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14: クリスマスの朝
もう少し慎重に動くべきだ、と自制するヘンリーはカレンダーを見てクリスマス……と呟いたことで不意に思い出した。今の自分がみぞの鏡を見たら何が映るのだろうか。
どのタイミングであれが置かれたのか。授業の移動中、大分薄れてしまった記憶を掘り起こして目印の甲冑を探す。そしてクリスマスまであと数日、という日ついにその甲冑を見つけた。
ばくばくと心臓の音が聞こえ、ヘンリーはいつ行くべきか……そのことで頭がいっぱいで……魔法薬学の授業中に初めて撹拌時間を間違えて失敗とまではいかなくともぎりぎり可になるような……グリフィンドール時代なら間違いなく不可にされるものを提出する羽目になってしまった。
「ヘンリーは今度のクリスマス休暇はここに残るんだって?実家には帰らないのか」
やや落ち込んだ様子のヘンリーを慰めるスリザリン生に囲まれながら大広間に行き、隣に座ったクィディッチのキャプテン、フリントが声をかける。
あまりの線の細さと、小食な姿にスポーツをやっている寮生から冗談だろう、と大広間で声をかけられることの多いヘンリーはこくりと頷いてちらりとマクゴナガルのほうを見る。
「大伯母様に合うのは数年ぶりだから、家に戻るよりもいろいろ話がしたくて」
ヘンリーの答えにそばにいたスリザリンの首席の男子生徒が頷いてこれも食べな、とソーセージを皿にのせる。
「なるほど。スリザリンは例年数人しか残らない。だから少し心配だ……」
「元々一番人数の少ない選ばれた者だけが入れる寮だからな。休暇あけたら痩せていそうな気がして心配だ」
以前も別に女子生徒に囲われていたわけではないが、なんで男子生徒ばかりこうも集まるのだろうか、と若干の怖さを覚えるヘンリーはこれ以上は食べられないと断ろうとして断り切れずに慌てる。
休暇中もしっかり食べろと言われて、ヘンリーは困ったように笑い……背後の気配にソーセージを咥えたまま振り返る。
「……本年はスリザリン寮にはミスターマクゴナガル、君しか残るものはいないようだ。我が寮生においてはないだろうが、羽目を外し過ぎないよう」
久々に顔をまともに合わせたスネイプは一瞬何か言葉に詰まり、驚いてそのままもぐもぐとソーセージを食べるヘンリーを見下ろす。あのクィディッチの試合以来、どことなくスネイプを避けるヘンリーは不意打ちを食らったような気分で何も言えず、こくこくと頷いた。
さすがのスリザリン生もスネイプがそばにいるときにはさらに静かになり、びっくりして行儀の悪くなったヘンリーをちらりと見る。
「びっくりした……」
わざと足音を立てているときもあれば音もなく来ることもあるスネイプに、ヘンリーは立ち去るその背をじっと見つめる。
「え?!こんなに食べられないよ!」
いつの間にか皿に盛られたパンやらソーセージやらに小さな悲鳴が思わず出る。なんでやたらとこういう咥える系が多いんだ、と嘆くヘンリーに答える生徒はいない。
クリスマスの朝、スリザリン寮でただ一人のハリエットは談話室に入るなり目をこすった。ここには自分しかいない。すなわち、グリフィンドールの様にいろんな生徒宛てのがあるわけではない。
魔法薬を飲み、着替えを済ませて戻ってきてもやはり変わらない……どころか増えた気がする。
山の上にあるのはマルフォイからの……いや、マルフォイ家からのプレゼントだ。あったかそうな毛皮のコートが出てきて、これはどういうことなのだろう、としばしば悩む。
貴族系の生徒は家単位で送るのか、とため息を零した。一応大広間で気にかけてくれる寮生にはマクゴナガルからも送ったほうがいいというアドバイスをもらったために無難な高級羊皮紙セットを送ってはある。
だが明らかにそれ以上の数にヘンリーはしばしば唖然としていた。全員にお返しをしていたらせっかく溜めてきたお小遣いが、ただでさえ買い物をして減ったそれが全部消える、とお礼のメッセージだけにして次々開封していく。
やはり多くは羊皮紙セットで、他にはおしゃれな耳当てや、手袋、靴下。暖かそうな高級感あるセーターや乾燥用に効くというリップクリームなんてものもある。
匿名のものはもしかしたら他の寮生からなのかもしれない。
やっとマクゴナガルとダンブルドアと……ハリエットあてのプレゼントを見つけたヘンリーはさっそくそれを開ける。
「ニンバス2000……。母さんありがとう」
震える手で箒を掴み、胸に抱きしめる。寮に置いておくことはできないからあとで自室に持ち帰らなければ、と思うがハリーが飛び回っている姿に、その技術力を隠さなければならないヘンリーのために考え抜いてくれた最高のプレゼント。
「母さんが校則破ったらダメじゃないか」
それだけ自分のことを思ってくれているということがうれしくて、今すぐハリエットとして飛びつきたいという衝動に駆られる。
箒を抱きしめることでそれを抑え、続けてダンブルドアからのプレゼントを開ける。
「今年はお菓子詰め合わせだ!」
いつもささやかながらプレゼントをくれるダンブルドアに笑みがこぼれ、少し平たい本のようなプレゼントを手に取る。
「スネイプからだ……」
魔法薬学が苦手だといった自分のためなのか、様々な魔法薬の材料の取り扱いが書かれた本に微笑み……一度片付けよう、と紙束を片付け、箒は夕方持っていこうと部屋にしまう。
食べ物系はここに置いておこう、と談話室に置いて朝食を取りに行く。スリザリンがヘンリーしかいないせいなのか、休暇中寮を超えた交流も必要だと、そういう名目で入り口に席を決める番号が入った箱が設置されている。
「げぇ、スリザリンのやつとかよ」
呻く声に顔を上げると懐かしいロンが不満げに目の前に座り、ヘンリーの隣にハリーが座る。
「あれ番号混ざってなかったみたいだよ。ロンの隣の紐引いたらここだったから」
ばくんばくん、と耳元で心臓が鳴り教員席に顔をそむけたままダンブルドアに対し怒りのような、怒りでない怒りのような何とも言えないオーラを放つ。
「確か……マクゴナガル先生の親戚だったっけ君。こうして話すのは初めてだよね」
せっかく隣になったから、と握手を求める手を見つめ……ヘンリーだと、そう名乗って触れるだけの握手を交わす。かつての自分。そして今の自分の双子の片割れ。
この先の大戦の要であり、運命の子。からからな喉を潤そうとジュースを手にとる。ロンとハリーは自分のことは忘れて楽しげに会話しているがそこにはいる勇気はない。
「ヘンリー、端っこ」
不意に差し出されたクラッカーにヘンリーは戸惑い、相手がスリザリンというのも忘れた様子ではしゃぐハリーとクラッカーを鳴らす。出てきたのは雌雄の鹿のチャーム。
とんでもなく大きなものが出てくることもある中身に紛れた様な小さなそれを手に取るヘンリーは素早くそれを片方ポケットに入れ、もう片方をハリーのポケットに忍び込ませる。
家族として名乗れない分、彼にプレゼントを贈りたかった。
緊張し通しだった朝食が終わり、ヘンリーは毛皮のコートを着て一人あてもなく歩いているように見せ……みぞの鏡の部屋にやってきた。恐る恐る近づけばハリエットの回りにあの日失われた人々が立っていて笑っている。
“シリウス……”
笑う彼はベールの向こうに。
“セドリック”
理不尽に、ただ邪魔だからと殺された。
“ムーディー”
7人のポッターで囮になって殺された。
“ドビー”
最大の勇気を振り絞った彼は短剣に。
“リーマス、トンクス”
乱戦のさなかに。
“スネイプ”
喉を切り裂かれた。
「ダンブルドア先生……」
彼を救うことはできない。禁忌に触れるという問題ではない。彼は未来を知っても変えることはないだろう。それに、彼の死が勝利へのターニングポイントと言っても過言ではない。
わかっている。だけど心の望みはみんなの生存だ。
だからせめて……他の命だけは助けたい、といつの間にかあふれていた涙をぬぐう。
9回の制約の中、どこまでできるのか。
だいたい、スネイプが最難関過ぎてどうしたらいいのかまるで分からない。こんな状況でできるのか……。
ヘンリーはどうすればいいのか……まだ答えが出せずにいる。
だけれども、と決意を新たに立ち上がるヘンリーは後ろ髪を引かれる思いで部屋をあとにすると、談話室で課題を片付けようと、テーブルに広げた。
もらったお菓子をつまみながら片していると、時間はあっという間に過ぎていきヘンリーは簡単に片づけて布で隠した箒をもって自室へと戻ってきた。
目論見通り中に入るころにはハリエットに戻っており、出迎えたマクゴナガルとハグを交わす。
「箒ありがとう。すっごくうれしかった」
「本来であればあなたも素晴らしいクィディッチの選手でしょうと思った時にはもうこれしかないと、そう思ってしまったのです。いけないと、そう分かっていましたが……これほどまでに喜んでもらえたのならよかったと、そういうしかありませんね。」
我が子同然のハリエットの喜ぶ顔に微笑み返すマクゴナガルはお茶を淹れましょう、と杖を振るう。
今朝届いたプレゼントの話になると、マクゴナガルの頭に疑問符が浮かび上がる。
大広間で度々彼女の……彼の回りには上級生などの男子生徒が多いのは気が付いていた。線が細いから食べろということなのだろうけど、それにしてもやや奇妙だ。そしてクリスマスのプレゼント。
「ちょっとサイズの大きな服が多くて。暖かいからいいけど……袖とか指先しか出なかったり……。一番小さいから大きくなれっていうことなのかもしれないけど妙にサイズが大きくて」
なんでだろう、と笑うハリエットにマクゴナガルはさっそく着てきたのか指先だけがちょっとだけ出ている大きめのセーターに目を向けた。今でこそ黒髪の少女だからヘンリーと見た目が違うのだが、顔の造形が大きく変わるわけではないため……普通にかわいい。
11年間育ててきた母親的な視点から見ても、かわいい部類だ。そして同じ顔のハリーも愛嬌のあるかわいい部類の顔だ。これは決して親目線の贔屓目ではない、とマクゴナガルはハリエットをじっと見つめる。
よりによってスリザリンだから……いや、スリザリンだからこそ大っぴらに構われていないのかもしれない。悶々と考えるマクゴナガルは例の魔法薬でいくら見かけを変えていたとしても、このにじみ出るハリエットの綺麗さはごまかせないのでは、と娘の成長がうれしい一方、男装しているような生活がとても心配になる。
セブルスが彼の正体を知らなくてよかった、と静かに息を吐くマクゴナガルは髪を束ねる紐をくれた子もいたんだ、と赤い髪に映えそうな黒いベルベットのリボンをこれこれ、と嬉しそうに話す姿にますます心配になり……。
そうだ、と自分の考えを変えるための小さな咳払いをしハリエット、と呼びかける。
「答えらえる範囲で大丈夫です。抵触しそうならばダメだと、そう表してください。あなたがハリーと接触した場合には未来への影響はありますか?」
咳払いをしたことから何か別の話があるのか、と幼い頃から学んでいたハリエットはスコーンをほおばり、食べながら考える。影響があるとすれば家族はシリウスだけしかいなかったことでの絶望感や虚無感についてだが、ヴォルデモートに立ち向かう時にどうせ悲しむ家族はいない、とか一生を寂しく過ごすんだ、とかそんな悲観的なことはおきていない。
あるとすれば大戦後のジニーとの喧嘩などだ。血の守りはあるものの、ペチュニア伯母さん同様守る側になるのだから大した違いはない。
「前には私がいないから何とも言えないけど……抵触はしないみたい。私が妨げなければハリーはそのまま最後の日まで突き進むだろうから」
抵触するとなれば今朝にすでに苦しむことになっている。シリウスのことが酷いショックであったことは確かだが、そもそも今回は絶対に助けると心に誓っている。
「そう……わかりました。ではそこについての注意はしなくてもよさそうですね」
満足げにうなずくマクゴナガルはハリエットが首をかしげるのをほほ笑むだけで返し、その後はどの授業が面白かったかなど、ごく普通の親子の会話を楽しんでいた。
昼を過ぎた頃にハリエットは部屋を出る前に薬を煽り、やっぱり似合う黒いリボンをゆらして自宅をあとにする。どっちの姿もやっぱりかわいい、と見送るマクゴナガルは自覚の全くない娘に仕方ないと手のかかる生徒に対するように、小さく笑う。
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