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16:鏡の中の見知らぬ子
本の叫び声から逃げて飛び込んだ部屋に息をついていると、そこに大きな鏡を見つけハリーはそっと近づく。鏡をのぞいたハリーは驚いて後ずさり……恐る恐るのぞき込む。自分とよく似た父と、同じ目の母。
家族が映る鏡に目を奪われ、ハリーはそれをじっと見つめた。
ふと、自分の影がおかしなことに気が付き、一歩横に逸れる。
「女の子?」
まるで鏡に映るハリーに隠れるようにしていた自分そっくりな女の子が、ばれちゃった、と言わんばかりの顔で立っていた。
両親はそんな彼女の肩に手を置き、ハリーを抱きしめる様に鏡に映ったハリーに腕を回す。自分そっくりな女の子だが、目だけが少し父の眼に似ている。よく似た別人の女の子はハリーと同世代に見え、背丈まで一緒だ。
「僕に兄弟がいる?」
そんな馬鹿な、とダーズリー家に一人で預けられたハリーは緩く首を振った。誰もそんなことは言っていない。
ペチュニア伯母さんだって、そんなこと一言も……。
「君は誰?」
ほほ笑む様子が、その隣にいる母の笑みによく似ている。だから確実に血のつながっている子ということで……。なんだか無性に泣きたくなったハリーはその子に手を伸ばし……いつの間にか頬が濡れていることに唇を震わせる。
なぜだか……彼女に会いたくて仕方がない。
一人じゃなかった、ということよりも、欠けていたと知らずにいた自分の魂の片割れを見つけた気がして、ハリーはずるずるとその場に崩れ落ちる。
「魂の片割れを見つけたのじゃな」
不意に聞こえた声にハリーは驚き、涙をぬぐいながら振り向いた。優し気なまなざしでじっと見つめるダンブルドアはいつの間にそこにいたのかわからない。ただ、ハリーの涙の意味を理解しているようで、小さくうなずく。
「先生はここにいる女の子を知っているんですか?」
「彼女は……生まれた時からずっと闇の勢力に狙われている。だからハリー、君とは一緒に暮らせなかったのじゃ」
いったいこの子は誰なのか。そう問いかけるハリーにダンブルドアは少し考え、マクゴナガルから聞いたある程度ならば問題はないという言葉を思い起こし、慎重に言葉を選ぶ。
兄弟どころではなく、自分の片割れであることを確証しているハリーにダンブルドアは静かに答えた。まさか、そんなと青ざめるハリーはどこか寂し気な少女を見て俯く。生きのこった男の子だの、英雄だの……そんなの望んでないのに。
片割れの彼女は祭り上げられる自分とは反対に、その命を脅かされているという理不尽さに悔しさがにじむ。
「ハリー、君が約束してくれるというのならば……彼女に会わせてあげることができる。もちろん、彼女の安全がこの場合は優先されるため必ず、間違うことなく約束を守るということが大前提じゃ」
それを守れるか、と問うダンブルドアにハリーは目を見開き、胸元にぎゅっと握る。会いたい。生きているのであれば、会いたい。じっくりと、自分に刻み付ける様にハリーはダンブルドアの出す約束に頷き、鏡を振り向く。
「この鏡は誠に満たされているものにはただの鏡となる」
そういう鏡じゃ、というダンブルドアにハリーは目を伏せ、心の望みを映す鏡、と呟いた。家族を願ったからこそ、見知らぬ親戚も映っていた。覚えていなかった、知らなかった……魂の片割れも鏡は映してくれた。
ダンブルドアに呼び出されたハリエットは必要の部屋の中なんの用事だろう、と持ってきたスネイプからのプレゼントを手に紅茶を飲む。ニガヨモギの取り扱い方、マンドラゴラの絞め方と保存方法。
なるほどなぁ、とめくっていたハリエットは扉の開く音に顔を上げ、振り向く。
思わず落としたクッキーが足元で割れ、ハリエットはがたりと立ち上がると隠れる場所は、とあたりを見回す。
「待って。ごめん……驚かせるつもりはなくて……」
ハリーの震えるような声にハリエットは恐る恐る振り向く。ヘンリーとしてもまともに顔を合わせることのできなかった同じ顔に切なさと、未来への恐怖と……唯一の血を分けた兄弟との再会に胸がいっぱいになる。
唇をかむハリエットにハリーは泣きながらはは、と笑う。
「酷い顔しているよ君」
「君こそ、ちり紙を顔に付けているの?」
同じように顔をくしゃくしゃにしてボロボロと涙をこぼす双子は互いを抱きしめ、座り込む。
落ち着いてきた二人は座り込んだまま腕を離し、涙をぬぐう。
「鏡に……君が映っていて。ダンブルドア先生にといくつか約束してきたんだ」
「みぞの鏡……。そう、君の望みは家族だったから。ごめんねハリー。一人ぼっちにさせて」
どうしてハリーがここにいるのか、それをこたえるハリーにハリエットはそうだった、と目をふせた。その様子にハリーはぎゅっと唇を閉め、ダンブルドアとの約束を必死に守ろうと堪える。
「私は君に言えないことばかりがある。でもね……これだけはどこかに覚えておいて。私は……君の幸せを願っている。私はそれしかできないから……」
ハリーの手を握り、にこりと微笑むハリエットはどこか寂し気で、ハリーはその手を握り返す。
誰にも彼女の存在を言わない。
彼女の名前を聞かない。
なぜいろいろ知っている風なのか、それを問いかけない。
彼女の居場所を聞かない。
彼女が話してくれること以上のことを聞いてはいけない。
「ごめんなさい、ハリー。きっとダンブルドア先生からたくさん約束してきたんだよね。だから私から一つだけ教えてあげる。私の名前はハリエット。お母さんが……ハリーとのつながりを保つために私にくれた名前よ。もちろんどこにも残さないで。誰にも言わないで。探さないで。私の名前はまだ知られてないから」
呼んではダメ、というハリエットにハリーは唇を噛む。せっかく再会できたのに……。
「私は普段隠れているの。だから、探しても無駄だし、手紙も届かない。だから……本当は会いたくなかった。君を、ハリーを傷つけるだけだから。でもずっと……ハリエットとして会いたかった」
顔を伏せ、泣いている風にも見えるハリエットにハリーは何も言えず、その細い肩に手を置く。たくさん聞きたいことも言いたいこともある。けれども、彼女のことを思うとそれは憚れた。
プリベット通りは自由とも言い難いが、ある程度の自由はある。けれど彼女はどうだろうか。隠れているということはもしかしたらずっと家の中にいるのかもしれない。現に彼女が自分より細くか弱く見える。そう思って抱き寄せるハリーにハリエットは身を寄せ、華奢なハリーを抱きしめる。
コンコン、とノックの音が聞こえ、ハリーは名残惜し気に手を離す。ハリエットも何も言わず手を離すとまたね、とほほ笑んだ。ぎこちなく笑いかえすハリーは立ち上がろうとして牡鹿のチャームを落とした。
思わず息をのむハリエットに気が付かず、拾ってポケットに入れるハリーは今度こそ手を振って部屋をあとにした。ポケットから雌鹿のチャームを取り出すハリエットは受け取ってくれたことがうれしくて……そっと涙をこぼした。
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