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20:ハリーとヘンリー
バレンタインから日が経ち、ヘンリーは図書室で一人調べものをしている……ように見えて顔を赤くしていた。あれから特別何か発展したわけではない。
ただ、金曜の夜の自習という名目の補習でスネイプが満足いくほどの出来を作ると何も言わずに屈みこんで唇を重ねている。
特に何にもなく、スネイプの意図もわからないがもうスネイプとはそういう謎の距離、ということにいったんは置いておくことで、心の平穏を保った。が、こうして思い返すと恥ずかしくて顔が赤らんでしまう。あれから何か始まるわけでも、何か劇的に変わるわけでもなく……ただ、キスする間柄に……。それってどういう関係なの?そもそもスネイプはどういうつもりなの?と疑問はついえない。
髪紐は別のもので髪を縛っているときは手首に巻いてブレスレットとして視界に入る位置につけている。ブレスレットでも様になるそれを無意識に握り、先生はどう思っているんだろうと考える。
はぁ、とため息をついているともう一月前に準備すべきだったのよ、という声が聞こえて顔を上げる。姿を現したのはハリー達3人だ。未だハーマイオニーと接したことのないヘンリーはなんとなく差しのいい彼女と会うことは避けていた。
急いで眼だけ前髪で隠し、本に集中しているふりをする。
「あ、スリザリンの奴だ」
いやそうなロンの声に顔を上げるとハリーとハーマイオニーがヘンリーに気が付いて見つめていた。
「他の席埋まっていたんだけど、座っていいかしら?」
ハーマイオニーの言葉にロンは嫌そうな顔をするが、ヘンリーは気にせず広げていた本をどけてどうぞ、と場所を開けた。ヘンリーの隣にハーマイオニーが座り、正面にハリーが座る。
かりかりと勉強するハーマイオニーと唸りながら勉強するロンとハリー。懐かしい光景にヘンリーは調べものを進める。なんとなく……単純にきれいだからとか似合うからという理由でターコイズとオニキスを選んだのではない気がして、鉱石のすべてという本を読んでいるのだが興味深いものが多くてなかなか進まない。
「試験勉強なんてしなくても平気って顔して、なんかむかつく」
「ちょっとロン!人にあたるなんて酷いわ」
不意に聞こえた声に顔を上げれば勉強に疲れた様子のロンが試験勉強をしていないヘンリーを見て、ぶつぶつと文句をつぶやいていた。
たしなめるハーマイオニーにつん、とそっぽを向く。ハリーも疲れた様子で顔を上げ、じろりとロンを見るヘンリーを見つめた。
「ドラコの言う通り、君は本当に礼儀のなっていない人間のようだ。僕としてはスリザリンだからそこに属するものは全員悪だと決めつける狭量な君こそ、失礼で嫌な人間に見える。かりに君をウィーズリー家と一括りにまとめ、あの双子同様迷惑ばかりかける一族だ、と言ったら君は怒るだろう」
本を閉じ、じろりと睨むヘンリーにロンは言葉を詰まらせ、家族をバカにされたと怒りで顔を赤くした。
どうにも君の声は耳障りだ、と立ち上がるヘンリーは杖を振るって本を本棚に戻すとごゆっくり、と声をかけて図書室をあとにする。
しばらく早歩きで歩いてからとぼとぼと歩みを緩め……塔のテラスに向かう。風にあたりながらため息をつき、ロン怒っていたな、と窓枠に組んだ腕の中に顔を埋めた。
もし自分がグリフィンドールだったらこうじゃなかっただろう。だけど、ロンはスリザリンの奴という認識しかしていない。 親友と呼べるものは今回はいないだろうな、とため息を零した。マルフォイとは比較的仲がいいものの、後々のことを考えると親友にはなれない。バサバサという音に顔を上げると懐かしいフクロウが腕にとまった。
「ヘドウィグ。なんで」
手紙を持っていない風のヘドウィグは肩まで登ると耳をかつての様に愛情を込めてあまがみする。そのわずかな痛みと温かさに涙がこみあげてきてヘンリーは顔を覆った。
ヘドウィグは自分がハリーだということを見抜いている。失ったあの夜の記憶がよみがえりヘンリーはごめんね、ヘドウィグ、と呟いた。
「今度は……君を守る。絶対に、失いたくないんだ」
フクロウに言葉は通じないし、言葉を完全に理解することはできない。だから呪いは起きず、ヘンリーはただ孤独を感じて泣いていた。
ハリエットでもハリーの傍にはいられない。義母はいるけれども友人はいない。
この秘密を分かち合うことは決して許されず、目的をなすためには自分一人でもがかなければならない。その事実がとてもつらい。
靴音がして、ちらりと振り向くヘンリーは驚いた様子のハリーを前髪ごしに見つめる。
「あ……ごめん。そのシロフクロウ僕の相棒なんだ。舞い降りるのが見えたから来たんだけど……大丈夫?」
心配そうな声に泣いていることを知られているヘンリーはヘドウィグに行くよう指示し、何でもない、と袖で乱暴に目元を拭い脇を通り抜ける。
「あの、あのさ、ロンのことでだったら僕から謝るよ。ロン……少し視野が狭いから……。で、でも大切な親友なんだ」
階段上から声を出すハリーを振り向き、ヘンリーは心の中で知ってる、と呟き……そう、とそっけなく返してハリーを残して降りていく。
図書室を立ち去るヘンリーの横顔がひどく傷ついているようにみえ、それがハリエットに重なってハリーは用事を思い出したとそう言い残し、図書室をあとにした。
どこに行ったか分からず、うろうろしているとヘドウィグが舞い降りるのが見え、どうしたのだろうかと塔を登っていった。
そしてヘドウィグを肩にのせたヘンリーを見つけた。鼻をすするような音と、両手で顔を覆う彼を見つけた時酷く傷ついた幼子のようだ、と思わず足を踏み出した。
振り返った彼は案の定泣いていて、それがロンの言葉のせいなのか、それとも別の何かかわからず、ヘーゼルの瞳を見つめた。どこかで見た覚えのある目に戸惑っていると、乱暴に袖で目元を拭うヘンリーが脇を通り抜け階下に降りていく。
ハリーの言葉にそう、とだけ言い残し足早に立ち去ってしまった。残されたハリーとヘドウィグは顔を見合わせる。ヘドウィグの何か言いたげな眼に彼の言う通りだね、とハリーはその滑らかな毛並みを撫でつけた。
まるで何かをとがめる様なヘドウィグはハリーの耳をあまがみして飛び去って行く。ハリエットとは別人だが、なぜか彼の張り詰めたような孤独な雰囲気が重なり、ほっとくことなんてできない、と先ほどヘンリーがしていたように窓枠に肘をつき、ハリーはため息を零した。
顔を洗い、涙の痕跡を拭うとヘンリーは少し考えた後目くらましをかけて禁じられた森に足を向けた。妙な緊張感に包まれているというのはすでにことが起きているのだろう。
ふと、違和感を覚えて胸元を見ればどうやら薬の効果が切れたらしくハリエットに戻っている。本当なら自室に戻って母さんと話そうと思ったのにな、とため息をつき2時間のインターバルをどうやってつぶそう、と深い所に入らないよう気を付けて歩く。
今はヘンリーの服のままだから万が一に知り合いに会うわけにはいかない。念のためにと、常に携帯している黒いローブを引っ張り出し、頭からすっぽりとかぶる。これで遠目からは判断が付かないはずだ。
一時間が過ぎ、あともう少しと思っているとがさっという音が聞こえ、ハリエットは杖を構えた。ピリピリした空気は闇払いで何度も感じてきた闇の気配だ。
『予見者の女か』
ざらざらとした声が聞こえ、ハリエットは足をすくませる。
クィレルがこの先にいる。そしてこの声はヴォルデモート。姿は見えないがおそらく近くにはいるのだろう。息をひそめていると何かあったのか、人の気配は消え張り詰めた空気も消える。
思わずへたり込むハリエットは別の方角から聞こえるがさがさという音に驚き、再び息をひそめた。
現れた姿を見たとたん、クィレルがもうどこにもいないことを知っていたハリエットは雌鹿に姿を変え、木陰から顔を覗かせた。
「取り逃がしたか……。ビオラ!?こんな森で会うのは初めてだったな」
舌打ちをするスネイプは思わずといった風に雌鹿に手を伸ばし、頭を撫でながらどうした、と問う。それよりもビオラというのはどういうことか。
首をかしげると気まずそうにした後、勝手に呼んですまない、と目をそらす。また一つ新しい名前をもらった、と喜ぶハリエットは二度鼻先で手首を突っつき、ぺろりと舐める。
自分が自分であるという合図と……精一杯の喜びの……親愛の証だ。それを分かっているらしいスネイプはその毛並みを撫でつけ、移動しようとハリエットを、ビオラを促した。
大人しく従うビオラはたとえ友人がいなくとも、スネイプさえ無事で、傍にいてくれたら……他には何もいらない、とスネイプの足にまとわりつくように寄り添う。
スネイプ先生、あなたが望むのならばビオラのままでも、ヘンリーの姿でも、私はかまわないから、とハリエットはスネイプの手に頭を押し付ける。
仕方がない奴だ、と撫でてもらう手が暖かくて、ハリエットは心の奥の孤独を見ないことにした。
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