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17:自習開始
年が明け、休暇明けに人が戻ったスリザリン寮でちゃんと食べていたかと問われるヘンリーは笑いながら頷き、プレゼントのお礼を言う。少しサイズの大きい服をきて、貰ったベルベットの黒いリボンをつけてのヘンリーの姿に何人かが満足げに頷き、日常に戻っていく。
金曜日の夜になり、初めての自習をすることになったヘンリーはこれを作ってみたまえ、と黒板に書かれた魔法薬をメモし、用意された材料から必要なものを手にとる。
作ったことのない魔法薬の手順を何度も確認して、スネイプからもらった本で予習していたようにした処理をしていく。ハナハッカエキスで大体の外傷は治ったためあかぎれの薬なんて言う限定的なものは作ったことがない。
ハナハッカを使わない魔法薬のため、もしかしたらハナハッカの薬が確立する前の古い魔法薬かもしれない。ミノカサゴの棘の粉末を慎重に扱い、カラスウリの生の果肉をすりつぶす。
手順を確認し、クリスマスプレゼントの本を開いて取り扱いの間違いがないかを確認する。
真剣に取り組んでいる様子を見てスネイプは別の作業に取り掛かっていた。ヘンリーとハリーの筆跡については何度確認しても時折出るヘンリーの癖がハリーの字に似ているのだけは確定的なことだが、その理由が分からない。
それと、ヘンリーを観察すると誰かと会話しているわけでもなくふっと笑うのはいつもグリフィンドールが騒がしいときだ。
一体どういうことか……そう考えて視線を向ければ、ヘンリーが前髪を上げてピンで固定している。当然その額には傷はない。
少し温度が高かったのか、カラスウリを入れたところで蒸気が上がり、ヘンリーは曇った眼鏡で前が見えなくなったのか慌てて外して袖で拭く。
「のぞき込みながら材料を入れるから蒸気がまともに顔に当たるのだ。顔を少し離して入れたほうがいいだろう」
やれやれと声をかけるとヘンリーはあ、と小さく声を上げて頬を掻く。そしてそのままへらを既定の回数右にまわし、また左にまわす。
その回し方に気が付いたスネイプはヘンリーの後ろに回り込むとそうではない、と言ってへらを握る手に手を重ねる。
「もっと大きく回すのだ」
このように、と片手で鍋の取っ手を掴もうとして、既に置かれているヘンリーの手に重ね……指導するスネイプはつい小柄だからと、後ろから囲う様に教えている体勢にはたと気が付いた。
これではまるで彼を抱きしめているような気がして、手を離せなければと撹拌する手を止めず考える。急に手放せばそれはそれで変な誤解を与えかねない状況に普段かかない汗が背中を伝う気すらする。
「こ、こうですか?」
少し上擦ったような声で問いかけるヘンリーにドキリとしてへらを持つ手を解放させる。滑らかに回されるへらにそれでよい、と言ってスネイプは離れるタイミングを失う。
もうすぐできるのだから見ていても構わないだろう、と自分に言い訳をし、ずっと見降ろすスネイプは火を止めるのをみていた。
「あの……手、離してもらってもいいですか?」
か細い声が聞こえてスネイプは慌てて鍋の取っ手を掴むヘンリーの手を解放させる。薬は問題なくできている。そう、薬は問題ない。
やわらかくて小さな手だった、と考えるスネイプはそうじゃないと首を振った。ふと、赤毛から覗く耳が真っ赤になっていることに気が付き、その様子に何かにひびが入る。
今顔を見るわけにはいかない、と動揺するスネイプはどこか甘い様な匂いに何の匂いだろうかと考え……ほかならぬヘンリーの髪から香ることに気が付いてひびが拡大する。
これ以上は危険だ、と離れるスネイプは瓶に移された薬を手に取り色などを確認しつつ何とか平常心を保とうと、ダンブルドアから依頼されて作った魔法薬のレシピを思い浮かべ、まだ改善できる場所があるのではと考える。
視界の端で顔の赤い少年が片付けをしているのが見え、どこかそわそわした様子にスネイプもまた落ち着かない。
心臓が飛び出るかと思った、とヘンリーはこの調子で大丈夫かと自分に問いかけた。スネイプの奇行もわけがわからない。スネイプが愛しているのは今も昔も母リリーだけ。
そのはずなのにやたらと距離感がおかしいのと、そもそも寝ていたヘンリーに口づけるとかもう意味が分からない。自分には情はないとか言ってたくせに最期は母の面影を求めてなのか、見てほしいと言っていたし。
訳が分からない!とクリスマスを思い出して耳の先まで真っ赤になる。大体今僕男だし、11歳だし、父ジェームズと同じ目を持っているし。
片付けが終わりありがとうございました、といって教室を出る。そのまま急いでシャワーを済ませて部屋に入った。
髪を止めていたピンはパンジーがくれたもので、花の飾りがついている。女の子がつければかわいいだろうに、なんでヘンリーにくれたのだろう、とハリエットは鏡をのぞき込んだ。
思えば女の子に生まれ変わってそして前世を思い出して今に至る、と鏡に映る自分をじっと見つめる。いつの間にか女の子であることに違和感を覚えず、かつても恩師だったマクゴナガル教授を義母としていることも受け入れている。
スネイプを好きだという感情もかつては考えたことすらなかったのに、今は手を掴まれたぐらいで心臓が飛んでいきそうになる。
徐々にハリーからハリエットに心が変わっていく。そう感じてハリエットは目を閉じた。
ジニー。
もうじきに結婚と思っていた。週末のデートで指輪を見ようかな何て考えてもいた。けれどそれは叶わず、今のハリーはまだ彼女を知らない。笑顔を思い浮かべると懐かしさの方が勝っていて、彼女を好きだという感情はほとんどない。
同性だからだろうか、それとも心がスネイプに向いてしまったからだろうか。それはわからない。
だんだん変わっていく自分に少しの怖さを覚えつつ、ハリエットは目を開きこぶしを握り締めた。かつての自分だったハリーを本当の兄弟の様に想っている。どちらが兄か姉かはわからない。
ただ、ハリーが弟のような気がして、兄弟を持つということはこういうことなのか、と心境の変化に戸惑いもある。
ふと、スネイプ以外には特に何も思うことはないのになんでだろう、と首を傾げた。ヘンリーの姿とはいえ男子学生と一緒にシャワーを浴びることは特に何も思わないが……万が一にスネイプに遭遇したら……。
雌鹿の時に何度か触れてはいるが意外にもしっかりとした体つきで、かつて想像していたようなヒョロヒョロではなかった。あのやたら分厚い服の下にはどんな体が……。
そこまで想像してハリエットは顔を赤らめた。何考えてるんだ自分、と狼狽える。
そうだよ、とあることに行きついた。
女性として生を受けた今、きっといつかは好きな人と……そういうことだってあるがその場合当然のことながら、かつてジニーとそういうことになったことに当てはめるとそういうことで。思い浮かぶのは見下ろしてくるスネイプで……。
自分のバカ!とハリエットはタオルケットに飛び込む。
11歳の考えることじゃない!と心の中で叫び、ばたばたと足をばたつかせた。
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