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18:プレゼント
いつもの時間に目を覚まし、さっと仕度を整え本日行う予定の授業内容を確認するスネイプは机の上に置かれた箱に気が付いた。どこから知られたのか、例年誰かしら届く誕生日の贈り物。
この歳になって今更何の感情もわかないスネイプはまたか、とため息をつきそれを手に取る。学生の中には例年寮監のご機嫌取りのようなものが居り、贈ってくるものもいるが特別に見た覚えなど一度もない。
大体学生が用意できるものなんてたかが知れているのだ。プレゼントなど……なぜか贈りたくなったクリスマスのプレゼント以外贈ったことすらない。
案の定箱の中身は紅茶の茶葉や羽ペンで、特にこった趣味もないスネイプははっきり言ってどうでもいい部類だった。最後に手に取ったのは小箱で、添えられたメッセージカードに思わず目を軽く見開き、箱の中身を空ける。
中には黒い土台に銀の蛇が鎮座するカフリンクスが納められていた。メッセージカードにも名前のない匿名の物だったが、その筆跡からヘンリーであることが分かる。
11歳の子にしてはなかなかに気の利いたプレゼントで、純粋に祝いたいと、そういう気持ちが伝わってきて思わず嬉しい、と自然な感情が浮かび上がった。
黒はオニキスだろうか。銀の蛇もいぶされたような落ち着いた色合いになっており装飾として目立つものではない。だからこそ、スネイプにはそれが好ましく思えた。
上着でほとんど隠れてしまうが、それはそれでいい、と誰かに見せびらかすつもりもないスネイプはそっと袖に付けたそれに触れる。
「あらセブルス、今日は一段と機嫌がいいようですね」
大広間でいつものようにハリー=ポッターを監視して、それからスリザリンの赤毛の少年に視線を移す。また咥える系の食べ物を皿に盛られたらしく、慌てふためいているのが見える。
そんなスネイプにマクゴナガルは小さくハッピーバースデーセブルス、と言った後微笑みながら声をかける。ちらりとヘンリーの視線がこちらを向いた気がして、それに気が付かないふりをしながらどうも、と返しながら口角を少し上げる。
「ミネルバ、あなたの親戚は趣味がなかなかにいいようですな。ご機嫌取りばかりいる中で初めて純粋な祝いのメッセージカードと贈り物を受け取りました」
ヘンリー=マクゴナガル。彼は打算も何もなくおそらくはマクゴナガルから日にちを聞いたのだろう、誕生日の品を用意した。その気持ちがひしひしと伝わってきて、スネイプとしてはどんな高級なものよりも嬉しく感じていた。
「ヘンリーが……。そうですわね、あの子はとても純粋で素直ですから。スリザリンで大丈夫か心配でしたが、うまく寮生ともうまく行っているようで何よりです」
身内だからなのか、穏やかに慈愛のこもった目でヘンリーを見るマクゴナガルは、なんだか微笑ましく思えて小さくうなずく。
家庭のこともあり、気にかけているのだな、と判断するスネイプは他の寮生からもらったものを身に着けているヘンリーをじっと見つめる。
学生には少々値が張っただろう。普段厚意のプレゼントをもらったことのないスネイプは何か理由を付けて彼にお返しをしたい、とあれこれ考える。
答え出ないまま時間は過ぎていき、休日。何気なく城外に出ていつもの場所に行くとビオラが草陰から顔を出してきた。とことこと近づくビオラを撫でると袖が出てきらりと鈍くカフリンクスが光る。
「この間貰ったのだ。華美な装飾を好まない私にあった贈り物で、気に入っているのだよ。匿名で贈ってきた以上彼に直接礼を言うのも憚られているのだが……。彼に贈るとしたら何が喜ばれるのだろうな」
雪の乗ったベンチを杖で払い、腰を下ろすとビオラがその膝に頭を乗せる。撫でられるがままにいるビオラは何かに反応したのか、少し顔を上げその頭をスネイプに押し付ける。
こしこしと擦る様子にスネイプは柔らかく掻くように、揉む様にその小さな頭に手を置く。
相変わらず不思議な子だ、と宝石のような緑色の瞳を見つめる。鹿の瞳は本来黒が主だ。だからこそ何らかの魔法生物が姿を変えているとみているのだが、ふとアニメ―ガスの可能性も考える。
だがそれにしては体は小さいうえ緑の瞳を持つ学生は今年入ったハリー=ポッターしかいない。考え過ぎか、と撫でられて気持ちよくなったのか、目を閉じかけているビオラを見る。
うつらうつらし、か細い足がふらつく。とっさに抱き留めたスネイプはその温かさに心地よさを覚え、抱きしめたままそっとビオラの首筋に顔を寄せる。
獣特有の匂いのないビオラはまだ眠いのか、ぼんやりしたままで冷たい鼻先をスネイプに押し当てた。時を知らせる鐘の音が聞こえ、ようやく覚醒したビオラは頭を振ってスネイプの手から逃れると森の方に向かって行き落ち着かないようにぐるぐると回る。
立ち上がり、踵を返すスネイプをビオラはじっと見つめ……森の木陰に飛び込んでいった。
城内に戻ったヘンリーは人の眼も気にせず思わずガッツポーズをとり、課題を片すため図書室へと向かった。
名前を書くのがなんだか恥ずかしくて書かなかったが、どうやらスネイプには誰が出したかわかるようで、気に入ってもらえたことに教科書を抱きしめる様にして嬉しさに顔がほころばせた。
少し体が冷えてしまったが、気にならないほど気分が高揚している。
それにしても、とスネイプの傍で落ち着いていたせいかとても眠い。課題をやりながら転寝してしまいそうだ、と参考にするための本をもって、いつも使う誰も来ない一番奥の机に座る。
午後の陽ざしが気持ちいいと窓から外を眺め……こくりこくりと先ほどの続きをとる様に頭が揺れ、静かな寝息だけとなった。
ビオラと別れてから研究室にこもっていたスネイプは、一応完成したと一旦開発を終えていたダンブルドアの薬に何か改良できそうだと考え、資料を取りに図書室へと向かった。
スネイプが来たことでなのか、マダム・ピンスが眉間にしわを寄せていた雑談が消え、代わりに向けられる視線にうんざりして奥の本棚へと向かう。
目当ての本を手に取ったところで、一番奥の机に誰かいることに気が付き、こんな人目のない所で何をしているのか確認しておこうと奥へと向かった。
そこには悪だくみをする生徒がいるのではなく、まじめに課題に取り組んでいる途中に日差しにまどろんだといった様子の生徒が一人静かに座っていた。
「こんなところで転寝など……」
まったく、とため息をついたスネイプは顔にかかる赤い髪を掬い取り、耳にかける。あの自習からそんなに経っていないはずなのに、こんな間近でヘンリーを見るのは酷く長い間なかった気がする。
視線を移せば彼の赤い髪は今日は青いリボンのようなものでまとめられていた。入学から徐々に増えている髪をまとめる装飾品は自分で買ったのか、それとも貰っているのか。
髪をまとめていないスネイプにとってはまとめるほどであれば切ってしまえばいいのにと思うが、ヘンリーはこの長いままにしてほしいと、そう思ってしまう。そうだ、とヘンリーに渡すお礼の品を思いつく。
ヘンリーの瞼が震え、このまま起きそうだとスネイプは音もたてずにその場を立ち去った。
図書室で寝てしまったヘンリーは大きく伸びをしてあとは部屋でやろうと片付けた。全然進まなかったが、いい夢は見れた、と上機嫌で部屋に戻る。いつか……ハリエットとして傍にいられる日が来るかわからない……いや永遠に来ないだろうがスネイプに抱きしめられる夢はどこかに残しておきたかった。
談話室に戻ると、先ほどの上機嫌な様子で図書館に行く姿を見られていたのか、なぜか男子生徒に囲まれる。なんでこうなるんだ、と焦るヘンリーだが逃してくれ無さそうな気配を感じて視線を彷徨わせた。
「ある人にプ、プレゼントしたものを気に入ってくれてもらえたみたいで……。ありがとうって言われたのがうれしくて」
尊敬している人にそういわれたのが嬉しくて、と雌鹿の時に聞いた言葉を思い出し笑うヘンリーにあぁそういうことか、と納得したようにポンと頭を撫でて散っていく。
何?ときょろきょろするヘンリーにマルフォイまでもが気にするなと肩を叩く。なんとなく、好きな人というのが憚られて尊敬する人と言ったが一応嘘ではない。
あれほど人を一途に想い、その愛を貫き……本来ならもっと憎んでいいはずの相手の子供である自分を守ってくれた。あとでいろいろ知ったのは、彼はイラクサで覆われた校長という椅子に何食わぬ顔で座ったのは生徒を守るためであったということ。
彼がいなければより残忍なものが校長になり生徒は毎日殺されていたかもしれない。忠臣であるようにふるまい、教員らからどう思われようとも闇側であると見せかけて……。
もし自分がハリー=ポッターではなくただの人間だったとして、闇払いの仕事で極秘潜入任務があったとしても真似することなど到底できない、わかっている。
だからこそ、セブルス=スネイプという男を人として尊敬している。
男としてはあまり尊敬できないが。
一日の終わりに部屋に戻ってからそう考えて、ハリエットに戻った後くすくすと笑う。なんて不器用な人なんだろうか。あんなに手先は器用だというのに、意中の相手にきちんと自分の想いを伝えられず、それどころか……。
そして守らねばと思いながらも憎い相手に似た子供を感情だけで憎しみ嫌悪し……反発して離れるのきまっているのにそうせざる得なかった。雌鹿でそばにいる時はあんなにやさしいのに、と日記を前にペンを手に取る。
今日はとてもいいことがあった。
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