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13:敵を見つめる目

 ハロウィンの翌日、体調についてを尋ねられたヘンリーはいつものことなので、と前髪で顔を隠し事も無げに返す。7学年も集まっているときに一生徒など見ているはずがない、とヘンリーは首をかしげて大広間に入っていないと繰り返した。
 表情の読めないスネイプがいまいち納得していない風にうなずくのを見て退室すると足早に離れ、自室にこもる。先日シークが届けてくれた新しいレシピ。
 どの時間であっても2時間のインターバルが必要になるが休日などはハリエットの姿でマクゴナガルのもとに行くことができる。
 この姿が嫌なわけではないが、母さんの前ではハリエットに戻りたい、と2時間、4時間、6時間と自分でわかりやすくなるよう作り、拡大させたポケットに携帯用をもってあとは部屋の戸棚にしまう。
 平日はいつもの16時間のを飲み、クィディッチの試合もそれを飲んで見に行く。
 
 初めからハリーを見ていたヘンリーは思わずうわーと小さくつぶやいた。あんなに揺れていたなんて思わなかったし、あれに掴まっていた自分すごくない?と思考が一周回ってぼんやり見つめる。
 あ、スニッチ、と視界に入った光を目で追う。スリザリンのシーカーはまるで見当違いな所を見ている。
 ハリーの異変に気が付いた他の生徒も振り落とそうとする箒を見上げ、マルフォイらはげらげら笑っていて……あぁ2年生の時落とせばよかった、とため息を零して二つの影が走っているのを見つけた。

 そのまま教員席に目を移せばスネイプのマントに火が付き、驚いたスネイプという一度も見たことのない現象に思わず吹き出しそうになって咳払いをしてごまかす。
 驚いた拍子にクィレルが叩かれ足を滑らせて視界から消えたのをこんな舞台裏があったんだな、とまだ笑いが消えないまま事の顛末を見た。ふいにスネイプの眼が群衆に紛れるヘンリーの瞳を捉えた。
 気のせいでもなんでもなく、スネイプはヘンリーを見ている。その眼は怒りと、敵を……シリウスを、ジェームズを、憎い相手を見るもので……。
 思わず止めていた息はハリーが口に含んでしまったスニッチを吐き出したことで起きたスリザリン生のうめき声と、誰彼構わず慰めようとするような手で背を叩かれたことで喘ぐように吐き出せた。
 試合が終わり城に戻る波からそっと離れる。目くらましをかけて湖のそばまで逃げる様に駆けていく。
 もし、もしも自分が予見者であり事が知られたら。もしもハリーの双子であることが知られたら。
 自分のせいで未来が変わったら……助けたいものが助けられなくなってしまう。
本当に奇跡の綱渡りでヴォルデモートに打ち勝ったというのに自分のせいですべてが台無しになってしまったら。

 急にそれが怖くなって自分を抱きしめる様にうずくまり、こみ上げてきた何かを吐き出す様に慟哭する。
 自分がパニックになっていることは頭の何処かでわかってはいる。わかってはいるが感情を止めることができない。
「ハリエット!」
 抱きしめる手の強さに、落ち着きなさい、というマクゴナガルの声と背を撫でる手に、狂っていた息が荒い息とともに戻ってくる。
「母さん……」
「今日はこちらの部屋に戻ったほうがいいでしょう。セブルスには私の用事であなたを呼び止めたと伝えておきますから。今はお眠りなさい。酷い顔色です」
 大丈夫、とパニックに陥っていた理由は聞かず優しく髪を撫でつける。思わず縋る様にしていたヘンリーは安心したように意識を失い、その身をゆだねた。
 マクゴナガルが杖をしまい立ち上がった手にはぐったりとした様子のイタチが抱えられており、ぽろぽろと止まらない涙が美しい毛並みを滑り降りていた。


 夜に目が覚めたハリエットは自分の部屋を出てリビングとしている部屋にいるマクゴナガルに駆け寄りぎゅっと縋りつく。

「まだ大きな流れはないから大丈夫と分かっているのに……わ、私の存在が、前はいなかった私の存在が、すべてをぶち壊したりでもしたら……。そう思ったら急に怖くなって。私、私……」
 震えながら嗚咽とともに吐き出される言葉にマクゴナガルはつややかな黒い髪を撫で、華奢な背中をさする。この頼りないほどに線が細い彼女が、彼だった人生のときに見てきた事象を変えることなく、どこを動かしていいか探りながら未来の事実を変えようとするのはわかっている。
 それが過去に転生するという奇跡を起こした原動力なのだから当然だが、その崩してはいけない事象があまりにも大きく、彼女の肩にのしかかっているかを考えると、よく耐えているとそう思う以外ない。
 
「私にはあなたの代わりになることはできません。先を知ることも。ただ、もしも違う事象が起き、どうにもならなくなったら迷わずここに来なさい。私は貴方の居場所を作ることはできます。一緒に悩むことも。ここはあなたの実家でもあるのですから」
 そっと落ち着かせるために何度も頭を撫で、予見者ではなく一少女として過ごせてもらえたらどんなにいいことでしょう、と心の中で呟く。
 簡単な軽食を取った後自室に戻ったハリエットが眠ったことを確認し、目じりに残る涙を花に変え、彼女を取り囲む様に空中から花を咲かせて優しい香りで部屋を満たす。
 朝には消えてしまうほどにささやかな魔法だが、少しほほ笑んだことにほっとして小さく聞こえたノックに振り返る。扉を閉めるとそこには壁しかなく、万が一このリビングに誰か来たとしてももう一人の部屋はわからないだろう。

 居住スペースから出たマクゴナガルは何でしょう、と扉を開けた。
「遅い時間にどうしました?セブルス。見回りの時間だったのでは?」
「こんな時間にすまない。我が寮の生徒がここにいると先ほど伺いましたが、まだ寮にいないとそう聞いたので……。ヘンリーはどこにいるのですかね?」
 さぁどうぞ、と教授室に招き入れるマクゴナガルにスネイプはすぐに出ると言ってちらりと私室に繋がる扉を見る。
「ヘンリーは少し体調が悪いとのことでしたので奥のソファーをベッドにして休ませています。初めてクィディッチの試合を見て目が回ってしまったのかもしれませんね。彼の携帯していた薬を飲みましたからそれについてはご安心を」
 今夜はここにというマクゴナガルにあなたらしくない、とスネイプは淡々とした様子の妙齢の魔女を見つめた。ダンブルドアのように彼女はどうにも読ませないという確固たる意志を持っているところがある。だがそれを身内に使うような女性ではない。
 
「あの子は少々特殊な状況に置かれています。生まれた時はそこまでの力はありませんでしたが、ある日些細なことがきっかけで彼自身では制御できないほどの力が溢れてしまいました。甥はそんな彼を……私が言うのも情けない話ですが育児放棄しました。そのためか、非常に繊細な性格をした彼は人からの視線に過剰に反応してしまう傾向があります。今は彼の祖父……私の弟のもとで暮らしていますが、最近知り合いが彼専用に作った魔法薬を手に入れるまでずっと部屋に閉じこもっていたと何度か相談を受けておりました」
 目つきについての話などを以前学校生活の話をした際聞いていたマクゴナガルは、一緒に作った実際の人物とは異なる架空の人物像を思い浮かべ、よどみなく口にだす。
 ハリエットはどこまで彼のことを知っているのか……。万が一家庭の話が出た時などにこれを言えば彼は深く追求しないと、知ってしまっているので、と家庭内の不仲をあえて伝えた。
 苦い顔をするスネイプは思惑通りそれ以上家庭のことには追求しない。かつての教え子であっても寮が異なればよほどのことがない限り各家庭のことには追求しないのだが、ダンブルドアから伝え聞いた話を思い返し、彼の心の傷になるべく触れないようかすめる程度にとどめる。
 ややあって納得した風のスネイプはそれでしたら、と退室の言葉を述べ部屋を立ち去った。
わざわざ来るぐらいだからハリエットが急に不安を覚える何かが、あの時あったのかもしれない。だがそれをハリエットは隠しているのか、一切マクゴナガルにも話していなかった。
 

 変身学の教授室……マクゴナガルの所をあとにしたスネイプは、誰もいない廊下を見回りとして靴音をわざと立てながら歩く。少し抑えめに鳴らすその音は静かに廊下に吸収されて消えていく。
 ハリー=ポッターの箒に呪いがかけられた際、誰がというのを確認する余裕はなかった。急いで反対を唱えていると突然マントに火が付き、ぎょっとして目を離してしまった。
 しまったと思いすぐに消えた火について考える間もなく見上げると、すでに制御を取り戻していたことにほっとして……スリザリン寮の生徒の中に静かに座るヘンリーを見つけた。
 彼は何か見ていたのか思わずといった風に目を細めて笑い、再び目を開けた時……何を見ていたのかその答えは明白だった。
 
 誰もがハリー=ポッターを見ているというのに、彼はまっすぐスネイプを見つめていた。まるで何が起きたのか知っていたように。呪いと、炎と……いら立ったままにヘンリーを見つめるとみるみる顔色が悪くなり、まるでヘンリーの息が止まった音が聞こえたような、そんな音を聞いた気さえした。
 試合後、彼の姿は生徒に紛れて見失い、どこにと考えているときに湖畔に向かうマクゴナガルの姿を見つけ……そのあとを追った。かすかに叫ぶような声が聞こえ、少し足を速めると木陰に身を隠す。
 マクゴナガルが何かを抱えて足早に去っていくのをやり過ごし湖畔に迎えばやはり誰もいない。彼女が連れて行ったのだというのだけが分かり、夕食の場にいないヘンリーについて少し話があるからこちらで預かっております、とそう言っていた。

 なぜだか、あのハロウィンの夜、彼がずっとそばにいたような気がして……スネイプはため息をついた。ポッターを見張り、時に守り……見ていなくてはならないと思うのと同時に、ヘンリーに対してもそれを想う時がある。
 ダンブルドアの命とは異なるのに、なぜか妙に気になってしまうのだ。
 よりによって同時に来るとは、とスネイプは自室に引き返しながら考え……扉に手をかけた姿で動きを止める。なぜヘンリーの眼はあの男……ジェームズに瓜二つなのか。
 ポッターの眼はリリーのものだが、似ている。いや、それだけではない。

 レポートの山からヘンリーのものと、ハリーのものを引き出す。ヘンリーのほうが圧倒的に読みやすい綺麗な字をしているが、時折出る筆跡の癖が……杖でその部分だけを浮かび上がらせ、重ねる。
 寸分たがわぬ文字にスネイプは思わず息をのんだ。知らぬところで何が起きているのか。ダンブルドアが知らぬはずもないだろうというのはわかる。
 そして、黙っているということは聞いても無駄だろう。

 ナイトシャツに着替え、寝酒をとグラスを手に取る。目を閉じて思い浮かぶのは酷く傷ついた様子のヘンリーの顔だ。
 その顔があの日、あの言葉を口に出した瞬間の彼女の顔に重なって違うんだリリーと誰に言うでもなくつぶやく。彼を傷つけたいわけでないのに、なぜこうなってしまうのか。
 今日は寝られそうにない。








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