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19:バレンタイン

 初めヘンリーは何が起きたのかさっぱりわからず、ぽかんと目を白黒させるだけであった。それはいつのもの朝、いつも通り大広間で朝食をとりフクロウ便の時間になって……。
 一輪の赤い薔薇を持ったシークが舞い降りてきて、驚いているとシークは他の森フクロウに紛れて飛び去って行く。メッセージカードを見ようとしたところで小箱が落ちてきて、驚いて頭上を見上げた。
 これはどういうことだろう、と頭上で旋回するフクロウに驚いているとバラの花束やら甘い香りのする小箱やらが雨の様にヘンリーに降り注いだ。ハリーの時だってこんなことなかったのになんで!?と驚いて固まったヘンリーを埋めるその様に、成り行きを見ていたマクゴナガルは片手で顔を覆い……珍しく肩を震わせて笑う。
 何をしても注目され、ある種特別扱いの様に聞いて育ったであろう魔法使いたちにとってハリーは特別だ。だからきっとそんな風には見られていない。だが、一生徒のヘンリーは男装しているのに素の可愛さとやさしさやら何やらで別の意味で注目されている。
 さすが私の娘、と頷いて心の中でひっそりあなたたち二人の娘はとても素晴らしい子ですわね、と在りし日の夫婦の姿を思い浮かべた。

 そんな穏やかなマクゴナガルとは反対に、眉間にしわを寄せるスネイプはため息をついて教員席から杖を振るいヘンリーを埋める贈り物を仕分ける。
 それに気が付いてありがとうございますと頭を下げるヘンリーの手にあの一輪の薔薇が握られたままであることに少しだけ眉間の皺が改善された。
 だが、それもすぐにくっきりとしたものになって大きくため息をつきながら席を立つ。
 おいしそう、と笑っているヘンリーの後ろに立つと、ヘンリーと声をかける。

「クリスマスの時に懲りたのではないのかね?」
 静かな声に驚いた様子で振り向き、バツが悪そうに笑う。その時に視線をそらした生徒が何人かいるのを視界の端で確認し、何も言わず手を差し出す。
 甘いにおいのする箱をしぶしぶといった風に差し出すのを受けとり、その他をもってついて来たまえと歩き出す。慌てて贈り物をかき集め、鞄に入れると残りを腕で抱えてスネイプの後を追う。

「クリスマスに何があったんだ?」
 首をかしげるマルフォイに対し、目をそらす生徒は慌ただしく授業の準備をしないと、と席を立っていった。


 ロンのことで思い知っただろうになんでまた僕は食べようとしたんだ、とスネイプを追いかけるハリーはため息をつき、促されるままに研究室に入る。
「一学年の午前は……今日は休講だったな。そこにかけたまえ」
 まったく、とため息を吐くスネイプに言われるがままにソファーに腰を下ろす。簡単な検査をし、問題なければ返そうというのを頷くしかなく、並んで一緒に小箱を開けようとして薔薇を握ったままなの事を思い出した。
 メッセージカードはそっけなくただハッピーバレンタインの文字だけ。そしてよく見れば薔薇の茎に石のついた紐が緩く巻き付けられていた。
 
「綺麗な蒼い石……」
 蒼い石はなんだろうと首を傾げ、薔薇から抜き取って手に取る。もしかしてこれって、と髪を纏めていたリボンをほどき、髪に結ぼうとして勝手に巻き付いたことにすごいと目を輝かせた。

「ターコイズとオニキスだ」
 ぼそりと、そう呟く声が聞こえてヘンリーは目をしばたたかせる。手早くチョコレートを確認するスネイプをまじまじと見つめてぶわりと顔を赤らめた。他の薔薇に混ざらないようにと先ほどまで髪につけていたリボンを巻き、目印をつけて机に置く。
 これは絶対まぎれさせてはならない、特別な薔薇。ありがとうございます、と耳まで真っ赤になってもごもごとお礼を言うと、スネイプは何も言わない。
 ちらりと視線を向ければほんのり耳が赤い気がして、ヘンリーは慌てて視線をそらすと箱の中身を確認する作業に入る。一応食べ物以外の物もあったが、スネイプはそれに何か魔法がかかっていないかを確認し、時折フィニートと杖を振るう。

「なんで僕なんかにみんなこんなにくれるんでしょう……」
 心底わからないという風のヘンリーはただただ首をかしげるしかない。じろりと視線を上げるスネイプにただただわからないという風のヘンリーは、大きく吐かれたため息の意味が分からない。

「君はとても不思議だ。どうしてそこまで純粋なのか……。これを食べたまえ。体に害をなすものは入っていない」
 差し出されたチョコレートに驚くヘンリーだが害がないというのなら、と一つ手に取って口に含む。甘いものは嫌いじゃないのにこれは甘すぎると眉を顰めるヘンリーは中に入っていたとろりとしたものに本当に大丈夫かなと心配になる。
 特に変化はないがなんだか頭がふわふわする。

 だからどうしてそこまで自分を信用しているのだ、と軽い媚薬の入ったチョコレートを食べたヘンリーに先が思いやられると、朝からため息しか出ていな気がする。
 僕はそこまで純粋じゃないと思いますよとどこかふわふわした様子で、ほんのり目元を赤く染めてヘンリーがつぶやくのを聞き、眼鏡をそっと外させる。大人しく隙だらけな様子にこれはまずいな、とスネイプは視線を逸らした。

「少しは人を疑うことを覚えたまえ」
 静かなスネイプの言葉にえー、と声を上げるヘンリーだが、すぐにその音も消える。
「カフリンクス、大切に使わせてもらっている」
 塞いでいた口を解放し、返事を聞く前に再び塞ぐ。それでもうれしかったのか、口角を上げるヘンリーをスネイプは何も言わず抱き締めた。

「もう少し危機感を持ちたまえ。その純粋さがスリザリン寮ではまぶしく、感情を揺さぶられるのだ」
 唇を触れさせながら囁くと熱い吐息が返ってくる。こんな悪い大人に引っかかるな、と言葉には出さず再び唇を重ねた。
 力が抜けたことで解放させると混ぜられていた睡眠系の魔法薬の効果が効いたのか、無防備な顔で眠っている。問題のない箱以外を処分し、個室である部屋に飾れるよう、薔薇の花束もまとめた。
 リボンのついた一輪に目を止めると杖を振るって髪留めに変え、ヘンリーの前髪を留める。スネイプの腕の中であどけない顔で眠るヘンリーにため息をつき、起きるまで片腕に抱えながら魔法薬に関する最新の研究の資料に目を通し……いつのまにかヘンリーの寝顔をじっと観察していた。









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