちろん嘘だが、あまり深く追求はされないことにやっぱりこの寮を選んで正解だった、とヘンリーは心の内でそっと息を吐いた。
「個室だからと薬の副作用を我慢して勉強をしていたのか。気を付けないとだめだぞヘンリー」
「筆記系がどうにも苦手だったから、どうしても落としたくなくて。マダム・ポンフリーにはもう許可は取ってあるから、薬の予備だけ取ったら医務室に泊ってくるよ」
学年が違うため姿が見えない監督生に伝えてほしいというと、マルフォイはさっさと休んで来いと促す。
薬といつものローブを手に取りヘンリーは目くらましをかけてそっと窓からハグリッドの小屋を見る。扉を叩いているハリー達の姿にいよいよか、と杖を握り締めた。
道中、ハリエットのことを知っており、ヘンリーのことも知っているマダム・ポンフリーのもとに行き、自室で休みたいがここにいると嘘をついてしまったので、誰か来たら会えないと言ってほしいと言い……大きくため息をつかれた。
それこそ赤子から自分を知っているポンフリーから医務室をそういうことに使わないこと、と小言をもらいつつ早く行きなさいと追い立てられ、ここまで来た。
ローブをかぶり、4階で息をひそめていると薬の効果時間が切れてハリエットに戻る。ヘンリーの姿を万が一にでもヴォルデモートに見られたら厄介であることと、ハリエットの姿はどうやら知られているようなのでいまさらと考えた結果だが、未だ侵入する方法を見つけられていない。
髪紐をほどき、手首に巻いてうまくいくか不安げに握り締める。ターコイズの青い色が心を落ち着かせ、スネイプからの贈り物がそばにあるというだけでどこか心強い。
「どうにか潜り込まないと……」
夕食は我慢して隠れ続けるハリエットは時計を見てそろそろか、と顔を覗かせた。まだ扉の前には誰もいない。ほっとして物陰に戻ろうとしたハリエットは伸ばされた手に口をふさがれ、目を見開いた。
仮にも闇払いだったハリエットですら気が付かなかった、クィレルの気配。
「こそこそと……。そうか、お前があの方がおっしゃっていた未来を知るポッター家の長女か。ついてくるんだ」
ヴォルデモートの力を借りているのか、信じられないほど濃い闇の気配に思わず足がすくむハリエットはあっという間に両手を縛り上げられ、半ば引き摺る様に連れていかれる。
小さなハープを取り出し、杖を振るクィレルは床に転がしたハリエットの髪を掴むとそのまま扉を降りていく。悪魔の罠のおかげで衝撃は少ないものの、満足に受け身をとれないハリエットは体を強く打ち、痛みに眉を顰める。
鍵は杖を振るったクィレルにより動かなくなった鍵を無理やりつかみやや乱暴に開けて解き放ったことで、よろよろと飛び去った。マクゴナガルの所はどうするのか……なんとか身をよじるハリエットだが驚いたことに石像は動かない。
なんで、と目を見開くもクィレルは何も言わず次の……自身の仕掛けたトロールのもとにやってきた。
いらだった様子のトロールに対しなだめるクィレルだが、予想以上にストレスが溜まっていたのか、棍棒を振り回した。その棍棒を魔法でもぎ取るクィレルにいら立ち、めちゃくちゃに腕を振りまわす。
その拳が倒れているハリエットのぶつかり、壁に強く打ち付けられる。ちょっとかすめただけだったというのに壁に打ち付けられ、ハリエットはこめかみを血が伝うのを感じながら、気絶しそうな自分を何とか奮い立たせた。
そうこうしているうちに棍棒でトロールを気絶させたクィレルはぐったりとするハリエットの襟を引っ掴みスネイプの試練へとやってきた。扉が炎に包まれるがクィレルは気にした様子がなく、進もうとして杖を振るうも何も起きない。
「忌々しい。教員からの裏切りに備えるとは……」
舌打ちをするクィレルはハリエットの記憶にもない姿だ。ふいにハリエットを掴むとそのままハリエットを盾にして進もうとする。
炎に意思があるかわからないものの、捕らえられているものが無理やり炎に近づけられた、ということによるものか炎が消え、クィレルは最後の扉を開いた。
「万が一にここへの侵入があった場合にいちいち試練などしていられないから、ここの守護を任された教員は互いの試練をある程度素通りできるようになっているのだ。それなのにあの男は……。全く持って抜け目のない。だが、さすがに甘いようだ」
意識がもうろうとしながらハリエットに聞かせるようにつぶやくクィレルは鏡の前に立ってどこに石があるのか、とあたりを見回した。
「お前をここに連れてきたのは未来を知るというその力あってこそ。ここの最後の仕掛けを打ち破る方法を知っているはずだ。さぁ、石のありかを教えるんだ!」
無理やり立たせて鏡の前にハリエットを連れてくるが、ハリエットは先ほどからトロールのせいで意識がもうろうとしていてまともに立つことすらできない。
鏡など見る余裕もなく、ただ鏡からは決して出てこないでと念じるしかない。
『クィレル、なんという失態だ』
「申し訳ございません、ご主人様。役に立たない小娘め!」
突き飛ばされ、床に体を打ち付けるハリエットだが、その痛みのおかげで少し意識が戻る。だがいま動くわけにはいかない。
鏡を攻撃したりして探すクィレルだが彼には永久に見つかりっこないのだ。
「あなたは決して見つけることなどできない」
幾分体が落ち着いてきたハリエットはつぶやくようにそう告げる。振り返ったクィレルはひどく怒っていて、杖を振ってハリエットを壁にぶつけた。息がつまるハリエットだが、この程度で口を割るつもりはない。
そこに扉が開いてハリーが姿を現した。
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